満員電車
全ての空間を人で塗りつぶした各駅に、俺は乗っていた
中途半端なビルの屋上からの景色のように
いろんな高さに誰かの頭があった
俺の顎の左下には、オヤジの禿頭
だがその向こう、丁度俺の目線と同じ所に
究極の美人がいた。
深く潤った大きめの瞳。
なめらかな肌の頬はかすかに赤らみ
表情は完璧に無表情で
そこにはあらゆる願望が投影されていた
少しだけ考えた
「俺、あんたの顔好きだよ」
その目は怯むことなく俺に焦点を合わせる
「わたしもあなたの顔、嫌いじゃないわ」 にこりともせず、女は答えた
「まさに、奇跡としか言いようがない」
トンネルに反響する轟音にも消されない声で
「わたしは別に、そこまでは思わないけど」
くそ。視野に入るオヤジの禿頭さえなければ、極上の眺めなのに。
車掌の奇妙なイントネーションとともに
ホームの明かりが車内を照らし始めた
「わたしはここで降りるの。あなたはどこで?」
「もっとずっと先だ」
「そう。じゃ、さよなら」
漏斗から吸い出されるように消えていく彼女に
せめてもう一言くらい、 何か言いたかったはずだ
「また会えるかな?」
とか
「俺も降りていいかい?」
といった類のことを
彼女は初めて俺の予想通り
振り返ることなく、見えなくなった