読み週記 10月

 

第3週(10/20〜10/26)

 風邪をひいて寝てたり、部屋の中がごちゃごちゃしたり祝日で更新の休みがあったりで、近くにある本をいつ読み終えたのか判然としない。本当に今週読んだ本なのか定かで無かったりもするけど、せっかくなので書いておくことにする。

 俺は元男の子(今はガキであっても、男の子とは言えません)なんだけど、女の子の成長物語である森絵都『永遠の出口』(集英社)のページを適当にめくるだけで、胸の中に去来するものがある。「私は<永遠>という響きにめっぽう弱い子供だった」という書き出しから始まる子供の頃の姉とのエピソードからして、子供の頃に痛めたりくすぐられたりした胸の記憶が甦るのだ。
 語られるのは特別変わった物語ではない。1人の女の子の成長の物語であり、家族の物語であり、恋愛の記憶だ。あたりまえの物語だけに読んでいて恥ずかしくなる瞬間がある。自分の想い出が刺激されるからでもあり、大人になるに連れて誰もが自らの内に抱え、いつしかそれが人々と重なり合っていく、子供の頃、若い頃の記憶、イメージに触れるからでもある。森絵都文学は、ベタでもある。斬新な衝撃をもたらしたり、 金字塔とも言うべき偉大な業績になるとも言い難い気がする。でも、書店の棚で見かけるとつい気が惹かれてしまう名前なのだ。

 北原亞以子『深川澪通り燈ともし頃』(講談社文庫)は、深川中島町の木戸番小屋の夫婦が人々にさりげなく手を差し伸べるシリーズの一作。今までは短いエピソードで人々の生活が描かれていたが、今回は狂歌師として名をあげた政吉、腕の良い仕立屋だが、自らの孤独と向き合うことになるお若の二人に焦点をあてた、二本の中編で構成されている。中編になった分、木戸番夫婦に支えられるそれぞれの生活や背景が詳しく描かれていたりして、じっくり読ませるストーリーになっている。
 この木戸番夫婦のシリーズのいいところは、大半が「ほどほどの解決」で済んでいく、その後味にある気がする。政吉の物語は、2編目のお若の物語の中でもひっそりと語られ続けているし、お若の物語とて、凛とした後味が残るものの、なにもかもがスッキリなわけではない。だが、読み終えた後にしみじみと浮かんでくる満足感がいい。

 ダン・シモンズ『ハイペリオンの没落』(ハヤカワ文庫)の上巻は、先週書いた『ハイペリオン』(ハヤカワ文庫)の続編。前作でそれぞれのシュライクとの関係が語られた巡礼者達のその後と、彼らをとりまく世界の変貌が、今度は新しい視点の中から描かれる。謎はまだ上巻ではほとんど解決せず、凄惨な物語はより深刻度を増して、世界の崩壊へと近づいていく。下巻を読まないことにはたいしたことは書けないと思うけど、ここでもやはり前作で圧倒的な印象を与えた、哲学者ソル・ワイントラウブとその娘レイチェルのエピソードが胸を打つ。

 風邪をひいたことを言い訳に、土曜日のほとんどを本を読んで寝て過ごした。なんだかすごくもったいないような、楽しいような贅沢な気分。たまにはこういう週末があってもいい。問題は風邪が全然完治していないことくらいだ。

 

第2週(10/13〜10/19)

 祝日があって一週空いた。この間になんと季節の変わったことか。夜になるともうかなり寒い。暖かい布団が嬉しい季節で、暖かい布団の中での読書がまた嬉しい。問題はすぐに眠くなってしまうことくらいだ。って、それじゃダメか。

 ダン・シモンズ『ハイペリオン』(ハヤカワ文庫)の下巻。終盤まで行って、これがむしろオムニバスの形で巡礼者達のエピソードをエンターテインメントのエッセンスを注入しまくったような多彩な物語で語る、という野心作であることに気付く、というのは仕掛けなのか俺がわかんないだけなのか。もちろんベースにはハイペリオンやシュライクを焦点にした、連邦と、彼らに対する外敵アウスター、そしてそれらを俯瞰するような立場の第3勢力を巡った物語も進行していて、この物語は続編の『ハイペリオンの没落』(ハヤカワ文庫)へ、さらにその続編へと続いていく一大叙事詩となっていることは書店の本棚を見るとわかるとおり。
 巡礼達それぞれの物語はどれも優れた中編小説みたいになってるんだけど、中でも赤ん坊を抱えたソル・ワイントラウブの物語は圧巻。ページを繰るたびに、心底苦しくなってくるような痛切な親子の物語だ。かつてこれほど悲劇的な親子関係というのがあっただろうか。
 読み終えてすぐさま続編を買うべく書店へ向かう。評判に違わぬ傑作。

 「艶」なんて言葉、もうあんまり使わなくなっちゃったけど、時代小説の中では今でもその様々なイメージを喚起する魅力はじんわりと染みてくる。山本周五郎『艶書』(新潮社文庫)の表題作は、幼なじみの家の宵節句に顔を出した老職の家の三男坊が、艶書をつけられたことから始まる物語。なんとももどかしいようないじましいような想いに「艶」がぴったりくる。

 このところずいぶん夜更かしになっていて、読書の時間が減っている。でも同時にこのところまた本を読むのが楽しくなっているのも感じるのだ。それは久しぶりに大型書店に本を買い求めに赴いたこととも関係しているし、言葉を楽しむ気持ちが再燃しているからでもある。こんな殴り書きみたいな文章では言葉を活かすこともままならないが、色々言葉をつかって考えや想いを伝えるのが再び楽しくなってきている。