読み週記 5月

 

第5週(5/31〜6/6)

 いつのまにか梅雨入り。季節の変わり目らしく、えらく暑い日やら寒い日やらがやってきている。夜になって涼しくなる日は、秋頃にもやや似て本を読むにも丁度良いくらいの時があるけど、暑いとどうにも集中できない。

 神林長平『我語りて世界あり』(ハヤカワ文庫)は、共感システムによって、全ての人々が全ての人々とあらゆる感覚を共感することによって、人間の個性が消失してしまった未来を描く。世界観自体が神林長平のラボラトリーという感じで、世界の作りはちょっとやり過ぎかな、と思わないでもない。かなり異質で意図的な空間に神林文学を発現させた、という試み自体が、ならではと言うべきなのか。そんな世界にあって三人だけ、「名前」を持つことで個性を持った青年達と、巨大なシステムからの独立を企てた「わたし」を核とした連作短編。

 暑くなってくる事のもう一つの弊害は、むしむしした状態で、電車の中の読書が楽しめないことだ。長い距離乗るならともかく、短い時間で乗換があったりすると、車内の空調で涼しくなる頃にはもう乗車時間が終わりなので、ちっとも本が読めない。困った季節だ。

 

第4週(5/24〜5/30)

 なんと、いつのまにか一週間が終わっている。GWからしばらく結構快調に本を楽しんできたんだけど、ここにきてブレーキか、今週は久しぶりに一冊も無し。その分先週はよく寝た、ということなのかな。そうでもないか。

 もう数年くらい、家で読む本と外で読む本を別にしている。本当はその本を読んでいる期間一冊に集中して読みふける方がいいし、どうにも面白くて仕方のない本を読んでいるときには続けて読むこともあるんだけど、基本的に分けることにしてるのは、家で夜本を読むと、翌日その本を持っていくことをしょっちゅう忘れてしまうから。それと、やっぱり電車とかで単行本は読みづらいので、単行本があるときはそれを家で読み、外で文庫を読むようにしたりもする。これはおおむね上手くいってるんだけど、時々その2冊の本がジャンルが同じだったり、内容が似ていたりして、頭がこんがらがって、続きを読み始めたときに、うまく流れに乗れなかったりしてしまう。これは大丈夫だろう、と思ってて、案外失敗していた時は悔しくてしょうがない。せっかくの面白い本を十分に味わえなくしてしまったように感じるからだ。

 

第3週(5/17〜5/23)

 今週はすっかり更新を忘れていて慌てて書くことにする。最近たまたま時間を見つけてすこしゆっくり大きな本屋を覗くタイミングがあった。そういえば久しく大型書店に足を向けていたかったんだけど、やっぱり行くと楽しくてワクワクする。久しぶりに1日かけてゆっくり回ろうかなぁ。

 クリストファー・プリースト『奇術師』(ハヤカワ文庫)は奇術を巡るトラブルから、かなり悪質に相手の足を引っ張りながら互いをライバル視した二人の奇術師の物語。それぞれが開発し、一世を風靡した「瞬間移動」のトリックを軸にストーリーは展開するが、彼らの孫の世代の話が絡みながら、それぞれの日記、孫の視点など、章毎に視点を変えていく構成も凝っていて、読みごたえがある。それぞれの「瞬間移動」は全く違う方法で行われていて、それが如何に作られていくか、そのトリックはなんなのか、という謎が序盤から中盤を支配し、後半にかけて思いもよらぬ展開をしていく。謎や興奮、恐怖や切なさなど色んな要素が詰まっているところ、そしてふたを開けてみるとトリック自体は実に些細な物であるところなど、一流の奇術師の舞台のような出来だ。

 ジュンク堂でかなり派手に売っていて手に取ったアレックス・シアラーの『チョコレート戦争』(求龍堂)は懐かしい感じのする児童文学。と思ったら解説などではヤングアダルトと紹介されていてふーん、と思った。別にどういうくくりでもいいんだけど、政治的なテーマを扱ってはいるものの、テイストとしては小学生くらいにはまって読み込みそうな物語だ。
 民主的に選ばれた独裁的な「健全健康党」は、虫歯などの原因になる甘い物を禁止して、街からチョコレートを初めとするお菓子が姿を消す。チョコレート好きの子ども達と大人が、禁酒法時代の密売人よろしく活動し、その圧制と戦っていく。最初に書いたように、小学生くらいの自分だったら興奮して読んだんじゃないかと思うけど、この年になってみると、今ひとつスパイスに欠ける気がする。やがてレジスタンスを組織していく登場人物の行く末なんて、ちょっと疑問符がつくけどどうか。

 大型書店に行くと、本当に心ゆくまで本探しに熱中したくなる。そんなときに思うのは、荷物を持っているのがじゃまっけなのでなんとかしたい、ということ。それと「これが読みたいな」と念頭に置いていた物をはっきりと思い出せずに悔しい想いをするのをなんとかしたい、ということだ。ちゃんとメモを持っていればいいんだろうけど、それもなかなか上手く行かないし。記憶をたどるために検索に使えるネット環境なんかがあると便利なんだけどなぁ。

 

第2週(5/10〜5/16)

 GWって終わったんですね。いや、先週の段階で知ってたけど。今から思うとあんな休みがたくさんの日々って夢のよう。

 ハンガリー人の作家、シャーンドル・マーライの『灼熱』(集英社)は、読んだ後、腰巻きにある「映画化決定!」にびっくり。もちろん映画化のしようはあると思うけど、この本のねっとり具合というか、物語の語られ方、みたいな物を活かすのは難しそう。アンソニー・ホプキンス、ジュリエット・ビノシュってキャストはちょっとそそられるけど。
 41年前、親友の前から突然姿を消した男が帰って来た。彼を待つことで生き続けてきた将軍は親友の帰還と来訪を受けて、41年、語るために抱えられていた疑問と苦衷を語り始める。物語のテーマはまさに「友情」なんだけど、そこから生み出された相克の吐露はあまりに切なく、苦しい。

 楽しげな表紙につられて手にしたヴィレム・エルスホット『9990個のチーズ』(ウェッジ)は、なんとも奇妙でそれでいて王道をまっしぐらな面もあるユーモラスな人生模様。安月給の事務員である主人公は、あるきっかけで大量のチーズを売る卸業者に転身する。気弱で不器用な主人公のストーリーは寓話じみた展開で終末を向かえるが、哀しみと併走する救いがそこにはある。あるいは救いじみた哀しみか。

 夏休みや年末年始の休みは、それなりに予定があったり、それ自体が一つのイベントだ。そう考えるとGWはそのどちらとも違って使い方に揺らぎというか、幅がある気がする。どこでも本を読んでいる俺にはあんまり関係ないか。

 

第1週(5/2〜5/9)

 先週はGWを記念して更新はお休み。っていうかいつもの祝日と同じ事だけど。休みの日というのは連休に限らず前の晩に遅くまで気にせず本を読める、という利点がある。こういうタイミングで面白い本にあたったりすると本当に幸せな気分になれる。一方で本がはずれだったりするとあまり読めずに寝ちゃって、でも朝は起きなくて結局大量の睡眠時間をむさぼるのみで終わったりするので注意が必要である。

 ピーター・F・ハミルトン『マインドスター・ライジング』(ハヤカワ文庫)は上下巻たっぷりで語られる温暖化と社会主義政権の登場と衰退により変化したイギリスが舞台の近未来アクション。主人公は人の心を感覚的に読むことの出来る元軍人。元々の勘の強さを強化された特殊部隊の元隊員が、フリーランスで活動している。仲間には体がほとんど存在しないコンピューターの天才や反則技に近い未来を読める能力者などがいたりして、子ども心をぐっとさせるような登場人物がそろっている。巨大企業への攻撃の犯人を捜すべく依頼された主人公の活躍を描くこの物語、あとがきを読んだらなんとシリーズものであることがわかった。ちょっと暴走気味に感じるような無茶な展開があったりするけど、元気があっていい。続きが出たらつい買ってしまいそうな魅力がある。

 久しぶりに不思議なテイストの小説。ソーニャ・ハーネット『木曜日に生まれた子ども』(河出書房新社)は、ある出来事をきっかけに穴を掘りはじめ、そのまま地中で生活をするようになっていった弟を巡る家族小説。オーストラリアの退役軍人である父親とその妻である母親、姉と兄、主人公と穴掘りの弟、そしてその下に生まれた小さな弟は、貧しさに翻弄されながら家族として苦しんでいく。腰巻きには「感動的な物語」ともあるけど、派手な感動より、読み続ける中で感じる壊れていく家族をみる怖さや、主人公の成長物語として読み終える終結には、やるせない気持ちや、自分が生まれた家族の中で育った自分自身の成長を受け止め、抱えていく切なさがあふれている。

 主人公が生きていく中で出会う小さな、それでいて誰かにとっては大事な謎を解き明かす北村薫の「円紫師匠と私」シリーズの文庫版最新刊『朝霧』(創元推理文庫)では、主人公の「私」は大学を卒業し、ついに就職する。シリーズを通して主人公が少しずつ成長していくが、また一つ先に進み、連作長編の様な味わいもある。
 芥川龍之介の小説に隠された謎に迫る『六の宮の姫君』(創元推理文庫)にでは、今までのような短中編ではなく、一巻を通して壮大なミステリーを描いたが、今回はまたかつてのように3つの中編から成り立っている。前作の勢いのまま国内外の文学作品についての膨大な知識で文学論を展開するような一面もありながら、 全体としては謎かけと謎解きの面白さを持ったストーリー。シリーズの前の作品から引き続いているような凝った伏線の貼り方も上手いが、読んでいるとつい立ち止まってしみじみ味わいたくなるようなエピソードが随所に出てくるのがいい。今までの北村作品の中で特に優れているとは思わないし、違和感があったりもしていたが、そういう場面に出くわすと、「さすが北村薫」と素直に唸ってしまうのだ。
 蛇足ながら、2話目に出てくる、出版社に勤めることになった主人公が様々なスタッフと協働しながら初めて本を作り上げるエピソードも良かった。

 GW中、部屋に積まれて片付けられない本をなんとかどこかに収納しよう、とGW前には考えていたのだが、結局何一つ片付かなかった。壮大な計画を持ったのはいいが、それを達成する目算はそもそもちっとも無かったのだ。なんてこと。