読み週記 5月

 

第2週(5/13〜5/19)

 近所の書店に入って、驚いた。おそらく店に来ている営業さんたちに呼びかけたのだろうが、店頭のディスプレイ部分に、手作りのポップが所狭しと並んでいる。いろんな版元の人たちが自社(他のもあるかも)の本を勧めるポップを作って置いていたのだ。
 中にはその書店の店員が作ったポップも。販促の手段とはいえ、書店員や版元の社員が本を薦める、という姿勢が楽しいので、こういう企画は好きだ。どんどん派手にやって欲しい。

 『本の雑誌』(本の雑誌社)6月号を読んで、最初にちょっと感じた。巻頭にある「今月の一冊」というコーナーを読んで、少し雰囲気が変わった気がしたのだ。今までのスタイルにこだわらず、新しい本の雑誌が作られていくらしい、自由な気持ちで書かれたような文章に突き当たって、『本の雑誌』が少しずつ新世代の編集者達によるものに変化しつつあることが実感できるようになってきていたのだ。目黒時代の制約から逃れつつある『本の雑誌』がどのように変わっていくのか、これから見えてくるのではないだろうか。

 『ボトムズ』(早川書房)の世界から、再びおなじみのコンビ、ゲイの黒人レナードと、ストレートの白人ハップの二人が暴れまわる、ランズデールのシリーズの新作に入る。混作では、娼婦の世界から抜け出したくなった、という、ハップの恋人の娘を救うために、二人がその恋人と共に旅立つストーリー。今回の主人公は完全にハップで、レナードはハップと対照的に語られる親友の役割を忠実に果たしている感がある。連作がようやく発行順に訳されるようになり、読み手としても、ようやくシリーズが落ち着いて読めるようになってきた。ランズデールがこの二人のコンビを使って語りたいことが少しずつ見えてくる。『ボトムズ』のようなどっしりしたボリュームのある作品とは違い、一作ごとに完結するシリーズという形式で、ランズデールのメッセージがより色濃く出てくるようになってきたのではないだろうか。
 こういうシリーズの面白いところは、一作ごとに一つのセンテンス、一つのエピソードで語られる物語だけでなく、一つのメッセージがシリーズのキャラクター達の移り変わりによって語られるところにある。「成長」といった単純なベクトル(それだけでもちっとも単純ではないが)でなく、より簡単には表現しがたい変化こそが、このようなシリーズ物を書いていく楽しさなのではないだろうか。

 参ったのは、川上健一の久々の新作『翼はいつまでも』(集英社)だ。王道というべきか、むしろ「ベタ過ぎる恥ずかしさ」と言うべきか。青春小説、というジャンルのくくりからして相当こっぱずかしいのに、その王道と来れば、そのシチュエーションを聴いただけで恥ずかしくなる。
 しかし、そんな言葉ではこの作品の魅力は消せない。例えベタが恥ずかしかろうがなんだろうが、この作品は通過すべき道程の傍らに存在するのだ。
 決して傑作とは言えない。実は川上健一の小説を読むのはこれが初めてだが、これだけの著者なら、さらに素晴らしい傑作をものしても不思議ではない。そう信じさせるだけのエネルギーがこの本には含まれている。
 中学校時代の友情と出会い、そして切ない恋を描いた物語、と説明すればそれだけのこと。むしろこの題材だけで腰が引ける読者もいるかもしれない。だが、物語を楽しみたい、という気持ちがあるなら、やはりパスしてはいけない。そう思わせるだけの素直さが、この本にはある。

 

第1週(5/7〜5/12)

 連休シリーズの後を受けて、今週は一日少ない。連休にがたがたになった睡眠時間の御陰で、今週はすっかり睡眠障害の様相を呈していた。とりあえず仕事に行かなくてはいけない、という事実は、生活を立て直すためには大事なことだ。

 連休前に職場に忘れてきてしまい、連休明けにようやく読み終えることができたのは、オットー・ペンズラー編の短編集『殺さずにはいられない』(早川書房)だ。第一線で活躍するミステリ作家達のほぼ初出になる短編は、殺人もしくは強迫観念を題材にしている。全2巻で、今週読んだ上巻は、ケイト・アンダースン、エドナ・ブキャナン、アマンダ・クロス、フィリップ・フリードマン、エリザベス・ジョージ、ジェイムズ・クラムリー、ジェイムズ・W・ホール、デニス・ルヘインの8人によるもの。どれも粒ぞろいで面白い。
 こういうアンソロジーは名手の筆に酔うだけでなく、俺みたいなそんなに沢山の本を読んでいるわけではない素人読者にとって、新しい作家を発掘するチャンスであったり、書評や書店で名前はよく見るけど、実は読んだことのない作家の作品を読む機会にもなる。
 今回読んだ中では、一番ヘンな作品が、ホールの「壁の割れ目」。階段で見つけた穴から隣の家を覗くという執心にとりつかれた男が主人公の、短くも強烈な読後感を残す。
 読後感で言えば、一番余韻が心地よかったのが、クロスの「二銃身の銃」という作品。退職した刑事の元にかかってきた電話をきっかけに、その事件の不思議な魅力に絡め取られた主人公の刑事が、変わった銃を巡る事件を操作することになる。
 エリザベス・ジョージ「リチャードの遺言」は、落ちがすっかり読めてしまうのが残念だが、ジョージの作品らしいいつもの感覚がうれしい。

 かなり分厚い本でありながら、夢中になってページをめくった興奮の一冊が、サイモン・シンの『暗号解読』(新潮社版)だ。古代の暗号から、現在、そして未来の新しい暗号まで、暗号発明者と解読者の戦いの歴史がつづられる。
 訳者の解説でも触れられているが、特筆すべきはシンの卓越した文章だ。込み入ったパズルのような暗号の深い面白さを十二分に伝えながら、けっして表層をさらうような単純な説明でなく、そのベースとなる理屈をすっきりと、しっかりと語ってくれている。解読に到る緻密で地道な作業を丁寧に説明し、ついに解読に到るまでの興奮を味合わせてくれるのだ。
 解読とは違うが、この本の最大の読みどころは、現在のコンピューター時代の暗号である、公開鍵が開発される一連のシーン。様々な才能を持った人間達が、「誰にも解けず、かつ使いやすい暗号」を作るためにアイディアと知恵を振り絞る過程がドラマチックに描かれている。その後に続く、静かに歴史の陰に隠されていた秘話の語り方がまたシブい。パズル好きや、理系、理系好きの人間は是非読んでこの興奮を味わうべき。暗号の歴史の大著だ。

 連休が終わり、再び未読の山をただ睨み続ける日々が始まる。長い日々だが、一冊一冊に楽しみが待っていると思えば、それもまた幸せなことである。