読み週記 11 月

 

第4週(11/27〜12/3)

 教養のために本を読め、と言われたりする。子供にも本を読ませるべきだ、と強く訴える人がいまだに大勢いる。一方で本なんかちっとも面白くない、と言う子供もいる。俺自身、本を読んで得た物も多いが失った物も多い。本を読むことが必ずしも言い訳ではないけど、とにかく本を読むことはなんとなく立派なことのように訴えられるのはなぜだろうか?

 『死の蔵書』(ハヤカワ文庫)が大受け、続々その前の作品が翻訳されていたジョン・ダニングの『ジンジャー・ノースの影』(ハヤカワ文庫)は、著者の3作目。実はその前に書かれた『封印された数字』(ハヤカワ文庫)が存外に面白くなかったため、ダニングが面白いのは『死の蔵書』のシリーズのみかと思っていたんだけど、やっぱり他のも面白いぞ、と評判を耳にして、もう一度チャレンジ。
 フランシスの競馬シリーズを思い起こさせるような、競馬場が舞台となったサスペンスで、孤児院にいたことのある主人公が、本当の母親を巡る競馬場の謎に挑むストーリー。主人公の動機など細かい部分でいまひとつご都合主義的なあいまいさが気になるけど、どんどん読めるのは展開のうまさと、競馬場、厩務員や調教師の仕事、のディテールが見事に描かれている点にある。
 日本とは少し競馬場の機能が違っている点に注目。その独特の雰囲気や、開催が終わりつつある時期に、ほとんどの馬や調教師がいなくなってしまう頃の寂しさなど、表からは見えない競馬場の様子がきっちり書かれていて、飽きさせない。
 舞台設定と、フランシスの慣れた読者とのなれ合いが興味を持続させる点で、ある意味成功とは言い難い作品なんだけど、サスペンスとしての面白さも決して悪くない。まあ、及第作、という作品。取り敢えず他のも読んでみようかな、と思う。
 というよりも、読み終わったときは「ああ、面白かった」と思っちゃったんだけどね。

 子供達に本を読め、と大人がうるさく言うのは、彼らが読まなくなっているからだ、と言う人もいる。確かに昔に比べるとマンガも読みやすくて、ゲームもあるし、テレビのチャンネルは一杯だし、で本以外の面白い物がこれだけあれば、読まなくもなるだろうと思わないでもない。
 考えてみれば、他の「昔は良かった」的若者批判の影には、自分と文化や思想を共有して、仲間を増やしたい、という単純な欲求が見え隠れしているようにも思う。同じように育てば、それだけ身近に感じられて安心できる。年を取れば取るほど、自分とは違う人間が増えていくわけで、その潜在的な不安に対する反抗が、「若者は本を読め」のシュプレヒコールになるのではないだろうか。
 なんでそう思うかというと、俺自身も周りの人が同じように本を読んで、読書体験や、面白い本の話を共有できればいいな、と思うことがたまにあるからだ。良いか悪いかはともかく、別の世代の人は別の物から何かを得てるのだ。
 そんなわけで今週は読んだ本も1冊。俺が他の物から何かを得ていた週なのかというと、たんに色んな本をつまみ食いして、どれも読み終わらなかっただけのことである。特に真新しい物は得ていないのだ。

 

第3週(11/20〜11/26)

 とても人には言えない話なんだけど、今、俺の部屋が大変なことになっている。大量の未整理の本を、急増の机の下仮設本棚に収納したふりをする事で回避された一時の混乱が、再び俺の部屋をおそっている。ただでさえ無茶苦茶な部屋であったのに、床が本だらけで、どれがどれやらさっぱり理解不能である。至急、第2仮設本棚をしつらえる必要性がある。

 SF作家としてでなく、多彩な著書を持つアイザック・アシモフの『小悪魔アゼザル18の物語』(新潮文庫)は、「私」と称する、アシモフを想像させる作家が、酒場で知り合った男から聞く、アゼザルという名のちびの悪魔のはた迷惑な魔法が引き起こす顛末を語った短編集。
 落ちの付け方なんかすごく古典的なんだけど、主人公とその男の会話なんかに、アシモフらしいユーモアが見え隠れして楽しい。小悪魔アゼザルのキャラクターも、妙に理屈っぽいところや、呼び出されたときの反応なんかが面白くて、話の内容よりもそっちのディテールの方が面白い。「アゼザル」って悪魔の名前はどこから来てるのかな?

 同じく短編集なのが、ドナルド・E・ウェストレイクの『ウェストレイクの犯罪学講座』(ハヤカワ文庫)。様々なシチュエーションのミステリ短編で、そのスタイルもユーモラスな物からシリアスな物まで様々。多少の当たりはずれはもちろんあるんだけど、完璧なはずのアリバイ工作がもろくも崩れていくはめになる「殺人の条件」は秀逸。

 話題になったらしい、という風の噂を知っていて、なんとなく巡り会って読んだベルンハルト・シュリンク『朗読者』(新潮社)は思わぬ大発見。学校帰りに黄疸で具合が悪くなった15才の少年が、偶然に出会った女性と関係を持つようになる序盤から、物語はその女性の意外な正体を軸に展開していく。
 この女性ハンナの造形がまた良いんだけど、特に良かったのが、物語の幕の引き方だ。ある程度納得のいく帰結ではあるけど、その描き方が物語の魅力を一段と増している。変な前知識無しで是非色んな人に読んでもらって感想を聞いてみたい秀作だ。

 『流転の海』(新潮文庫)のシリーズが恐ろしく良かったので、他のを読みたくてもなんとなく手が出なかった宮本輝『花の降る午後』(新潮文庫)をついに手を取る。何冊かある中からこれを選んだのは、何となく青春物に手を出したくなかった、というだけで、あとは大した根拠もない。
 神戸にあるフランス料理店を亡き夫から引き継ぐことになった未亡人が主人公。その夫が残した絵をきっかけに始まった恋と、時期を同じくして舞い込んだ、店をねらう陰謀。両方が折り重なりながら、主人公典子は人生の岐路に立つ。
 宮本輝が面白いのは、実に面白い登場人物の作り方。いかにも物語的なんだけど、これがまたいい具合に心をくすぐるのだ。今回も脇を固める登場人物、レストラン、アヴィニョンのシェフのである加賀、陰で典子の手助けをする黄健明など、脇役陣がすごく魅力的に書かれている。
 物語も適度の余韻を残して終わり、すっきりと読み終えることが出来る佳作だった。

 最近あまり人と本の話をしなくなった。そういう時期がある。個人的に当たりだなぁ、と思わせられる作品もあるんだけど、すごく興奮してそれが持続するような傑作もあまり見つからない気がするのだ。

 

第2週(11/13〜11/19)

 人間疲れていると眠れない、と言うことがある。簡単に言うと、疲れを押して活動するために出るアドレナリンのせいで眠れない、というような理由があったような気がするけど、よく覚えていない。とにかく先週はなぜか疲れていて夜なかなか寝付けなかった。御陰で本が読めるような気がしたんだけど、一方で日中全然読書がはかどらない、というマイナスもある。思わぬ夜更かしをしてしまって、翌日が心配になりながら布団の中で読み続ける、というのもなかなか複雑な心境になる物だ。

 椎名誠『本の雑誌血風録』(朝日文庫)は、『哀愁の町に霧が降るのだ』(新潮文庫)から続いている、椎名誠が自身の半生を描くシリーズの最新刊である、とあとがきにある。椎名誠が編集長を務める雑誌『本の雑誌』(本の雑誌社)が発行され、名を広めるまでのかなり長い時期をフォローアップしている。ストアーズ社につとめていた椎名誠が、『本の雑誌』の創刊に関わりながら自身もフリーの物書きになっていく過程、たったの8ヶ月間、椎名の部下として入社し、ある晴れた日に「あまりいい天気だったから」と退社を決意、その後紆余曲折を経て本の雑誌社の社長となる目黒考二の半生、沢野ひとし、木村晋介といった『哀愁の町〜』来の仲間達の逸話にくわえ、後に群ようことなって高額納税者にまでなってしまう、本の雑誌社初の正社員(なんと、社長よりも先に会社から給料をもらう身になっていることがこの本で判明する)木原ひろみのエピソード、当時を忍ばせるような記憶の数々が記されていて、読み応えがある。永遠の活字中毒者目黒考二のファンも必読の一冊。

 その『本の雑誌』(本の雑誌社)12月号。最近この雑誌関係の本ばかり読んでいる気がするけどまあよし。ところでこの雑誌、いつも書店で買うときにすごく申し訳ない気持ちにさせられる。それはなぜかというと、あのレジで「ピッ」とやるバーコードがついていないのだ。つまりレジの綺麗なお姉さん(といきなり媚びを売っておく)は、手打ちで値段を入れなくてはいけない。ところがこの地元の書店では何冊売れてるかもわからないような、実は結構売れてるかもしれないけど、棚に並んでるのは見たことのない雑誌が手打ちであることを、美人書店員さんは知らないことが多く、毎月その度にあちこちひっくり返して探しているのである。バーコードを。
 もちろんすぐに気付いてその素敵なお姉さんは手打ちで入力するんだけど、その間がなんとも申し訳ない。 いちいち言うのもヘンだし、そもそもそんなことを意識するのもヘンなんだけど、一度気になると、買うたびに気になって仕方がない。そんなわけで、読者の購買意欲を刺激することも含め、罪な雑誌なのだ。

 上巻である天の巻を読んでからずいぶん時間がかかったのは、週に一度しか行かない職場に置き去りにしてすっかり忘れていたからだ。新潮社編『歴史小説の世紀』(新潮文庫)の地の巻は、杉浦明平以降の著者によるアンソロジー。巻末に各小説についての対談があるんだけど、ずいぶん前に読んだ物が多くて、思い出すのに難儀した。
 さすがに最近の人が多いので、読みやすかったり、よく知っていたりする。一番知っている隆慶一郎と筒井康隆については「柳枝の剣」、「ヤマザキ」ともに読んだことがあるのでいいとして、あんまり評価していない司馬遼太郎、藤沢周平が意外に面白くてびっくり。もう一度読んでみようかなぁ、という気にさせられる。あんまり評価していないなんて言っておいてなんだけど、実は嫌いではないのだ。その他、阿川弘之「野藤」、三浦朱門「冥府山水図」、平岩弓枝「ちっちゃなかみさん」、宮城谷昌光「指」あたりが面白かった。

 江國香織『こうばしい日々』(新潮文庫)を読むにたったには複雑な経緯がある。といってもそんなに複雑でもないんだけど。
 そもそもは『本の雑誌』の何月か前に「夫婦のなんたらについては江國香織がもう書いてしまって」みたいなことが書いてあって、前から書店で名前だけ気になっていたこともあり、一念発起読むことにしたのだが、その「夫婦のなんたら」という面白そうなのが、いったい何という著書のことなのかわからない。早速江國香織を読んでいたはずの友人に問い合わせた所、何冊かそれらしき物を薦めてもらったはいいが、その後溜まっていた本に気を取られて読めずじまいだったのだ。書店に行くと棚で見かけて、「えーと、なんていうやつだっけ」と思うんだけど、家に帰ってもう一度確認して、なんて思っているうちにずいぶん日がたってしまった。
 これではいかん、と何度目かに勇気を振り絞って、全然違うけど、とりあえずお試しで読んでみよう、と手に取ったのがこれ。そんなに長々と説明するほどのことでもないんだけど。
 2編の中編が1冊になった物。表題作「こうばしい日々」の方は、アメリカで育った少年大介の日常を描いた物語で、もうひとつの「綿菓子」は、結婚した姉を非難の目で見てしまう少女みのりが主人公の物語。どちらも若い二人の恋物語が中心になっているが、微妙に温度差があったりで、比べてみても面白いが、単純に一編の物語として面白いと思う。
 全体を通して、特別素晴らしい、とは思わないんだけど、「綿菓子」の初め、主人公が姉の結婚式を改装するシーン「ごちそうがいっぱいならんでいたけどおいしくなかったのとおんなじ。」は名文だと思う。

 『本の雑誌』と言えば、中学生の頃からのファンだった俺は(その頃はほんの一部しか読んでなかったけど)、当時学校で読んでいて「『本の雑誌』?なんだそれ」と友達に変わった名前を馬鹿にされ、悔しい思いをしたのを覚えている。そいつとは未だにつきあいがあるので、いつか仕返しをしてやろうと思っているのだけど、お互いにあまりにも多くの罵詈雑言を投げつけあっているので、どれが『本の雑誌』の仕返しに当たるのかさっぱりわからない。

 

第1週(11/6〜11/12)

最近、「お、読めてる」と思うことがある。実はそうでもない、と思い知ったりもする。欲望と現実のバランスが崩れているに違いない。本当に半月でいいので、布団読書に励みたい

 多島斗志之『症例A』(角川書店)は、良心的な精神病院に勤めることになった精神科医の榊と、臨床心理士の広瀬が、分裂症と境界性人格障害の見分けの付かない患者亜佐美の診断を巡って苦悩しながら、同時に、首都国立博物館に隠された謎に興味を持った学芸員江馬がからんでいく物語。細かく解説を鋏ながら、精神科医の苦悩を描いている。
 しかけらしき物が何となく見えてしまった部分はあったけど、なかなか味のある作品。途中に差し挟まれるエピソード一つ一つが丁寧に記述されていて、飽きさせないのは見事だ。

 桜沢エリカは俺にとってはちょっと難しい作家だ。大学ノート風の装丁の『掌にダイヤモンド』(祥伝社)はちょっと変わった援助交際から大人への成長の入り口に入っていく女子高生が主人公。難しい、と思うのは、桜沢エリカは面白いには面白いんだけど、なんか普通っぽいところがかえって正しい感じでいただけない、とも思うのだ。読み流しては行けないような気がしながら無造作に消費してしまうもろさがある。
 ところで、少女売春を「援助交際」なんてオブラートで包むな、なんて批判がこの言葉にはあったけど、「援助交際」を「エンコー」と省略してしまう女子高生のセンスの方がよっぽどすごいと思う。ちなみにこの本に出てくる「援助交際」は正しく援助交際であるような気がするけど。

 ジェフリー・ディーヴァー『悪魔の涙』(文春文庫)は筆跡鑑定の第1人者、元FBIの捜査官で、現在は別れた妻との間の子供達を手元に置くために現場を離れ、「文書検査士」という仕事をしているパーカー・キンケイドが主人公。
 子供達を何よりも愛する主人公は、やはり子供の命を奪った、無差別殺人を利用したワシントン市への脅迫事件の捜査に参加することになる。コーンウェルの「検死官シリーズ」みたいな、ちょっとマイナーでありながら知的好奇心を刺激しちゃう専門職を絡めたミステリかと思いきや、キンケイドの専門能力の持つ魅力を十全にいかしながら、ミステリ、サスペンスとしてもかなりの出来。もう一人の主人公である女捜査官ルーカス、奇跡を起こす捜査官ケイジやコンピューターを駆使するゲラーなど、魅力的な登場人物にくわえて、緊迫感のある展開や犯人の緻密な仕掛けは見事。
 それにしても、巻末でやっと回答が提示されるパズルはどうなんでしょう。友達に話したりしたら怒られると思うんだけど。

 布団の中が実に気持ちのいい季節になった。夜中まで布団にくるまって本を読み、目が覚めてからもダラダラと読み続け、いつの間にかまた寝てしまっている。そんな生活も夢のまた夢である。