読み週記 9 月

 

第4週(9/25〜10/1)

 床に置かれた大量の本は一向に減る気配がない。冷静に毎日の生活を振り返ってみれば、読む時間が全然少なくなってしまっていることに気付くくせに、相変わらず本を買い続けている。本を読むこともそうだけど、本を探したり買うことも好きなのは確かで、そのせいで首を絞められつつ、幸せをも味わっているのだ。

 楽しみにしていたジョー・R・ランズデールのシリーズ最新刊『バッド・チリ』(角川文庫)がいつの間にか出ていた。いつも行っている書店の文庫棚の配列が変わったため、新刊に気付きにくくなっているのだ。棚との関係をもう一度作り直さなくてはならない。
 シリーズも3作目に入り、色々と世界が動いている。ハンソン警部補は植物状態になってしまっているし、相棒のチャーリィは警部補の昇進した物の、嫁さんとの関係が悪くなる。物語が始まるなりハップは狂犬病に感染し、もう一人の主人公レナードは恋人のラウルと別れてしまう。物語は相変わらずスピーディーな展開でどんどん突き進み、彼らの友情も、その減らず口とともに快調である。シリーズ一作一作が枠にとらわれずに作られているので、シリーズのお約束の雰囲気もなく、安心して次を待てる作品だ。

 新潮社編の『歴史小説の世紀 天の巻』(新潮文庫)は『新潮』(新潮社)の臨時増刊号として出されたものの前半部分を文庫化した物。連なる名人達の作品にはもちろん好みがあるだろうけれど、扱う題材の多彩さや、文体、志向の違いなど、著者の名前を意識しながら読むだけでも楽しめる。
 個人的には、山本周五郎「裏の木戸はあいている」がいいけど、室生犀星「舌を噛み切った女」、石川淳「前身」、中山義秀「月魄」、坂口安吾「梟雄 」、松本清張「運慶」などなど、あげればきりがないほど名作が並んでいる。著者の並びは誕生年別。この人がこんな昔の生まれなのか、と驚いたりもできるので、さらにお得である。

 牧野修『MOUSE』(ハヤカワ文庫)は『SFマガジン』(ハヤカワ書房)の連載で読んだときから、文庫化されるのを楽しみにしていた作品。いつの間にか文庫化されていただけでなく、いつのまにか「品切れ再版予定無し」になっててびっくりした。今度早川の「読者が選んで読んでみたい名作」のフェアで再版になり、ようやく手に入れることが出来たのだ。読者、偉い。
 物語はネバーランドと呼ばれるドラッグ中毒の子供達だけが住む島での、「マウス」と呼ばれる彼らの世界を描いた近未来SFで、言葉で相手を攻撃したり、仲間と共感する彼ら独特の生態系が上手く書かれていて、純粋に物語として楽しめる。子供達の変容を描くなら、流行の不登校とか引きこもりを描くより、こっちの方が気が利いてる、と思うけどな。

 『週刊少年ジャンプ』(集英社)の43号。ここだけの話だけど、どうも最近島袋光年の「世紀末リーダー伝たけし」が訳わかんなくなってる。藤崎竜「封神演技」では、封神された人達が一同復活。あんなにたくさんの人達を覚えられる中学生は偉い、と思う。

 ついに10月になり、1年も3/4が終わってしまった。未読の3/4が片付くとずいぶん幸せなんだけどね。

 

第3週(9/18〜9/24)

 夢の夏休みをゲットして、これで読書三昧の生活が出来るかと思いきや、いろいろ用事が重なって短い夏休みを読書のためにはさっぱり活かせず。かといって部屋や本棚の整理などが出来たわけでもなく、夜遊びと仕事関係の時間が主な内訳なので、休みを経ても生活にも時間を割けず、実に怠惰な休みとなったのでした。おまけに最後に日には研修がてら久々に池袋LIBRO、JUNK堂で本を買い込み、未読の山を増やしただけ。なにしてんだ、俺。

 本来この手の本はあまり勧めても仕方がないのでここには書かないんだけど(趣味の読書ともちがうし)、結構収穫だったのであえて書く。
 井出正仁『こうすれば自閉症児も幸せになれる−A子ちゃんのこと』(近代文藝社)は様々な経緯を経て1人の自閉症児と関わり続けた著者が記した彼女の30年にわたる記録である。
 
 著者は東京都の(読むと書いてあるんだけどね)の教諭を経て、教育相談、介助員など様々な形で自閉症児と関わりを持ち、現在も自閉症児学級を作るために奮闘しておられる方で、自閉症児の教育体制の整備のための様々な活動は各地で共感を受けている。
 A子ちゃんという1人の自閉症児の30年間にわたる学校、施設等での関わりの記録を集め、自身が様々なタイミングで彼女、保護者と関わっている。
 同時に本書は著者自身の潤沢な経験からくる解釈による自閉症の理解、医学、法律上の解釈とともに、日本の自閉症児教育の歴史が語られる、という盛りだくさん。それらが平易に語られているので、専門家でなくても充分読みやすい。
 これが面白いのは、著者が文献に囲まれてわずかな臨床経験からモノを言っているのではなく、まさに現場に居続けた上での言葉であること。それ故に見られる範囲も限られるし、医学、心理学の専門家でもない。だがその内容は自閉症、自閉症児教育の本質を見事についていて、いまだその正体を捕まえられていない自閉症児への対応や、体制整備の方向性が記されている。
 専門的に勉強する人も、現場の教員も、自閉症児の家族も、もちろんそれ以外の人々も、「自閉症理解」ではなく「自閉症を知る」ために有効な一冊である

 シェイマス・スミス『Mr.クイン』(ハヤカワ文庫)は久々に痛快な書。実際には手を下さず、常に犯罪の陰に隠れて、麻薬組織の首領のみがその存在を知る天才的な犯罪プランナーのクインが主人公の犯罪小説。冗長な口調と悪びれない女好き、そして緻密で先の先までを見越した芸術的な犯罪計画を立案するクレバーさを備えた魅力的なアンチ・ヒーローの主人公が素晴らしい。
 やることなすこと極悪で冷酷でありながら、その語り口からどこか憎めない主人公の魅力に追うところ大な作品であるけれども、綿密なトリックやディティールにもさえがあり、2作目も楽しみなシリーズ。影響されて犯罪者になろうと思ったりしない人にはお勧め。

 最後の最後まで目黒考二『活字三昧』(角川文庫)は不思議な感覚。何が不思議かというと、どこかで読んだような気がしてしまうからだ。
 著者が色んな雑誌等に書いた記事を集めた物で、序盤の数本は『本の雑誌』(本の雑誌社)で読んだことがあるので既読感があるのは当然としても、そのせいかその後の作品も時たま「一度読んだことがあるんじゃ・・・」という不安をもたらすのだ。そういえば「活字三昧」という題名にも記憶があるし。同じ著者の『活字学級』(角川文庫
)を読んだことがあるのか、本当にこの本を買ったことがあるのか、未だにわからない。本棚を探したり、過去の読み週記を見ると発見するのかもしれないが、怖くて出来ない。うーむ。

 書店で一度手にとっては見たものの、なんとなくちがう気がして戻した1冊コリン・ホルト・ソーヤー『老人たちの生活と推理』(創元推理文庫)を再び手にとって正解。老人ホームで発見された他殺体の事件を解決すべく、ホームの仲良し老女4人組が捜査に来た警部補達に叱られながら活動を開始するという物語。
 老人たちが殺人事件の調査をする、というパターンはとくに真新しくもないとは思うが、次々と暴かれる年輪を重ねた登場人物達の悲哀、主人公達の友情の物語としての読み応えも抜群で、捜査の過程でそれらを見ることになる2人の警察の人間達の造形も上手くかけている。
 海外のミステリーにはこのような限定されたコミュニティーを舞台にしたシリーズ物が多くて、その構成員達が個性豊かに描かれて、それがそのままシリーズの魅力の一つになっている。フェフ・アボットの「図書館長シリーズ」(ハヤカワ文庫)やリタ・メイ・ブラウン/スニーキー・パイ・ブラウンの「トラ猫ミセス・マーフィーシリーズ」(ハヤカワ文庫)などがそうで、このタイプはあまり日本では見かけないと思うんだけどどうだろう。

 M・M・ワールドロップ『複雑系』(新潮文庫)は久々に興奮した科学系読み物。最近ささやかれるようになった「複雑系」という概念を完成させたアメリカのサンタフェ研究所の設立とそれが軌道に乗るまでを、参画した何人かの科学者達のエピソードとともに語るドキュメント。経済学、生物学、物理学などが絡み合い、真に学際的な研究所を作るための活動と、彼らの興奮が実に生き生きと語られている。
 当時の経済学界では、常識をはずれた異端の思想として受け入れられなかった「収穫逓増」というアイディアを推し進めた若き経済学者ブライアン・アーサーの物語から始まる一連のストーリーは、個性豊かな科学者達が本当に楽しんで研究をしていく姿を見事に描いている。様々なワークショップや物理学者など別の学問の学者達を一堂に集めた革新的な経済学会議などにおける彼らの交流、夢中になって議論を重ね、何か新しい物が創られようとしているその瞬間に立ち会っている科学者達の興奮が読み手にも伝わってきて、わくわくしながらページを繰る。
 確かに出てくる話に難しい物が多くて読むのに時間がかかって仕方がないんだけど、「複雑系」という概念や個々の理論をしるためでなく、科学者達の人間ドラマとしても十分に楽しめる。
 この中に出てきた概念で特に面白かったのが「ポジティブ・フィードバック」という概念。別に真新しくも何ともない概念であることが読めばわかるんだけど、初等、中等教育、もちろん高等教育でも、あまり触れられない現象が、実は世界のなかのあらゆる場面に出てきていることがわかるし、単純に余計な要素を配していた初歩的な学問に感じる違和感を取り払ってくれる。
 そしてそれこそが「複雑系」の魅力であり、我々の世界は実にその発想無しに読み解く事は出来ない。「神の手」はなぜ俺の生活をちっとも楽にしてくれないのか、それがこれを読めば一発でわかる、かどうかは定かではないけど。

 『週刊少年ジャンプ』(集英社)42号、オリンピック記念の読み切りはハンマー投げの室伏広治が主人公。鉄人室伏の息子で、今では父親が塗り替えてきた日本記録をさらに塗り替え続け、日本人初の80Mをクリアした怪人である。結局昨日のオリンピック、ハンマー投げ決勝では、残念ながら9位に終わってしまったんだけど、まだ若いし、次回に十分期待のもてる逸材。試合のインタビューの複雑な表情も記憶に残る。次はアテネだ。

 久々に『ワールドサッカーダイジェスト』(日本スポーツ企画社)を読む。表紙に載っていたデル・ピエーロに惹かれたわけでは全然なく、たまたま買い物をしたコンビニのレジの前のワゴンに、他の世界系サッカー雑誌と一緒に置かれていて、つい手に取ってしまった、というだけのこと。
 各週になってなんとなくつまらなくなった印象があったんだけど、改めてその印象を再確認。別に雑誌が悪いんじゃなくて俺自身のワールドサッカーへのテンションが今落ちてるだけなのかもしれないんだけど、それにしてもどうだろう。つまんなくなってません?
 面白かったのは元クロアチア代表キャプテン、日本代表とのワールドカップの試合に「出場しなかった」ことで有名になった選手だけど、読み応えアリ。本の何年か前にもこの雑誌にインタビューが載ってたと思うんだけど、そのときも確かユーゴの天才サビチェビッチの話をしていたはず。個人としてはどうだか知らないけれど、プレイヤーとしてのサビチェのことは本当に好きだったんだろうな。

 書店で購入した大量の本は、未読の山として積み上げるのではなく、背表紙を上にして床に並べてある。むふふ、俺が読める本がこれだけあるんだぞ、という幸せに浸るのがその目的。なんだかなぁ。

 

第1週(9/4〜9/10)

 今週は雑誌のみ。雑誌だって好きで読んでいて面白いんだけど、なんとなくこんな生活じゃひからびちゃうんじゃないかとちょっと心配。

 『本の雑誌』(本の雑誌社)9月号はそこそこの収穫。読みたい本がぼろぼろ出てきて購買欲をそそること。刺激されて近くの書店に行ったはいいが、結局ここに載ってない本ばかりをかってしまった。それはそれで面白そうな本だから良いんだけど、なんかちがうぞ、俺。

 『週刊少年ジャンプ』(集英社)39,40号。登場した時のインパクト抜群だった「JOJOの冒険」の続編、荒木飛呂彦「ストーンオーシャン」以外は一応一通り読んでるんだけど、面白いのと面白くないのの差があまりにもくっきり。だんだん面白くなってないのが不思議。

 今週は久しぶりにえらく短い読み週記。たまにはそんなのもアリだと思うけど、来週は夏休みを取るので、それに併せて更新もお休み。休め休め。