読み週記 2月

 

第4週(2/25〜3/3)

 久々の都心の大型書店に行って来た。その書店はまさに「大型」という感じで、地上9階地下1階に広い売り場が確保されていて、半日かけても駆け足でようやくまわれる程度。歩き終わったときには心地よい疲れに全身を浸していた。大小に関わりなく、本屋は楽しい。

 文庫の新刊、北原亞以子『花冷え』(講談社文庫)は、著者の初期の作品集。北原亞以子のスタイルは見えるものの、どこか試行錯誤、という雰囲気も漂う。自分のスタイルを確定しながらも、その中から独自のストーリーを浮かび上がらせようという苦闘の後が見える。
 北原作品の特徴は、読者がすんなりと入り込み、流れるように物語を楽しむ、呑み口のいい日本酒のよう。江戸の職人達を中心とした、北原ならではの庶民像、そしてひっそりとした情感にある。それらの要素がいいストーリーに載せて語られて初めて北原文学が結実する。この短編集で見られるのは、その北原文学を彩る要素が形作られる過程である。足りないのは優れたストーリーだけ。焦る必要もなく、彼女の作風のようにゆったりと、やがてそれは訪れる。

 リチャード・パワーズ『ガラティア2.2』(みすず書房)は、ちょっと変わったラブストーリー。ラブストーリーというと敬遠したくなるかもしれないが、人工知能から古典文学まで、幅広い知識の洪水に彩られたSF調の物語でもある。主人公は、複雑系が最も熱いトピックになったある大学の研究機関に一年間の招聘教授としてやってきた小説家リチャード・パワーズ。パワーズ自身の作品を振り返りながら、その創作の源となった女性との想い出が語られる。
 その想い出は根底に流れる物語であり、表象のストーリーは、パワーズがそこで出会った変わり者の科学者と共に作り上げることになった人工知能「ヘレン」だ。文学修士の試験問題、という限られた状況でのチューリングテストに合格させるべく、「ヘレン」を育てていく。
 様々な範囲の知識と、絡み合った比喩の連続で、幻想的な物語が進んでいく。主人公に魅力を感じるか否かで意見が分かれると思うけど。

 ついに完結した浦沢直樹『モンスター』(小学館)の18巻。初回限定があるとは知らず、まんまと普通版を買ってしまったことはさておき、最初から最後までクライマックスの連続みたいに進んだストーリーもついに終章を迎えた。光と闇が交錯するような中を進んできた主人公達の運命がついに結実する。あれだけ引っ張り続けた謎の固まりをどう落ちに結びつけるかが最終的な評価を決めると思っていたけど、この終わり方には満足。その謎の正体がどうやってヨハンの行動に結びつくのか、という部分が多少弱いとは思うけど、ラストの衝撃的なシーンは、ここまでひっぱって来ただけの価値があると思う。

 大型書店での経緯は近々このページにアップしていく予定だが、なにしろ広いモンだからまだ書き終わっていない。せっかくもらってきた店内の地図なんかも入れながらページが作れればいいんだろうけど、なかなか技術が足りないのは残念。

 

第3週(2/18〜2/24)

 トールキンの名著『指輪物語』(評論社)の人気がスゴイ。映画化の影響が大きいんだろうけど、ずいぶん長い間埋もれてたものがどうしてこんなに生き返るのか、というくらい恐るべき勢いである。名作は時を経ても生き続ける、と言えば聞こえは良いが、ハリポタの余勢を駆ったような映画化でようやく立ち上がったのを残念に感じるのは僻みか。単に中学時分に読んだ本の事なので、さっぱり覚えていなくて悔しい、というのが本音かも知れない。
 同時に、色々なジャンルの名作が甦る可能性を秘めている、ということだ。ファンタジーの隆盛が沢山の財産を持っている本の世界を甦らせるきっかけになると楽しいけど。

 神林長平『言壺』(中公文庫)はまさに言葉のるつぼ。言葉に込められたエネルギー、人間の認識に至る過程における言葉の威力を限界まで試すような、神林文学の挑戦が続けられている。万能著述支援マシンであるワーカムという機械の登場をきっかけに、様々な時代、世界での人間と言葉の関係を探っていく。それぞれがつながっているようでバラバラなようで、まさにるつぼと化した短編の連続が、どのように結実していくのか、という点がおそらく焦点に。今までのように、言葉を使って人間の認知、認識について追求し続けた神林が、その言葉自体をツールでなくテーマとすることで、自らの思考をさらに一歩押し進めようとしているかのようだ。

 ふとしたことで、再刊されていたマンガについての話題が出た。過去に出たマンガを文庫化する試みが始まったのがもう何年前だったか忘れてしまったが、その後も続々売り出されているところを見ると、どうやらニーズにヒットした販売策であったようだ。個人的には、実際にスペースのことを考えると、文庫サイズになってすら買うのを控えてしまうが、魅力的なタイトルが並んでいるのは確かだ。幅広い年齢層をつかむ、マンガという文化の奥の深さが伺えるようで楽しい。現代の若者から大人にかけての世代にとっては、より時代性を感じさせるものなのかもしれない。

 

第2週(2/11〜2/17)

 眠さ継続中。軽い読み物やマンガの再読ばかり。気分的に後ろ向きな雰囲気になりつつあるのかも。本が読めないと気持ちも乗らない。気持ちが乗らないと本も読めない、の悪循環風。

 リチャード・ジェサップ『シンシナティ・キッド』(扶桑社ミステリー)は、ポーカーゲームに命を削るギャンブラーの物語。先週からギャンブルがらみの本が続いている。
 「帝王」の称号を持つギャンブラーとの対決に向かう主人公シンシナティ・キッドが、彼との戦いに至るまでと、その戦いの模様がクールな文体で描かれる。本作のメインであるポーカーの勝負のシーンは、決して熱くなることのない、押さえた筆致のハードボイルドだ。
 これもスティーブ・マックイーン主演で映画化された原作だけど、思い出すのは映画「ハスラー」だった。こちらはビリヤードの勝負師の物語。長時間に及ぶその対決のすさまじさと、その迫力が、かえっておとなしい演出で淡々と描かれるところに味がある。
 競馬、麻雀など、日本にも様々なギャンブル小説があるが、海外物になると、どこか格好良さげな雰囲気がある。だが、古典と呼ばれるギャンブル小説は常にその勝負の描き方は淡泊だ。
 『シンシナティ・キッド』は、前編にそのクールな、淡泊な感じが漂っている。勝負を目前にして別れる男女や、戦いの合間に交わされるギャンブラー達の会話は、あっさりと行われるがために、リアリティと情感を呼ぶ。

 

第1週(2/4〜2/10)

 3連休は夜更かしの連続で、夜布団に入っても、さっぱり本を読む気になれない。丁度今読みかけの本が、眠い頭では読めない事もあって、机の下本棚の奥にしまい込まれていた、『銀河鉄道999』(小学館)を再読。ダークィンという敵に対するため、再び鉄郎が旅に出る新シリーズ。新しい方の2冊分くらい、さっぱり内容を覚えていなくて、まるで初めて読むような気持ちになったことに驚き。でも、前のシリーズの方が良かったなぁ。

 『成り上がりの掟』(ハヤカワ文庫)は、口先で世の中を渡る、プロモーターのザ・リップ、彼の少年の頃の友達だった賭け屋のアル、そしてザ・リップがプロモートする試合に出場する、将来あるボクサーのジュニアの三人が主人公。目前に迫ったビッグゲームに向けて、それぞれがそれぞれの勝負を仕掛ける物語。
 それぞれの立場と、そのキャラクター性が素晴らしく、特に「レイ・ロウ、レイ・オフ」を座右の銘に、ひたすらクールに賭屋業をいそしむアルのストーリーが、個人的にはお気に入り。ギャンブルと人生がオーバーラップしながら、翻弄されつつも、自らの意志と責任を大事にするその生き方に共感できる。

 毎日のように眠いのに、本屋が視野にはいると、つい足が向いてしまう。たいていは買わずに店を出るけど、たまった未読本を考慮しての事ではないのは確かだ。そしてまた、むくむくと読みたい気持ちがわき上がる。