読み週記 3月

 

第5週(3/29〜4/4)

 ちょっと気を抜いている隙に新年度になってしまった。なんてこと。毎年この時期になると決まり事のように「春休みが欲しい」と書いているんだけど、今年はそんなこと考えもしなかった。気付いたら年度が始まっていたから。「ああ、春休みだから学生が少なくて電車がすいてるなあ」と思ったと思ったらもう今日は電車に高校生の姿なんかを発見して、「もう学校が始まるのか!」とビックリ。彼らの春休みもあってないようなものなのかなぁ。

 ヒューバート・L・ドレイファス『インターネットについて 哲学的考察』(産業図書)はずいぶん前に買ってお蔵入りになっていた本。この本でも少し触れられているシェリー・タークル『接続された心』(早川書房)以来、インターネットについて書かれた本は久しぶり。ネットについて書かれたなにか面白い本はないかな、と普段なんとなく探しているのだが、思いの外発見は少ない。探し方も対して熱心でないんだけど。
 この本は人工知能批判が有名なドレイファスが、「身体性」や「コミットメント」と言ったキーワードを元に繰り広げるインターネット批評である。元々俺は哲学も全然知らないし難しい本を読むと意味内容へのコミットメントが非常に低下する質で、要するに難しくてよくわからなかったんだけど、訳者が最後に述べているとおり、前半を中心に展開する身体性についての言説に比べ、強力なコミットメントに欠けるといった批判は今ひとつインパクトに欠けている感じがする。サイバースペースが身体を抜きにして存在する、という発想はナンセンスだと思うけど、後半についてはそれこそサイバースペースの世界から強力な反対意見が出てきてもいいのでは、と思う。身体性が欠かせないのであれば、むしろネット独自の身体性から生み出されるコミットメントや哲学があってしかるべきだろうし、それが主張されても良いのではないだろうか。

 およそ何年ぶりかで花見をした。「花より団子」とはよく言ったもので、気付くとほとんど桜に目を向けてないことに気付くんだけど、これはむしろ「花より飲み仲間」と言うべきではないかと思った。なんかすごく陳腐な発想だけど。なんにせよそんな気分になることは悪いことではないんじゃないかな。

 

 

第4週(3/22〜3/28)

 何回も書いている『指輪物語』(評論社文庫)をようやく読み終えて力つきた。最後の補足資料も含めボリュームたっぷり。かなり満足して読み終えた。また違う世代に入ったとき、三度読んでみたい。

 そんなわけでなかなか本に向かえないマンガ強化月間を謳ったところ、友達が三浦健太郎『ベルセルク』(白泉社)を貸してくれた。前々から面白いとは聞いてたんだけど、絵柄が今ひとつ好きになれなくて手を出せずにいたんだけど、これがもう面白い。生け贄の烙印を押された、巨大な段平を扱う剣士ガッツがその暗い過去を精算するために旅する物語。場面はその暗い過去を語る過去に写り、物語が本格的に進行するという展開も面白い。回想シーンかと思いきや、それが本編みたいになるのだ。
 主人公のガッツと対比されるもう一人の主人公であるグリフィス。彼らがとにかく暗いのがいい。暗い、後ろ向きなパーソナリティから、明るい前向きな要素に向き合うことで苦悩する、みたいなテーマは特別新しい訳じゃないけど、傭兵隊や悪魔的な存在たちなどの描き方も上手いし、人間ドラマとしてもファンタジーとしてもうまく引き込まれて次々と先へ読みたくなる。
 苦しいのは、借りたのがこの過去が語られる「黄金時代編」(って言うらしい)のクライマックスの12巻までだったこと。友達がキリの良いところを間違えて貸したらしい。続きが気になる。早く読みたい。そしてその先も読みたーい。ううむ。

 どっぷりマンガを読むのも楽しいが、下手に面白かったりするとすいすい夜中まで止まらず読んでしまうのが危険なところ。読みやすい分時間を忘れてしまうのだ。おかげで睡眠不足はちっとも解消されず、どんどん夜型の生活になっている。でも朝は普通に起きてるから眠いのなんの。

 

第3週(3/15〜3/21)

 つい最近読み週記を更新した様な気がするけど気のせいですか。気のせいじゃないですね。

 相変わらず本に集中できない日々。そういえばこんな時にはマンガだ、と思い立って借りて読んだら面白かったのが黒田硫黄『茄子』(講談社)だ。1〜3巻を一気読み。正直に言って絵柄的にはあんまり好きじゃないんだけど、とにかく話が面白い。微妙にリンクしたりしなかったり(してるのに俺が忘れてるだけ?)してる数セットの登場人物が入れ替わり登場するオムニバス風の連作短編。田舎に引きこもって茄子を作り続けて生活している学者や「若隠居」を目指す青年、父親の作った借金に負われて小さい弟たちを世話しながら自立した生活を目指す女の子など、それぞれが自分の現状に色んなレベルで向き合いながらやれることをただやりながら生きている、という話だが、これが読んでいて実に心地よい。嫌いな絵柄ながら、ただ浸ってダラダラ読み続けていたいような、力の入ってないような魅力がある。誉めてるのかどうかよくわからないけど。

 そんなわけで、気分と体力的にあんまり本が読めないので、面白いマンガ募集中。主に貸してくれるとさらに嬉しいけど

 

第2週(3/8〜3/14)

 すっかり更新を忘れていたのも、今週は読んだ本が無かったことも関係している。と言い訳してみたりして。このところ『指輪物語』(評論社文庫)のおかげですっかり寝不足な上、サッカーの代表の試合が目白押しだったりしたこともあって、眠くて仕方ない。電車で本を読もうとするとつい眠くなってしまうのだ。
 そんなこんなで『指輪物語』ももうじき読み終わる。本編は終わっているのであとはおまけみたいなもの。あらためて読んでみたけど、やっぱり名作だ。終盤の展開もまた面白い。堂々のエンディングですっかりお話が終わる訳じゃなかったのね。そうでした。たっぷりと読み込んだ充実感みたいなものも味わえる。
 ところでアカデミー総なめの「ロード・オブ・ザ・リング」のおかげで、ファンタジーの映像化が再評価されたみたいで、子どもの頃やはり夢中になって読んだC・S・ルイスの<ナルニア国物語>(岩波書店)シリーズも映画化されるとか。あれを映像化するのって『指輪物語』とはずいぶん意味合いが変わってくると思うんだけど。でもどんな映画になるのかちょっと楽しみ。下手なディズニー映画みたいになっちゃわないといいんだけど。
 映画で本が有名になると、文庫の表紙に映画の写真が使われたりして、原作なのにノベライズみたいな雰囲気になっちゃって、書店で見かけても手に取りづらくなったりする。そんな風にして欲しくはないけど、<ナルニア国物語>なんかがまた話題になってみんなに読まれたりすると嬉しい。
 と書いててちょっと思ったんだけど、『指輪物語』のおかげで日本でもファンタジーや幻想文学が流行って書店をにぎわせたのはいいんだけど、結局一時のブームになっちゃった感じ。もし<ナルニア国物語>が映画化で有名になって売れればそれはそれでいいけど、そんなに読まれるならどうして『指輪物語』でファンタジーがブームになったときに既に売れてないの?ってことにもなる。流行に載って玉石混淆のファンタジーやらメルヘンが市場にあふれたけど、それで終わっちゃうのって売る側の怠慢じゃないかという気がしてしまう。

 

第1週(3/1〜3/7)

 前にも書いたことがあるけど、この読み週記は前の月の最後の日が入った週を前の月の最終週として、その翌日からをその月の第1週とカウントしている。そのせいでもうすっかり新しい月になっているのに前の週を引きずっていたりする。だからといって何も困らないけど。

 久しぶりにディック・フランシスの<競馬シリーズ>の文庫新作が出ていた。最近忙しくてあまり本屋に行けていないんだけど、たまにいくとこういう発見があって嬉しい。
 その『出走』(ハヤカワ文庫)は初めての短篇集。巻末の解説に書かれているように、フランシスが不調であった時代に書かれた短編と新しい書き下ろしが数編で構成されている。フランシスの不調の時代とは彼自身の不調というだけでなく、彼が描くヒーロー像自体が不調であったことは解説に書いてある通りで、そこにも紹介されている北上次郎の論評が非常に面白かったのを覚えている。
 それはともかく、この短篇集も全てが競馬界が何らかの形で舞台になっている。後期のフランシスは特に競馬自体は本当に背景というくらいで、別の世界が種になっている作品もあるが、これらは競馬の世界を巡っている。一方で、長編とは違い、全て三人称で書かれており、主人降格のキャラクターもいつものハードボイルドなヒーローでなく、悪役であることもある。玉石混交という具合で多少の当たりはずれもあり、フランシスが読者を惹きつける普段の魅力とはテイストが違っているが、特に後の書き下ろしを中心にさせたストーリーテリングが披露されているものも多い。
 ところで、フランシスの単行本の方を全然追っかけていないので、今後文庫で作品が出るのかどうかわからない。愛妻を亡くしてからは新作が出ていないということなので、これで打ち止めだったら、と思うと怖くて仕方ないのだが、かといって確認するのも怖くて出来ずにいる。ふうむ。

 そんなわけで今月は1日が月曜日だったこともあってすっきり第一週から始まった。だからといって何も良いことはないけど。