読み週記 12月

 

第3週(12/17〜12/24)

 「年末年始に向け、積極的に休んでいこう!」ということで、今年のHP更新はこれでおしまい。最後になるので、今年のベストを載せておこうと、一年分の読み週記を見返したが、これが思ったほど大当たり感がない。新しい作家の発見があったり、人から薦めてもらったヒットなどもアリながら、1年を通して見返してみたときに、もっと前の年のように、興奮するような読書の一年が送れていなかったような気持ちがしてしまった。まじめに働いたのだ、と思いたいが、お世辞にもそんなことは無いので、ちょっと反省。

 ベストの前に、今週の読み週記。『死の蔵書』(ハヤカワ文庫)で衝撃的な日本デビューをしたジョン・ダニングの『深夜特別放送』(ハヤカワ文庫)上下巻は間違い無しの大当たり。『死の蔵書』後に翻訳された旧作のできが思いの外良くなく、期待が大きい分裏切られた気持ちになったりして、今ひとつ評価の定まらなかったダニングだけど、諸手をあげて賞賛できないのは初めの何作かだけ。その後は確実に一流の小説家であり、エンターティナーであることが確信できる内容だ。
 物語の時代背景は、第二次世界大戦の1942年。主人公は片耳が聞こえないために兵役を免除されたことがきっかけで、小さなケンカから逮捕された小説家だ。彼が過去に深い関わりのあった女性からのSOSを受けて刑務所から脱走し、小さな町のラジオ局にたどり着くことから物語は展開していく。
 物語に隠された謎自体がなかなか明らかにならないまま、手探りで事実を積み重ねていくミステリとしての面白さ、隠された謎の内容ももちろん、描かれている黄金期のラジオの世界がまたすばらしい。プライドと野心を持ってラジオ番組を作り上げていくスタッフ・役者達のプロの仕事の数々が、実に魅力的に描かれている。上下巻たっぷりのボリュームも十分に歯ごたえがあり、ミステリとラジオ会社のドラマが同時進行のように描かれる。

 「文章が上手い」と薦められたのが、永井路子だ。取り合えず書店に並んでいるものから選んだのが『炎環』(文春文庫)。確かにうまい。個人的にはスッキリしすぎていて、もう少しけれんみがある方がいいように感じることもあるが、静かに流れていく文体に触れているだけでも、本を読む楽しみが味わえる。
 さらに素晴らしいのが、一冊を通しての構成の見事さ。平家の滅亡から、その平氏を倒した源氏の棟梁源家の手から北条家へと政権が奪われていく時期までを描いた4つの短編を並べたもので、「短編集」というくくりは間違っているかもしれない。
 4編の主人公はそれぞれ、頼朝の異母弟である僧の全成、頼朝に取り入り、義経を売った悪人のように言われることもある梶原景時、尼将軍と呼ばれた北条政子とその妹保子の姉妹、そして源氏の幕府から北条の世をうち立てた北条義時。権力への野望を静かに燃やしつつ、歴史を彩ったそれぞれの戦いの日々を並べ、まさに炎環のように織り上げたつくりは見事の一言。名手の腕にかかると、教科書に載っている小さな記述が如何に見事な物語として甦るか、という証左だ。

 というわけで、今年のベスト。第5位はR・D・ウィングフィールド『夜のフロスト』(創元推理文庫)にした。毎年楽しみにしているシリーズものの中で、相変わらずの面白さと抜群の読み応えで決定した。普段ほとんど海外作家の本ばかりしか読まないのを静かに気にしていたのだが、今年ベストに入った外国人作家はウィングフィールド一人なのはなぜか。
 第4位は北村薫『水に眠る』(文春文庫)にした。必ずしも興奮するような読み応えではなく、むしろ静かに読み終える感じだったが、もっとも俺向きでない題材が中心になった短編集を読んで、抵抗感を減じせしめたのは確か。とにかく巧い。
 第3位は北原亞以子『まんがら茂平次』(新潮文庫)にした。今年の後半は心密かに「日本人作家強化年間」と勝手に決めていたので、人に薦めてもらって当たりだった江國香織とか、発見もあったが、大発見の筆頭が北原亞以子。世間的には全然新発見ではないけどいいのだ。特に江戸城下の町に住む人々を描く北原亞以子の筆にはずいぶんと幸せな気分を味あわせてもらった。
 第2位の宮本輝『草原の椅子』(幻冬舎文庫)は、とにかく引き込まれた印象が強い。ストーリーテリングの巧さが、こういう物語で発揮される。人々の結びつきを、大きなうねりの中で描いていく手法は、宮本輝文学の魅力の中心ではないだろうか。『流転の海』(新潮文庫)のシリーズに見られるような冴えが味わえる逸品だった。
 そして第1位。今年一番夢中になって読んだのは、佐藤賢一『双頭の鷲』(新潮文庫)だったと思う。フランスとイギリスの100年戦争の時代に現れた、軍事の天才デュ・ゲクランの生涯と、彼の魅力に見せられ、あるいはその存在の大きさ故に苦しめられた人々。単なる歴史物としては語れないほど様々な要素が投入され、小説の楽しさを満喫出来る、今年一番の大発見に間違いない。世間的に誰にも感銘も与えず、マーケットへの影響も全く0の読み週記だが、世の中の片隅から静かに佐藤賢一に拍手を送る。パチパチパチ。

 

第2週(12/10〜12/16)

 「ハリーポッターシリーズ」(静山社)の御陰で、町の書店はファンタジーブーム。そこら中の国のファンタジー小説が単行本になって並んでいる。ブームのきっかけになった本がアレだけに、後から出てくる本もさっぱり期待できない気がするけど、一方で名作J・R・トールキン『指輪物語』(評論社)が再び平積みになったのは嬉しい事実だ。なんだか海の向こうでは映画化された、という話もあるけど、そちらはいかがなものか。このところファンタジーなんてすっかりご無沙汰しているが、『指輪物語』やル・グィン『ゲド戦記』(岩波書房)、C・S・ルイス「ナルニア国物語シリーズ」の様な夢中になるようなファンタジーとまた巡り会えるといいなぁ。

 アイディアの思いつき方なんかは、星新一にずいぶん近いところもあるのでは、と思ってしまう、フィリップ・K・ディックの短編集『パーキー・パットの日々』(早川書房)は、ディックらしいかげりを帯びた世界が様々な形で展開。戦争で廃墟と化した世界で、手製の人形を使ったゲームに興じる、地下生活者達を描いた「パーキー・パットの日々」など、現代に対するアイロニーに満ちた佳作が並ぶ。ジョン・ブラナーが書いた序文に影響されてしまったのか、作品のアイディアそのものよりも、ディックが描く世界の独特な雰囲気に飲まれてディックワールドに浸れる一冊。

 ずうっと気になってはいたけど、あからさまに平積みになっていてついに手に取ったのが、浅田次郎『プリズン・ホテル 夏』(集英社文庫)。「任侠団体専用」のリゾートホテルに泊まることになった、極道小説作家を主人公に据え、様々な経緯から、間違えて(?)そのホテルに宿泊してしまう一般の人々の物語がそれぞれ展開していく、というストーリー。愛すべき「任侠団体」のお歴々や、やはり何かの縁でそこで働くことになったホテルマンやシェフなど、ビビリながらもいつの間にか巻き込まれてしまう登場人物達のストーリーが楽しく、テンポの良さも手伝って一気に読んでしまう面白さ。さすが浅田次郎。

 「ハリポタ」ブームはどこがどうして起きているのか、さっぱりわからない。そもそもどういうきっかけでアレがそんなにも流行っているのか、映画やゲームになっているのかわからないし、あまりにも急激なテンポでブームが広がりつつあるので、なんかもう、みんな自棄になって「ここまで来たら、とにかく売っとけ」的なノリでなんでもかんでも売ってるとしか思えない。とまで言うのはなにかの僻みでしょうか。とにかくつられて読んで思いの外つまらなかったショックが後を引いてるらしい。

 

第1週(12/3〜12/9)

 冬は読書に向いた季節だ。何がいいかと言えば、厚手のコートを着るので、大きな内ポケットに文庫本が一冊入ることだ。鞄から本を取り出す手間が省けるので、電車の読書にいい。プライベートで出かけるときには、鞄を持つ必要がないので、ポケットに忍ばせた文庫があるだけの手ぶらで出かけられる。これがいい。冬は読書に向いた季節である。

 「これが噂の恐竜ハードボイルド!」という腰巻きの言葉が企画物っぽい雰囲気を漂わせる『さらば、愛しき鉤爪』(ヴィレッジブックス)は、腰巻きにある通り、恐竜が主人公。実は生き延びていた恐竜たちが、人間の皮をかぶって変装し、秘密裏に人間達と共存している、という現代が舞台。主人公は相棒を事故でなくし、恐竜たちの「評議会」からも追放された探偵だ。
 そこここにちりばめられた、人間達に知られずに生きている恐竜たちの正体を隠すためのやり方や、歌子の有名人も実は恐竜だった、というエピソードなど、小技やつっこみどころ満載で、単なる企画物かと思いきや、ハードボイルドミステリとしてもしっかりしている。でも、やっぱり企画物として楽しむものかな。

 ひょなきっかけから、三浦綾子『氷点』(角川文庫)上下巻を読む。ストーリー好きの俺としては、ベースに流れる重要な裏がそうそうに読めちゃうのは興ざめだったけど、ぐいぐいと引き込まれて読んでしまう。三歳になったばかりの娘を殺された医者が、妻への嫉妬心から、その犯人の娘を引き取ることになる、という物語。「原罪」というテーマに挑んだ作品であり、陽子というキャラクターはそのために作られたような感覚がいかにも説教のための創作っぽく感じられてしまうのが難点。
 とは言え、彼女のを取り囲む家族達の肖像は見事に描かれていて、家族内の気持ちの揺れ動く様や、人物達の葛藤を絡めた物語の構成、テンポはスムーズ。テーマに共感できなくとも、文章とストーリーテリングは評価すべきと思う。

 冬の夜は静かで、寒さのせいで布団の中が天国のように感じられる。暖かな布団で本を読んでいると、これがあまりにいい感覚なので、ついいつまでも読み続けてしまいそうになるので、危険だ。ただでさえ辛い朝の寝起きが地獄の苦しみになる。
 冬は読書に向いた季節だ。