「タイム・トラベルに用いる水晶」
についての症例



有味: さて、たまには役に立つカルテの作成でもしてみましょうかね。「タイム・トラベルに用いる水晶」という症例の臨床比較実験です。
葵: 常に破滅的な結果をもたらす過去へのタイム・トラベル用のアイテム群ね。水晶以外でも症例があるわ。確か、あの薬品棚にも……
ヴァレリィ: ここで待望のヴァレリィたん登場ですよ! ハイ、葵センセ!
葵: ……あら、ありがと。えーと、「聖人アゼダラク」(C・A・スミス)に登場した「時間漂流薬」ね。

時間漂流薬
英名:Philter of Time-Traveling 外見:赤あるいは緑の液体
数値効果:タイム・トラベル(100年毎にMPと正気度が1ずつ減少)
由来:
  この恐ろしい薬を服用すると、全身が燃えるような感覚を覚え、続いて氷のような寒さ、眩暈を感じ、周りの世界が次第に薄れていって果てしない暗がりに落ちていくような感覚を覚えます。薬の効力が切れると、服用した彼もしくは彼女は自分が遠い未来もしくは過去に送られてしまったことに気づきます(この薬は過去に送るものであればその色は赤、未来に送るものであれば色は緑です)。漂流する時間は何年、何十年、何世紀であるかも知れず、それは薬を飲んだ人の意志ではなく、それを醸造した人の意志によって決まります。
 タイム・トラベルを扱ったシナリオをプレイする時、キーパーは『Worlds of Cthulhu #1』の現代と封建社会の違いに関する中世の探索者の創造の注釈を念頭に置いておくと良いでしょう。同様に、現代のフランス人と中世のフランス人は同じフランス語でも幾分違った形態の言語を話しますが、それが必ずしも互いにまったく理解できないわけではない事を忘れるべきではありません。
 時間漂流薬は《時間漂流薬の醸造》の呪文によって作られます。
登場シナリオ:『Worlds of Cthulhu #3』収録記事「Magical Items of Averoigne」より

有味: これを飲めば、オレもモリアミスに会いに行けるってわけですね……(ゴクリ)
葵: 確実にたどり着けるっていう保証はないけどね。
ヴァレリィ: ついでに駄目だったとしても元の時代に戻ってこれる保証もないしね。にはは。



有味: そんなことより水晶ですよ。
ヴァレリィ: 似たようなアイテムを比較してどうするの?
有味: 野球でも落ちる球はフォークとかシンカーとかスクリューとか色々あるだろ? そしてそれぞれの球種がちゃんとウイニング・ショットになるんだ。
ヴァレリィ: ……野球の話なんかしていないよ?
有味: たとえ話だよ! 分かれよ!!
葵: つまり似たような効果を持つアイテムでもそれぞれに個性があって、ちゃんとプロットの核になりえるということよ。
有味: さすがです、葵先生。それに比べてこのゲリラ的看護婦ときたら……。
ヴァレリィ: ぐ……。
葵: 一つ目行ってみるわね。

永劫の珠
英名:The Orb of Eons 外見:極部がわずかに平らになった乳白色の水晶球。濁った球の中心部は不規則に明滅している。
数値効果:時間逆行(逆行に飲み込まれるとウボ=サスラのもとに現出する)
由来:
 この物体はウボ=サスラと直接に結びついており、これを利用する探索者は重大な危機にみまわれます。「永劫の珠」は極部がわずかに平らになった乳白色の水晶球で、濁った球の中心部は不規則に明滅していますが、その光の源はわかりません。
 「永劫の珠」を覗きこむ者は、夢を見ているような状態になり、時を遡って過去の生命形態を逆の順序で生きることになりますが、これは夢などではありません。この「旅」から逃れるためには、探索者は自分のPOW値によって「抵抗表」で「永劫の珠」のPOW値(20)に対するロールをしなければなりません。これに失敗した者は、自分の意志とは裏腹に旅を続けなければならないのです。「抵抗表」でのロールは1ラウンドに1回試みられますが、失敗するごとにPOW値を1ポイント永久に失います。
 「永劫の珠」の力から逃れられなかった探索者は暗く霞んだ道をたどって彼方へと旅して、人類以前に地球上を徘徊した異形の存在達の歴史を逆行することになります。そして最後には、人間としての記憶を失った、意識のないアメーバ状の「落とし子」としてウボ=サスラの前に現われるのです。そうなった探索者は、まるで存在していなかったかのごとく跡形もなく消え失せます。これが、始源であり終末であるウボ=サスラを追い求めようとした者の運命なのです。
登場シナリオ:「師資捜奇伝」(『クトゥルフ・ワールドツアー』収録リプレイ)

有味: 「神話的恐怖をあなたに」というタクテクス50号に掲載された記事より転載。うわ、なつかしー。「ナイトメア・ハンター」のリプレイとか載ってるよ(タクテクス誌を見ながら)。
葵: 『クトゥルフ・ワールドツアー』の「師資捜奇伝」リプレイでも使われたアイテムなので、そちらの方で知っている方も多いかもしれないわね。
ヴァレリィ: うわっち! スゲー危険だよ! 罠ですな、罠。トラップ。
葵: 破滅専用アイテムとしては強力だし、神話に深く根付いているから根治は厄介ね。このアイテムがフルパワーで猛威を振るうシナリオは、絶対ただではすまないわね。
有味: 「師資捜奇伝」もただですんでいないですしね。問答無用のパワフルさは好みですが、若干使いにくさを感じなくもないですね。
ヴァレリィ: そんな有味くんに次のアイテムをご紹介です。

メザマレックの石(トリガーディスの水晶)
英名:Mezzamalech Stone(Tregaedis Crystal) 外見:「永劫の珠」参照
数値効果:時間逆行(逆行に飲み込まれるとウボ=サスラのもとに現出する)
由来:
 この水晶は、その上に集中の焦点を合わせる使用者の前に置かれた時に活性化します。この行為によって、不気味な内部からの輝きによって色を変える渦巻きを、濁った水晶の中に引き起こします。見た目が半透明の乳白色に変われば、石が活性化したことを意味します。機能を維持するために、使用者はPOW18に対してPOW対POWの対抗ロールをしなくてはなりません。成功すれば、過去の映像が使用者の心を満たします。最初の映像は常に、もしかすると水晶の創造者かもしれない、ハイパーボリアの魔術師ゾン・メザマレックの部屋です。部屋は不可解な装置と光を放つ記号で満たされています。彼の目を通して、使用者は部屋の様子を見ます。
 石をコントロールするためには、多大な集中力が必要です。ここで、使用者はもう一回POW対POWの対抗ロールをしなくてはなりません。成功すれば、使用者を遠い過去へと渦巻きながら運んでいきます。使用者の心によぎる映像を、キーパーは自由に詳述してください。長く集中すればするほど、より早く時間が過ぎ去って行きます。全ての出来事は、フィルムを巻き戻すかのように、逆向きに見えます。この一時的な退化は1D4/1D6の正気度チェックを引き起こします。
 この過程が、使用者が地球の内部にたどり着くまで繰り返されます。ロールに失敗すると、ウボ=サスラの守護者と遭遇します――キーパーは守護者の数を自由に決めることができますが、それは複数体であるべきです。こうした守護者の内の少なくとも一体は、ウボ=サスラの落とし子です。いずれの守護者を見た場合でも、適切な正気度ロールが必要になります。
 やがて使用者は原初の時代の地球に到達し、そこには心無き状態のウボ=サスラがいます。この外なる神はじくじくと何かを分泌する巨大な塊で、全ての宝の中でも最も貴重なもの(古の鑰(Elder Keys)――新しい宇宙を生み出す力をも含む、無数の秘密の記された銘板)の上にたゆたっています。ウボ=サスラを見ることによって1D8/5D10の正気度ポイントを失います。もし使用者が正気を保っていられたら、ウボ=サスラのPOWとの対抗ロールに打ち勝つことにより、銘板をチラリと覗くことができます。極僅かに覗き見ただけで1D20/10D10の正気度が失われますが、一度覗き見る毎に使用者の<クトゥルフ神話>が20%ずつ上昇します。
 使用者が水晶を使おうと試みる度に、時間を見失う可能性があります。96-00で致命的な失敗をすると、使用者は突然自らのいた時間から消え失せ、水晶を使用して見ていた遠い年代へと運ばれてしまいます。使用者の肉体はもう元の時間には残っていません。消え失せてしまうのです。
登場シナリオ:「始原にして終末」(『The Stars are Right!』収録シナリオ)

ヴァレリィ: 「ウボ=サスラ」で魔道師ゾン・メザマレックが使用していた物の現物です。
有味: ワシントンの国立自然史博物館所蔵の品だと思ったが?
ヴァレリィ: 借りてきました。黙って。
葵: ……。
有味: ……。
葵: 外見は永劫の珠と同じね。
有味: (流した!? 大人だ!)効果的には永劫の珠よりは複雑というか、逃げ道があるような気もしますね。結果は変わらないだろうけど。
ヴァレリィ: 奇跡的なダイス目が続けば正気のまま現世に帰還することも可能だね。
有味: 手に余るほどの<クトゥルフ神話>を持ってな。NPCが一丁上がりってなもんだ。
葵: ついでにもう一つ。これは過去の症例からの再録ね。

過去視の水晶
英名:Retrocognate Crystal 外見:ゴルフボール大の多面水晶球
数値効果:時間逆行(1,000万年遡る毎にSANを1ポイント喪失する)
由来:
 元白凰区の鵺木家が保存している魔術的物品。数種の香薬等の助けを借りることにより、時間を逆行することが可能。ただし、時間逆行中に神話的存在の注意を惹く可能性がある。
登場シナリオ:「少女の策謀と猟犬と」、2005年2月3日発表(短編小説)

有味: 鵺木さんちの倉庫に入っている小品です。
ヴァレリィ: 形や効果を似せておきながらウボ=サスラに直結しないところが弱気です。
葵: ウボ=サスラに直結させるなら、わざわざオリジナル・アイテムを作らなくても良いでしょ? その効果を狙うなら上記二つの水晶のほうが著名だし説得力もあるわ。
ヴァレリィ: ぐ……。ナルホドです。
有味: さすがです、葵先生。もう結婚してください。婚姻届、用意してきました。
葵: (無視)個人レベルで用いるならこのあたりで十分ね。「ウボ=サスラと見せかけて、ティンダロスの猟犬」というのもプレイヤーの裏をかくには効果的かも知れないわ。
有味: 冒頭の「時間漂流薬」と「過去視の水晶」が使用者を生身で過去に送り込むのに対して、「永劫の珠」と「メザマレックの石」は魂を一つの生命活動と考えて輪廻を逆行・退化していくのが大きな違いですね。
葵: 際立つ危険さは、やっぱり「永劫の珠」と「メザマレックの石」のほうね。成果に見合った対価とでも言うべきかしら。



シナリオアイデア
ヴァレリィ: ををっ! なんか本格的な記事っぽいんですけど!?

「帰還」

 最近姿を見せなくなった友人を訪ねた探索者。長い間整理された様子のない部屋は無人だが、テーブルの上に奇妙な水晶の置物を発見する。水晶の置かれた場所には汚らしい粘液が、キッチンの排水口から続いている。排水口から現れた無定形の怪物に襲われた……?
 友人が姿を見せなくなった時期と時を同じくして、周辺で奇怪な事件が起こる。下水溝に大量の動物の死骸が見つかる。ネズミ、犬、猫――下水溝の中に逃げ出したペットの大型爬虫類でもいるのだろうか? それとも……友人を襲った何かが? そしてついに、人間の犠牲者が出る。
 真相は違っていた。メザマレックの水晶を使ってウボ=サスラの「古の鑰」を盗み見た友人は、原形質のアメーバとなりながらも、現世への「帰還」を果たしていたのだ! 古の鑰から得た知識を元に自らを人間に再構成しようとして排水口から下水溝へ逃げ込み、生血を捧げつつ人間へと進化しようとしているのだ!
 解決法は「進化を阻止する」か「再構成を終えた、狂った友人との対決」のどちらを選ぶかで変わる。ただし、結果は変わらない。探索者に敗れようとも、探索者から逃げおおせようとも、ウボ=サスラに魅入られた元友人の姿は再び灰色の原形質へと戻ってしまう。なぜなら、これこそが彼が目指した「帰還」の究極形、エイボンが予言した「大いなる輪廻」の果てのウボ=サスラのもとへの帰還に他ならないのだから。

「レトロコグネタリウム」

 珍品を手に入れた友人の家に集まった探索者。友人が自慢げに見せた水晶球のような装置は、まるでプラネタリウムのように、異国の情景を映し出すのだという。暗い部屋の中で装置を作動させると、まるで歴史絵巻を逆巻きに見るかのような情景が映し出され、見る者を虜にする。
 やがて映像は灰色に塗りつぶされ、何も見えなくなる。上映の終了かと思われた時、探索者は無数の視線を感じる。それに気づくと同時に、視線は具現化した。何匹ものティンダロスの猟犬が、映像の向こうからこちらを覗き込んでいる!!
 水晶球は娯楽のための装置などではなかった。何か(もしかしたら悪意のあるモノ)が超古代に作り出した、過去の記憶を溜め込んでおく超技術の映像保存装置だったのだ! そして超古代にこの水晶球を覗き込んだティンダロスの猟犬の映像を現世にもたらし、飢餓に悶える奴らに獲物の在り処を示したのだ!
 カウントダウンは始まっている。探索者たちは全力を挙げて猟犬の迎撃準備を整えなくてはならない。しかも、最悪なことに、奴らは一体ではないのだ。

有味: 「レトロコグネタリウム」は「少女の策謀と猟犬と」の元ネタです。



葵: 今回の診療はこれにて終わり。慣れないことをやると疲れるわ。
有味: アイテムカルテはうちのサイトでも2番目に古いコンテンツですから、たまにはマンネリを打破しておかないと飽きられる(呆れられる)かもしれないですからね。実用的なデータをいくつか揃えてみました。
ヴァレリィ: ではおしまい。お大事に〜。



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