第3話
『死 -演-』
(周囲の期待には応えてきたつもり。
みんな応援してくれたし、私なりに良い成績を修めて来られたと思う。
新体操を始めた時は、ただ楽しかった。でも、上達するほどに、賞を重ねていくほどに、周囲の期待で私はがんじがらめになる。私は頑張ったよ? でも「頑張れ!」って言う声が、更に私を急き立てる。
―――モウ疲レチャッタ。
でもあと少しだけ頑張ってみよう。「応援してる」って言ってくれた帯刀くんのためにも。
だから、陵先輩、あと一回だけ私に力を貸して・・・!)
フィニッシュに向けて、月辺鈴姫はリボンを大きく投げ上げた。
赤室翔彦の部屋を調べまわって一息ついた時には、自分が喫茶店のマスターである事を忘れそうになっていた鈴原志郎だった。素人探偵は物語の中だけかと考えていたがよもや自分がその真似事をする羽目になるとは、と苦笑いを禁じえない。
「すずや」の常連客だった陵世羅の名を発端として起こったこの暗澹たる事件は、既に笑って水に流す事が出来ないほどに常軌を逸した展開を見せている。もはや誰の手にも余ることは明白だ。もちろん、志郎自身がどうこう出来るレベルにない事も理解している。
それでも尚、世羅を名乗ってこの馬鹿げた招待状とお守りを贈ってきた何者かを突き止めて一発言ってやらないと、この胸が空く事はない。
「それまでは、もう少しだけ付き合ってやるさ」
独り言を言って、志郎は調査を再開する。
礼儀正しく別れの挨拶をして、苑原柚織はその場を辞した。その背中を見送りながら、長内香織は祈らずにはいられなかった。もし生きているのであれば、陵世羅が柚織を裏切らないように、と。
香織の忠告を、柚織は受け入れはしなかった。その心情が多少なりとも分かるからこそ、尚辛い。占い好きの柚織が幸運のお守りを手放さない事は、同じく占いを趣味とする香織にはある程度予想できた。更に柚織はお守りの贈り主を、自分が慕う世羅であると信じている。ラッキーナンバーの符合や明日に控えたコーラスのコンクール。柚織のような少女が縋りたい状況が、今ふんだんに彼女の周囲に存在している。
柚織を守ってあげたい。でも、胸騒ぎが消えない。
覚悟を決められるか? 決断の時が来ている。
肺が燃えるように熱い。息を継ぐ度に、咽喉の奥に痛みを感じる。それでも出羽清虎は走る事をやめなかった。清虎という人格以前の、生物としての自己防衛本能が、足を止めさせないのだ。
闇に蠢いていた光る蔓。蔓に締め上げられて結晶化した4人の若者。砕け散った彼らの身体。笑い声。追いかけてくる嗤い声。クスクスと、クスクスと。
懸命に駆ける自分の足音しか、その笑い声をかき消す事は出来ない。だから走る。早く早く、もっと速く、より遠くへ!! 声の届かない場所、あるのかさえも分からないその場所を目指して。
「へえ、新聞記者さんなんですか。これでも私、高校の時に新聞に載ったことあるんですよ。地方面だけど」
「ほら、当たってるでしょ? 仕事辞めてプロの占い師になろうかな、私」
「アハハ、英さんって真面目な顔で冗談言うから面白ーい!」
「大抜擢なんですよ! 私なんかがこんな大きなプロジェクトに参画できるなんて! え? うん、ありがとう」
「・・・もしもし、陵です。えっと・・・ごめんなさい。何でもないんです。では」
「クスクスクス・・・」
リフレインする声。「彼女」の声。
走り去る清虎の足音を背に聞いて、それとは真逆の方向に、手招きする「彼女」の待つ方向に、英東児は足を踏み出す。
帯刀祐二の両拳は震えるほどに力強く握り締められていた。しかしその首は、これ以上なくうな垂れていた。
白凰スポーツアリーナの選手控え室から演舞場へ繋がる通用路。異変に気付いてざわめき始めたそこで立ち尽くす祐二に、演舞場でフィニッシュポーズをとるライム色のレオタードを着た水晶像に目を向ける事は出来なかった。
もうちょっと何かが出来ると思っていた。走る事をやめた自分にでも出来る事があるはずだと、祐二はそう思い込もうとしていた。例えば、大会を控えた先輩の重荷を少しだけ肩代わりしてやるくらいは出来るだろうと、そう自惚れたかったのかもしれない。
無力だった。
月辺鈴姫は死んだ。