第2回 召集





召集者:赤室翔彦
参加:長内香織、鈴原志郎、月辺鈴姫、日下部矢尋、久遠奨、英東児、巳堂英一、帯刀祐二、出羽清虎、陵杏里
不参加:苑原柚織



 集合場所は昨夜と同じ廃ビルの3階フロアだった。その中に昨日は無かった顔を見つけて、一同の注目が集まる。
 黒のワイシャツ、銀色のネクタイ、モスグリーンのスーツ。そのどれもが名高いブランドの品であることは、ファッションに興味のない者にも容易に見て取れた。それらを違和感なく着こなしたその男は、皆の注目を浴びても全く怯む様子を見せず、逆にあなたたち一人一人を観察するように見返してきた。
 優男風の細面には、これもきっとブランド品だろう、センスの良い眼鏡が光っている。眼鏡越しにあなたたちを見遣るその目は、確かな観察力を感じさせる鋭いものだった。
 右手の人差し指と中指で眼鏡位置を直すと、男は慇懃に挨拶をした。
日下部矢尋(くさかべ・やひろ)です。よろしく」
 白凰市に本社を置く大企業と同じ響きの姓を、男は名乗った。
 株式会社クサカベ・都市開発事業部の店舗誘致責任者である矢尋は、陵世羅や巳堂英一が参加していたB13区画開発チームのチームリーダーであった。事故当日、彼も調査メンバーの一人として現地入りし、崩落に巻き込まれている。つまり、崩落現場から無事救出された二人の内の一人(もう一人は当然英一だ)ということになる。
「世羅―――陵さんは大学時代の学友でもあります。今回このような手紙が来て驚きましたが、事故の事後処理に追われていたのと、どうせ悪戯だろうと思っていたので、最初の呼び出しには応じませんでした。それがこのような事になっているとは・・・」
 矢尋は内ポケットから紙片を取り出し、それをあなたたちに示して見せた。見慣れたそれはあなたたちに届いたものと同じ「招待状」だったが、同時に欠けていた部分を補うパズルのピースでもあった。
 矢尋への手紙には「No.5」の文字。途切れていたナンバーが、今一つに繋がった。

日下部 矢尋(くさかべ・やひろ)
 30才・男
 株式会社クサカベ勤務(B13区画開発チームリーダー、世羅の学友)




 剥き出しのコンクリート壁に囲まれた、第1白凰ビルの3階フロア。
 陵世羅によって結びついた人々が集まってくる。
 召集。今回は赤室翔彦によって呼びかけられていた。

 指定された時間を前にして、召集されたメンバーはあらかた集まっていた。「遅くなりました」と言って最後に姿を現した陵杏里でさえ、指定時間の10分前には3階フロアに入った事になる。あと一人来れば、今日の情報交換が開始される。あと一人・・・今回の召集者である赤室翔彦さえ登場すれば。

「おかしいな。彼は時間に正確な人物なのだが・・・」
 ロレックスの腕時計に目を落としながら呟いたのは、翔彦と仕事上の付き合いもある日下部矢尋だった。指定の時間を20分過ぎても、翔彦は3階フロアに姿を現していない。数名が自らの携帯を取り出して受信したメールを確認している。受信箱に保存されたメールは、今この時、この場所に集合していることが間違いでないことを裏付けてくれた。しかし、翔彦がこの場所にいない事実を覆す訳ではなかった。
「呼び出してはいるが・・・出ないな」
 翔彦の携帯電話をコールしていた矢尋が首を振って携帯を折りたたむ。
 本日召集した事を翔彦自身が忘れた、という可能性もある。しかし、率先して世羅捜索の計画を提案した翔彦が、自ら召集した事を忘れたりするだろうか?
「とりあえず始めよう。赤室さんもじきにやって来るだろうから」
 矢尋が取り仕切る形で、情報交換が始められる事になり、「じゃあ・・・」と矢尋が最初の発言者を指名しようとした時・・・

 カンカンカンカンカンカン・・・!!

 静寂を切り裂くように、甲高い足音がフロアにこだました。猛スピードで階段を駆け上がってくる足音。誰もが足音の主を予想し、フロアの入り口へと目を向けた。

 果たして、フロアに姿を見せたのは、誰あろう、赤室翔彦その人だった。しかし、そこに現れた赤室翔彦は「いつもの」赤室翔彦ではなかった。
 半ば解けかけたネクタイと違う長さに捲り上げられたワイシャツの袖は、常時の翔彦の精悍さを払拭するほどに彼に似合わず、そして今の彼の心情を雄弁に物語る小道具となっていた。茶色のスラックスは皺だらけで、上着はどこかに置き忘れでもしたのだろうか、手に持ってさえいなかった。日焼けした顔に埋もれるようにして落ち窪み血走った双眸は、ギラギラと狂気の光を放って見開かれている。彼の頬を伝う大量の汗は階段を駆け上がった際に噴き出したものなのだろうが、それだけではない、なぜかドロリとした粘性を見る者に感じさせた。

 尋常で無い翔彦の様子に誰もが声を失ったが、それも一瞬で、理由を問いただすべく10名の唇が一斉に動きかけた。「遅かったじゃないですか」とか「何があったんですか?」とかの声が一瞬後には上がったことだろう。しかし、それらを圧して、翔彦の声が3階フロアに響き渡った。
 それは絶叫であるとともに、彼の最期の言葉だった。

「全て罠だったんだ!! 水晶を誤って使うと―――」

 まるで何かに縋るかのように右腕を前に出して、翔彦は数歩フロアへと歩み入った。その後の光景を、あなたは一生忘れる事ができないであろう。
 まるで良く出来たコンピュータ・グラフィックスを見ているかのような自然さで、翔彦の身体は“透き通っていった”。赤室翔彦という人間の肉体が、氷の彫像、もしくはガラス細工のような物体へと変換されていく。
 フロアへと踏み出していた慣性で、翔彦の透き通った身体が前のめりに倒れこみ、3階フロアのコンクリートの床に激突した。透き通った―――“結晶化”したソレは、大きなガラスが割れるような甲高い音を立てて、粉々に砕け散った。

※第2回召集は混乱の中、解散となります(質問は出来ません)。