ルテル・クヮグリンの亡者の船




亡者の船の最期

  パン・タンを脱出し、亡者の船の自室で休んでいた傭兵たちは甲板に気配を感じて目を覚ます。誰ともなく甲板に上がっていくと、そこには60体近くの船のゾンビ・クルーが勢ぞろいしており、やって来た傭兵のために人波を割って甲板の中央へ続く道を作った。そこにいたのは、他の仲間の傭兵たちと、ルテル・クヮグリン船長その人だった。

 傭兵たちが揃うと、ルテル船長は先日取り戻した魂の宝珠「コルオス・サルナーの生命球」を取り出して、それを皆に見せるように頭上にかかげる。

「長きに渡り失われし我が魂、ここに戻れり。さあ、今、皆の前で、魂を取り戻そうぞ!」

 ルテル船長は勢い良く生命球を甲板に叩きつける。甲高い破砕音を立てて、生命球は微塵に砕け散り、朝もやの中にキラキラと四散した。

「おお、魂よ! 我が魂よ! 良くぞ戻った!!」

 目に見える劇的な変化は起こらなかったが、ルテル船長の歓喜の叫びにより、目的が成し遂げられた事は明らかになった。一世紀以上に渡って盗まれてきた魂は、ここにルテル船長に戻る。

 すると、常に骸のようにほとんど音を立てていなかった亡者の船のあちこちで、木の軋む音、砕ける音が聞こえ始める。ルテル船長に魂が戻ると同時に、船長にかけられた「死ねない」呪いも解かれたのだ。止められた時間を全力で取り戻すように、亡者の船は大崩壊を始めた。

「さあ、友よ。急いで船を降りられよ。下にヨンリンを待たせてある」

 舷から海を見下ろすと、縄梯子の先の海面にはリズアンシプトラから借りていたデーモン・ボート、
ヨンリンが既に準備を整えて待っている。

「世話になったな、恩人たちよ。達者で。さらばだ」

 傭兵たち1人1人の名を呼び、礼の言葉を述べると、ルテル船長は舷側からボートへ降りていく傭兵たちを見送る。
 傭兵の最後の1人がボートに乗り終わると、ルテル船長とその麾下のゾンビ・クルーたちは船べりからじっとボートを見下ろしていた。手こそ振りはしないが、それが彼らの最大の感謝を表している事が、皆に分かった。
 ボートが亡者の船から離れると、船は急速に崩壊し、帆柱が折れ、竜骨が真っ二つに割れ、何一つ残骸を残す事なく、海底へと沈んでいった。

 そこに、まるで始めから何もなかったかのように、海は静かで穏やかになった。



 デーモン・ボートによって、傭兵たちはシャザールの辺境の海岸に上陸した。

「ここで亡者の船の傭兵団は解散だな」

 切り出したのは法の戦士、
アナスタシアだった。ルテル船長の魂を取り戻す事を共通の目的に行動してきた歪な傭兵団は、ここで再び自らの探求へと戻るのだ。

シャゼ 「私はエシュミールのハイオンハーン神殿に聖斧を納めに帰るつもりだ。ピオカーナの形見も、故郷に持ち帰ってやりたいからな」

ハンスヘルト
「俺もカドサンドリアに戻って商売を続けるつもりだ。リズアンシプトラと古フロルマーのアヴァン公のコネがあれば、大儲け間違いない!」

ユーグノー
「オレ、マダマダ槍ノ腕前、未熟。冒険、続ケル」

スタイン
「じゃあ、俺もユーグノーに付き合うか。ピカレイドに帰る気にはならんからな。とりあえず‘霧の沼地’にでも行ってみようぜ」

アナスタシア
「南にロルミールという法の国があると聞く。私はそこへ行って、態勢を整えてから再度パン・タンに攻め入るつもりだ」

ターメリック
「俺は紫の街の島に戻る。ガーリックにも、事の顛末を聞かせてやらねばならん」

白鹿のポンパドゥール
「では、私も紫の街の島へ行ってみようかしら。あそこになら商売のチャンスはいくらでもありそうだもの」

グリン
「俺はユーコニアスのお姉さんをマイルーンに届けてやるつもりです」

ヴァリル・ファイシャーン
「私は我が神の導きに従って不浄の要塞へ行くだけの事」

ティスマン
「ならば奥方、俺が要塞まで送って行こう。そのために、ブルー・レディからこの青い剣を借りているわけだからな」

 道は各人の向かう方向へと続く、これからも、ずっと。
 ある者は東へ、ある者は南へ、ある者は西へ。
 10人の傭兵たちは互いにクルリと背を向け合うと、新しい冒険への第一歩を踏み出していった。

「さらば」

 『ルテル・クヮグリンの亡者の船』 完



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