ルテル・クヮグリンの亡者の船

シャノン・アペル 作


時は<光の帝国>サドリック86世の治世
“メルニボネの白き狼”のサーガは、今より20年ほど後に語られ始める―――


ルテル・クヮグリンの亡者の船

 ……嵐の中、漆黒の海原に放り出される。どうにか木切れに掴まり水面を漂うも、このままではピアレーの混沌艦隊の隊員として列するのも時間の問題だろう。船員たちは船を立て直す事を早諦め、沈み行く船の起こす渦に巻き込まれまいと、死に物狂いに水を掻いている。ここまで乗せてきてやった恩知らずの海の男たちを道連れにしようとでもいうのか、海岸に打ち上げられた巨鯨のように斜めに傾いだ船は、多くの船乗りを引きずって海中へと没しつつある。

 その時だった。海面を打つ雨滴で靄り、逆巻く波に大きくうねるこの海域に、まるで凪の中を滑るかのように音もなく、漆黒の幽霊船が姿を現したのは。生き残った船乗りたちの顔に、溺死を待つ恐怖以外の、新たな恐怖が滲み上がる。それは超自然への恐怖。新王国中の船乗りが声を潜めて話す「亡者の船」に対する、押さえようもなく滲出する古伝の怖れであった。


 船乗りたちは亡者の船については小声で語るのみです。朽ちた帆布を見るだけでも凶兆であるとされ、まるで自らが呪われでもするかのように、びくびくしながら小声で話します。暗い海底から離れた明るい宿屋の炉辺でのみ、船乗りは亡者の船に関する話の全容を教えてくれます。
 亡者の船が100年以上海をさ迷っているのは間違いありません。崩壊した旧式船の船体はゆっくりと朽ちており、黒い帆はそれと分からないほどボロボロになっています。かつてパン・タン人であったルテル・クヮグリン船長に率いられたクルーは全員アンデッドです。船は何かを求めて、常に海を探し回っています。時に、クルーは他の船を攻撃し、邪魔するものを皆殺しにするそうです。しかし、常に、彼らは何も取らずに引き上げていきます。
 全ての話し手が、最後に口を揃えてこう言います。もし地平線に船の黒い帆が現れたなら、できるだけ早く逃げろ、と。




【船に関する情報】
 亡者の船は古代パン・タンのガレー船です。しかしそれは何百年と時代遅れの旧式なデザインなので、かろうじてそれと分かります。
 船の全長は250フィート、幅は40フィートほどです。ボロボロの灰色の帆に覆われた壊れそうな帆柱が二本、甲板の上に立っています。もし亡者の船に生きている人間を配置するなら、船を動かすために500人近くの奴隷と、100人の戦士が配置されるでしょう。しかし、現在船はほぼ無人です。オールは自らの力で迅速に動き、船の住人は60人を超える程度です。

 ……投げ落とされたロープを伝って上がった雨打つ暗い甲板には、上等な服を着た船長らしき男が一人立っていた。身振りで雨を避けられる船長室への入室を促し、己は一足先に扉の向こうへと姿を消す。雨に打たれながら後続の乗船者を待ったが、一向に上がって来る気配はない。船乗りたちは「亡者の船」の伝説を怖れ、朽ちたロープを掴むよりは、自らの運と泳ぎの技術に生き残りを賭ける事にしたようだ。

 後を追って船長室に入ると、船長は長大なテーブルの向こう側、最も暗く奥まった椅子に腰掛けたところだった。入り口から近い席には、雨と海水を滴らせる新参者を歓迎すべく、年代物のワインと人数分のグラスが用意されている。歓迎の酒杯はまるで海底から引き上げられたかのような様子で、瓶のラベルは半ばふやけて破れ、杯は無骨な陶器のマグから見事に絵付けされたメルニボネ製のワイン・グラスまで、一つとして同じ物はなかった。

「掛けて、存分にやってほしい。中は海水に侵されてはいないはずだ」

 ワインを勧める船長の姿が、去り行く嵐の置き土産の轟雷の閃光に浮かび上がる……。

【ルテル・クヮグリン船長】
 一世紀以上前、ルテル・クヮグリン船長はパン・タンの大商人でした。貪欲さと恐ろしさを秤にかけて、自分の大きな夢をかなえるために既知の海を航海していました。
 ついには、身の程知らずにも、ルテルは“刈り入れ者”チャードロスの高司祭<無情なる>ストノスと権力を争い始めました。ストノスは権力に対する信徒の貪欲な願望を快く思わず、ルテルの魂を盗み取り、彼の物質的な体には時の終わりまで世界中の海をさ迷わせるという永遠の罰を与えました。
 ルテルのクルーは彼から逃げ去り、しばらくの間彼は一人きりになりました。しかし時間が経つに連れて彼の存命中の友人知人たちが甦って、ゆっくりと集まってきました。ルテルの愛する60人の人々が彼の終わりなき宿命に加わるまで、ストノスの復讐は終わっていなかったのです。
 宿命に従って、それ以来ルテルは終わりなき航海をしています。何十年間も彼はストノスが彼から盗み出した魂を捜し求めていますが、それは絶望的なものと思われます。

外見:ルテルは生前は魅力的な男性だったかもしれませんが、今は不死のグールです。彼の皮膚は体から細長い肉片として垂れ下がっており、時折骨や腐敗した器官が肉の下に見えるかもしれません。ルテルはそれを最上級の絹の衣の下に隠そうとしていますが、それは彼の恐ろしい外見を引き立たせるのに役立っているだけです。

振る舞い:ルテルが長い年月を通して正気を保っていられるのもストノスの呪いの一部です。しかし、永遠の呪いを終わらせる希望がないため、彼は打ちひしがれています。この絶望感にもかかわらず、彼は未だに遠い昔になくした魂を探していますが、その行動は単なる機械的なものであり、背後にある真実を考えていない反射的な行動にすぎません。
 ルテルの好奇心を少しでも呼び起こし、見返りに手助けを申し出れば、彼と取引する事ができます。彼が主に求めるのは以下の二つの事です:彼の魂を探し出す手助け(普通はルテルが行くことのできない場所での)、チャードロスの司祭を傷つける手助け。


【クルー】
 ルテルのクルーは彼が生前友人、協力者、恋人と考えていた人々によって構成されています。不死の呪いは彼らにとって耐え難いものであったようで、何十年もすぎるとほとんどが魂のない機械人形になってしまいました。ここ五年間話をするものは一人もおらず、それはルテルの孤独感をいっそう煽りました。

注意:もしルテルか彼のクルーが殺されたなら、彼らは1D8週の内に再び海から上がってきます。

 持ち帰った伝説的巨大紅玉は、しかし、ルテル船長の魂の隠し場所ではなかった。

 「亡者の船」の不死の船長に命の借りのできた冒険者たちは、船長の魂を探すため、彼の傭兵となる。この広い<新王国>の中から形も分からぬ器を探し出す、果て無き探検行だ。存命中にそれが果たされることは難しいかもしれない。だが魂を失い、身体は朽ちようとも、首をうな垂れない精神を持つルテル船長が次のように言う限り、目的の完遂を誓うだけの価値はある。

「海に落とした針の一本を探し求めるような話かも知れぬ。しかし<新王国>にある宝が限りあるのに対し、我に課された呪いの時は無窮……。そのどちらに分があるかは、貴殿らにもお分かりになろう。

 我は諦めぬ、いつか、海に消え行く泡となれるその日まで」

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