第二話「山震」前編
走り去る従姉妹を呆然と見送りながら、香住薫は厨子神社の境内に立ち尽くした。金色の髪の従姉妹―――香住夕貴が次々と残していく謎、謎、謎。
繰り返される、厨子村を出て行け、という警告。
理由を尋ねても答えようとしない、その謎めいた態度。
そして今度は、村はずれの墓地を調べてみろという、不可解な言葉。
一体、夕貴は僕に何をさせたいのか? 夕貴は何を知っていて、そして僕は何を知らないのか? それは、沙奈枝に関連することなのか・・・?
溜め息を残して薫は境内を後にする。今はまだ、立ち止まっている暇はなさそうだった。
香住邸から歩み去りながら、天野信一は今会ったばかりの二人―――今回の厨子夜婚の儀で結婚する二人―――のことを考えていた。
なるほど、新郎の祁堂礼一は噂どおりの人物だった。一言で言えば好青年だ。事前に聞いていた通り、彼は結婚後に厨子神社の宮司となって村に骨を埋めるらしい。あの若さでその覚悟が出来ているとは大したものだ。しかし、それは達観・・・というよりは諦めに似た雰囲気を感じさせるものだった。
新婦の沙奈枝は・・・掛け値なしに美しい。純粋培養によって醸造された美しさ、可憐さ。それゆえに危うさと脆さを感じさせる。実際、沙奈枝の危うさと脆さは礼一にも少なからず影響を与えているだろう。礼一の年に似合わぬ雰囲気は、沙奈枝を原因としていそうだ。
それでも尚、礼一が覚悟を決めているのだから、その気持ちが少しでも沙奈枝に伝わって欲しい。そう祈らずにはいられなかった。
「フゥ・・・」
香住邸の前で礼一、信一と別れた楢須藤竜一は、天を仰いで息を吐いた。
さすがに、この現実は重い。二人は・・・少なくとも新郎・礼一はこの結婚に納得している。香住家がご破算を言い出さない限り、厨子夜婚の儀は予定通り行われるのだろう。二人は夫婦となり、そして死ぬまで添い遂げる。きっと、何の波風も立たないまま、ただ淡々と。
美しい図柄のジグソーパズル。しかし、それにはいくつかのピースが欠けており、それゆえ決して完成することはない。おそらく、一生かけても欠けた部分は埋まらない・・・。
「自分をヒューマニストだとは思わないが・・・」
竜一はもう一度天を仰いだ。これは果たして残酷なことなのか? それとも究極の幸福とでも言うのか? 答えのない自問自答に、竜一は疲れたように頭を振る。
・・・この村に帰ってくるべきではなかったのかもしれない。だが竜一にこの村の血が流れているのは、絶望的なほど、紛れのない事実だった。
「そっか。ヒロ君、今は京都なんだ」
「うん。この家のように一戸建てだと良いんだけど、残念ながらマンション暮らしだよ。君は今どこに?」
「私は新潟。家は・・・あはは、残念ながら社宅。この家みたいな立派なマイホームが建てられるように、旦那には頑張ってもらわなくちゃ」
「うん、僕自身驚きだよ。実家(いえ)は取り壊されたか、建っていても荒れ放題だと思っていたからね」
「誰かが手入れをしてくれているような感じね。やっぱり親戚の方かしら?」
「・・・どうかな」
「ヒロ君はこれからどうするの?」
「墓参りに行くつもり。次はいつ来れるか分からないしね」
「そっか。結婚式には出るんでしょ?」
「もちろん。そのつもりで帰ってきたわけだからね」
「うん。じゃあ、またその時にでも。バイバイ」
「なるほどね。こりゃ興味深いわ」
芦鷹家を辞した玉木司は例によって情報をまとめたメモ帳を見返しながら独白した。
芦鷹真輔から聞かされた厨子夜婚の儀と荒神・厨子耶にまつわる話。これだけでも厨子村に来た甲斐があったというものだ。むしろ、宗教史学を専攻したことが報われたとさえ言える。
ただ、釈然としない何かが、いまだ残っていることも確かだ。ボタンの掛け違いに気付いていないかのような、そんな不安が拭い去れない。
昨日の夕方に気付いた神社の鈴の謎についても、一部解明できた。もともと付いていないとの事で、しかも厨子夜婚の儀に際しては何らかの品が取り付けられるのだと言う。御神体の厨子とともに、興味は尽きない。
「厨子耶様の合図ってのは、いつ来るのかね」
メモ帳をしまいながら、司はいまだ現れない厨子耶様を探すかのように、遠くの山々を見渡した。
それぞれの思惑があって自然と別行動を取った津島幸乃と朝倉圭であったが、半分ではあるものの、結局は同じ謎についての解答を追い求めていた。
“見当たらない子供たちの謎”
幸乃は村で出会った女性に、圭は逗留先の親戚に、その疑問をぶつけてみた。曰く、村の児童は「臨海学校」に行っているとの事。いかにももっともな回答ではあるものの、完全な答えとはなっていないのも事実だ。では児童以下の、例えば幼児の姿まで見当たらないのはなぜか? それに対する答えは未だ出ていない。
厨子夜婚の儀に漠然とした不安を覚え始めた幸乃。
人里離れた厨子村で鮮明に映るTVに対して疑問を持ち始めた圭。
一つ目の謎が半分解明されるのと引き換えに、二人は新たな謎を見つけ出すこととなった。
それぞれの思惑。解明されたいくつかの謎と、増え続けるいくつもの謎。
そして―――