エピローグ
『魔王 〜Azathoth〜』
「・・・では、次のニュースです。
先日、○○県と××県の県境にある鬼別郡・厨子村で起こった大規模な山崩れによる死者・行方不明者の捜索は依然難航しています。
山崩れの原因は周囲の山岳の地下に溜まったガスの噴出によるものとの見方が強く、安全が確認出来次第、現地での専門家による詳細な調査が行われる予定です。
本災害で行方不明になった方は・・・天野信一さん・・・香住夕貴さん・・・津島幸乃さん・・・楢須藤竜一さん・・・」
「もう一週間以上も経ったんだ。さすがに絶望的だろ、これは」
白凰市にある國史院大学付属病院の一室でテレビを見ていた医師がそう言うと、同僚の医師たちの間に無言の肯定が流れた。付属病院は山崩れによる被災者の治療を一手に引き受けるはずだったが、一週間経っても、運び込まれた患者は数えるほどしかいなかった。
「大体、ガスの噴出でどうやったらあんな患者が出来るんだっつーの」
「しっ。その件に関しては詮索無用だってさ。上からのお達しで」
疑問を口にした医師を、同僚の医師が黙らせる。病院に運び込まれた一人の女性患者を思い浮かべて、その場にいた医師たちは一様に気の毒そうな、それ以上に気味悪そうな顔つきをした。
女性は両目の眼球をなくして、気が狂った状態で発見された。身元を判別する材料となる物は一切所持しておらず、身元不明のまま、病院の奥まった一室に隔離されている。うわ言のように繰り返される言葉は首尾一貫して意味不明であり、女性の身元確認の手掛かりとはならなかった。
「・・・ず、しゃぁ、こぉん・・・えへ」
うわ言を繰り返すこの女性が朝倉圭と判明するのは、一ヶ月先の事である。
―――ユニバーサルスタジオ・ジャパンにて。
「どうしてパパは今日来れなかったの?」
「パパ、仕事が忙しいんだって。だからしばらく帰って来れないんだって」
「しばらくってどれくらい?」
「・・・ちょっと長くなっちゃうかもね。でもママがいるから淋しくないよね?」
「・・・うん。淋しくないよ」
「良い子ね。パパもきっと喜ぶわ」
「良い子にしてたら、パパお土産買ってきてくれるかな!?」
「・・・うん。そうだと良いね」
「じゃあ、うんと良い子にしてる!! パパ早く帰ってこないかなぁ」
娘に気づかれないよう、母親は込み上げる涙をそっと拭った。
療養所の隔離室で一生を終える神崎浩輝が、この母子の元へ戻ることは、決してない。
結局、何も変えられなかった・・・。
厨子村で共に行動した人たちの行方は依然分からないと聞いている。もちろん、暗闇の中ではぐれてしまった夕貴の行方も。僕だけが、ただ一人こうして助かって、病院のベッドの上で生き永らえている。
救いたかった人たちを誰一人として救えず、それどころか無関係の人たちを巻き込んでしまった。香住の血・・・それだけが悪いと言うわけにはいかない。僕がもっとしっかりしていれば、何かが変えられたのだろうか? 沙奈枝の運命も・・・変えられたのだろうか?
結局、何も変わらなかった。・・・いや、一つだけ変わったものがある。
それは―――僕自身だ。
「まだ玉木から連絡はないんだって?」
國史院大学の日本文化史研究室。先頃から音信不通となった同僚の話題が、目下研究員たちの間の最大の関心事であった。
半月ほど前から姿を見せなくなった同僚・玉木司。親しい友人には「帰郷する」と言い残していたそうだが、帰郷先を知る者はおらず、携帯電話も繋がらなくなっている。住んでいたアパートを引き払った様子もなく、連絡先である実家に電話をかけても不通である事から、何らかの事件に巻き込まれたのではないかと、半ば興味本位で語られていた。
「ちィッス」
研究員Aが研究室に入って来る。Aの手には一封の封書が携えられている。
「研究室のポストに入ってたぜ。差出人は・・・書いてないけど」
差出人不明の封書。宛先は確かに日本文化史研究室だ。手紙にしては少々重量のあるそれをAから受け取って、研究員Bが開封する。
中には手帳が入っていた。黒いビニール表紙の安物の手帳で、使い込まれた風が窺える。パラパラと頁を捲ってみると、細かい文字がびっしりと記入されている事が分かった。
「・・・これ、玉木君の字じゃない?」
女性研究員C嬢の指摘で、手帳を覗き込んでいたAもBも「あっ」と声をあげる。筆圧の高い太字は、確かに玉木司の筆跡に酷似していた。
「おいおい、ダイイング・メッセージじゃないだろうな?」
Aのおどけた言葉には、しかし、BもC嬢も笑わなかった。冗談にしては手が込みすぎているし、あまり性質(たち)が良いものとは言えない。そもそも、玉木司のキャラクターではない。
「・・・最後の頁はどうなってる?」
Aの指摘で手帳が捲られる。頁が開かれた時、そのあまりにもリアルで強烈なメッセージに、AとBは息を呑み、C嬢は小声で悲鳴をあげた。最後の頁は普段以上の筆圧でペン先が押し付けられたのか、穴があき、引き攣れ、破けていた。それでも辛うじて判別できる文字を拾い集めると―――
「め・・・が・・・? めが? 目が、かしら?」
C嬢が解読できたのはその二文字だけだった。後はただ混乱を示すように地蟲のようなインク痕がのたくっているだけだった。
「おい、最初から読んでみろよ! 何かオカシイって!!」
恐慌をきたしたAの声に急かされるように、Bが手帳の最初の頁を開く。その頁には―――
『厨子夜婚の儀に関する考察と実践に際しての白と紫が構成する魔法陣の作りだす力場に対するアプローチ及び厨子耶恨に対しての敵対姿勢の表れを研究するに当たっての注意点を書き記した魔道書ゐをどノ書を分冊した意図を推測しながらの―――』
長々しいタイトルが3頁に渡って記されており(この時点で、AもBもC嬢も背筋に冷たい何かを感じる)、4頁目から日記形式で土着の祭りに関する考察が記されていく構成になっているようだった。
「・・・なんなんだよ、コレ」
―――ここから始まる。
ショー・ウィンドウに置かれたテレビの画面には、山崩れによる行方不明者名のテロップが流れ続けている。しかし、センセーショナルだった災害ニュースも、時が経つにつれて、人々の関心を失いつつあった。
ふわり、と。ショー・ウィンドウの前に少女が現れる。午後の授業が始まろうかという時間に、白いセーラー服姿のまま、街中でテレビを眺める少女。雑踏の中、行き交う通行人で少女に気を留める者は誰一人としていない。
「―――以上、厨子村の山崩れに関する続報でした。
・・・次のニュースです」
画面が切り替わると、少女は踵を返してショー・ウィンドウの前を離れる。唇にニタリと愉悦の笑みを浮かべて。
芦鷹巧美―――ニャルラトテップは軽やかな足取りで雑踏に紛れて、その姿を消した。
【スタッフロール】
キャスト
玉木 司 :へむれん
香住 薫 :若旦那
津島 幸乃 :でじこの父
朝倉 圭 :でじこの母
神崎 浩輝 :K2
楢須藤 竜一:哀・狂兄貴
天野 信一 :L.B.
協力
厨子村の皆さん
主題歌
『Hot az Hat』イエッタ・ホプナール
製作総指揮
有味 風
『暗く静かなるもの』 END
