国語、英語の教科書にも取り上げられ、今静かなブームを呼んでいる童謡詩人・金子みすゞの26年間の劇的生涯を みすゞの詩を歌や群読等で織り混ぜながら綴った作品。 「心のささくれ立つ事の多い今日、みすゞの舞台はそのささくれをいやしてくれるだろう」 (1997年7月4日付産経新聞-小田島雄志氏) 「いわゆるミュージカルとは違いますが、優れた音楽劇です」 (高崎演劇鑑賞会-新井氏) 童謡詩人金子みすゞは、明治36年、山口県仙崎(長門市)に生まれ、昭和5年、満26才でみずから命を絶った。 みすゞはなぜ死を選んだのか?どんな生活がみすゞの詩の背後にあったのか? ドラマは、みすゞの足跡をたずねるドキュメントの形で展開する。 そして、彼女を知る人々の証言から、浮かび上がってくる彼女の在りし日の姿。 ある部分はドキュメント、ある部分はドラマ、ある部分は朗読、そして歌・・・・・それらの総合としてのシアターピース。 これは、報告であり、ドラマであり、コンサートであり、何よりも金子みすゞに捧げる鎮魂譜である。 金子みすゞ年譜 公演時間:1時間50分 構成人数:14名 最適会場:劇場・ホール 詳細はこちら▼
みすゞに棒げる舞台 ふじたあさや 金子みすゞは、わずか26年しか生きませんでした。 しかし、みすゞの詩は、70年あまりを経て、なおも光り輝いています。 みすゞは明治36年、山口県の仙崎で生まれました。 3才の時父を失い、一六才で母の再婚という事態を迎えます。 20才で下関の母のもとに移りますが、23才で結婚した相手は、みすゞの詩作をまったく理解できない人でした。 みすゞは創作も文通も禁じられ、発病もして、失意のうちに離婚し、やがて自ら死を選ぶのです。 こうした悲運を反映してのことでしょう。 みすゞの童謡には悲しみをたたえたものが多いのです。 作家によっては、作家の生涯とその作品とを結びつけて考えない方がいい人もいますが 金子みすゞだけは、結びつけることによって、作品の理解がより深まると思います。 たとえば、 上の雪/さむかろな。/つめたい月がさしていて。 下の雪/重かろな。/何百人ものせていて。 中の雪/さみしかろな。/空も地面もみえないで。(積もった雪) のさびしさとやさしさ。 また、 雪がふる、/雪がふる。 落ちては消えて/どろどろな、/ぬかるみになりに/雪がふる。(淡雪) の、童謡とは思えないリアリズム。 これらは悲運に耐えて 自らの生を見つめているみすゞの姿を重ねあわせることで、生きてきます。 このような詩を書いたことで、みすゞの生が完結するという言い方をしてもいいでしょう。 私は、この舞台で、みすゞの詩とみすゞ自身の軌跡を結びつける糸をたぐる事にしました。 ある部分は詩を歌や朗読で、ある部分はドラマで、ある部分は証言の再現で、その糸をたぐり続けたつもりです。 そのことによってみすゞを、いわば丸ごと受けとめたい、 「あなたから受けた感動は、こういうものだったのです」とみすゞに捧げたいのです。 初演は仙崎みすゞの出生地から 山口県長門市で「みすゞ凛々」初演の幕を揚げたのは'97年5月 「仙崎みすゞまつり」に併せての公演である。 金子みすゞの短い生涯を舞台化しようと企画をたててから、10年が経過していた。 積年の思い入れから、稽古を重ねた最後の1週間を みすゞの出生地、長門市での合宿にあてる。 長門市、長門教育委員会の全面的な支援をうけ 中央公民館に舞台装置を順次組み込んでの立ち稽古だった。 立ち入り自由の、開放された稽古場には いつも市民が訪れて、稽古の成り行きを珍しげに見詰めていた。 稽古のあい間には見物の市民との交流会も何度かもたれ 差し入れの手料理を御馳走になりながらの交歓もあった。 「みすゞ顕彰会」の皆さんの案内で、仙崎の<みすゞ通り>を探索した。 みすゞさんの温もりが今に残る道筋を歩き みすゞさんの生きた時を、舞台に重ね合わせてみた。 大勢の人々に支えられた「みすゞ凛々」の公演は <期待どおりの舞台に昇華していた>と観客の暖かい評価をいただき 応援団の後押しをえて、捕鯨の港を出港した。 みすゞ墓前祭に参加して―(山口県・長門市) 高階 辰雄 例年なら、金子みすゞ命日の3月10日(前後)の日曜日に行われる「みすゞ墓前祭」が、今年は2月27日に行われました。 墓前祭に先立ち、前日の26日には、長門湯本温泉・大谷山荘にて 「第2回みすゞコスモス交流会」が催され、全国から100人を越える人達が集いました。 矢崎節夫氏の挨拶で始まった会は、関係者の紹介、各地のみすゞ会からの活動・現状報告と続き 最後にみすゞ生誕100年となる2003年に向けての大々的な記念行事計画案の報告がなされて、 和やかな雰囲気のうちに幕を閉じました。 翌27日、仙崎のみすゞ墓地へ。 空はどんよりと曇り、日本海から吹きすさぶ冷たい風が読経の流れる遍照寺の境内の引戸を叩きます。 ところが、みすゞの墓前へと場所を移し、地元の子ども合唱団の可愛らしい歌が始まる頃には、空に太陽が・・・。 隣の矢崎氏が私の肩を突っついたその指で空を指し 「不思議と、この時ばかりは毎年、お日様が顔を出す。 これを『みすゞ晴れ』と言ってるんだよ」とささやきました。 ふうちゃん―こと、みすゞが愛してやまなかった一粒種の上山ふさえさんの笑顔が 青空に一際映えて見えたのが印象的でした。
■脚本演出 ふじた あさや ■音楽 吉岡 しげ美 ■美術 栗谷川 洋 ■照明 坂本 義美(龍前正夫舞台照明研究所) ■照明オペレーター 瀬戸 光信(龍前正夫舞台照明研究所) ■音響 鈴木 茂 ■音響オペレーター 深谷 究 ■衣装 中矢 恵子 ■演出助手 栗谷川 洋 ■舞台監督 加藤 正信 ■舞監助手 吉田 洋志 ■制作 佐藤 英二 ■制作事務 網谷 さやか ■企画 佐藤 嘉一 ■協力 JULA出版局 ■後援 長門市 長門市教育委員会 金子みすゞ顕彰会 子ども劇場山口県センター ■題字 阿部一猛(響書の会)
■時間に付いて 搬入・仕込み 5時間 上演時間 1時間50分(休憩無し) ばらし・搬出 1時間30分 ■構成人数 キャスト8名+スタッフ6名 ■搬入車両 4t車1台 ■舞台に付いて 最適会場 劇場・ホール 舞台条件 間口8間(14.4m)奥行6間(10.8m)PA席(客席5席2列)