◇ペンテコステです。キリスト教の三大祭の一つと言われながら、クリスマスやイースターに比べ、まことに地味なお祭りです。それでも私たちはこの日があるので「聖霊」の恵みを思うことが出来るのです。私たちは三位一体の神様を信じ、告白していながら、聖霊についての理解は不充分であるように思います。
使徒パウロは聖霊の働きを、肉の働きと対比しながら分かりやすく説明しています。彼の説明を要約すれば、肉の働きというのは、「人間の行為に頼り、自分の功績によって神様に 『義』 としてもらおうという信仰」です。それに対して、聖霊の働きは、「ただ神様の憐れみによって、赦され 『義』 とされていることを感謝して、受け入れるという信仰」です。
今さら説明されるまでもないことでしょうが、私たちは、「神様の一方的な御愛である、主イエス・キリストの十字架の贖い」によって、罪を赦され、今日、ここにこうして一人のキリスト者として生かされています。その信仰の原点をもう一度、確認し、さらに確信して欲しいのです。
◇聖霊は、神様の恵みのお力です。聖霊の働きがなければ、私たちは父なる神様も、主イエス・キリストも正しく信じることは出来ません。神様の恵みの賜物である、聖霊によって神様の御愛が分かり、キリストの十字架の恵みが実感できるのです。この説明も多くのキリスト者にとって不必要でしょう。なぜならその実感は、既に、お一人お一人経験したことだからです。
ところが、ご自分の生活において、「この、神様の恵みのお力が生きて働いていますか?」 と問われると、そうでない自分にハタと気づかされます。問題になるのはそこです。「自分を誇り、自分の功績によって、神様にも、人にも認めてもらおうとしている自分」 に気づかざるをえないのです。
「あなたの人生を、神様の恵みの賜物、神様のお力によって、仕上げて下さい」 とパウロは切々と訴えております。あなたを生かし、あなたをこのように自由にしているのは、あなたの功績ではなく、他ならぬ神様の恵みではありませんか。もしも、自分の行為に頼ろうとするなら、いっそう不自由にならざるを得ないと言えましょう。功績主義は人を駆り立て、人をがんじがらめにしますから。
どうぞ、聖霊の賜物に生かされ、自由で、おおらかなキリスト者の人生を歩んで下さい。神様の恵みの御手にご自分を委ねて、人生の仕上げをして下さい。
(1999.5/23 ペンテコステ説教 勝田教会牧師 二宮幸雄)