私がもらったクリスマス★プレゼント

(1999.12 「蛍村」クリスマスイベント)

投稿月日と投稿者 エピソード☆
12/1 グレース イブの夜の楽しみ★

今、どれぐらいの家で、子ども達は「サンタさんへの手紙」を書いて、
クリスマスの夜を待ちわびているのだろうか。。。。
この頃は保育園でも年長さんぐらいになると、
「サンタクロースなんていないや! あれはお父さんとお母さんなんだ。」という
すでに夢のないセリフをはく子どもさえいる。余りにも現実主義そのもの。
周りの大人たちよ、そんなに早く子ども達の夢をこわさないで!・・と言いたい。

私の生まれ育った家は、小学校6年生まで「サンタの夢」を見させてくれた。
そして、イブの夜、期待に胸をワクワクさせながら眠りについたものだ。
目覚めて、枕元にプレゼントを発見したときの興奮たるや、大変なもの。
小学校低学年の頃には、お菓子入りのクリスマスブーツが、
「弟の方が大きい!」と言って騒いだり・・・(笑)

親になって、今度は自分がプレゼントを用意する段になって、
あれこれ頭を悩ましたのが、隠し場所。
「その日」まで、なんとか隠し通して、子どもの喜ぶ顔を見て、
自分も何だかクリスマス★プレゼントをもらった気分。

今年も、あの方、この方と何をプレゼントしようかと、思いめぐらしている。

12/1 めぐぴょん 最高のプレゼント

「もし、子ども達が騒いで、私の説教の一番大事な所を聞き逃しても
子ども達がこの教会で育っていることの方を喜んでください。」

六年前、初めて教会で迎えたクリスマスで、私がもらった最高のプレゼントは
この牧師先生の言葉でした。

その秋から、まだ小学校にも上がらない三人の子どもを連れて
教会に通い始めた私。聖書と出会ってから、二十年目のことでした。
でも、礼拝中に、子ども達は大騒ぎ。私は、子どもを叱りながら、
「教会に、行きたいというのは私のわがままではないか」と
思いはじめていました。
教会の人々には迷惑のかけ通し。子ども達も訳が分からずしかられてばかり。

そんな私に、神様は、牧師先生の言葉を通して、私が子ども達とともに
教会に招かれていることを教えてくださったのです。
教会に行くことは、決して私のわがままじゃなかった。
神様が招いていてくださる。しかも、この子ども達までも。。。
そう気づかせてもらった先生の一言は、なにものにもかえがたい
神様からの最高のプレゼントだったのです。

 

12/3 洋子さん 最後のプレゼント

今から11年前のことです。
そのころ家族は主人の母と夫婦二人の息子の5人でした。
ある日 押入の掃除をしていて 夫が子供の頃習っていたバイオリンを発見したのがきっかけで
クリスマスにファミリーコンサートを開こう!ということになり、
義母と子供が載ってきて夫も半分仕方なく同意。
まともな楽器も設備もない我が家でしたが、
長男は自分が弾きたいと思っていたエレクトーンをおばあちゃんにゆずり、
自分は小学校で習っていた縦笛を、まだ小さかった次男は家中の打楽器を持ち出し、
夫は 成長した指には小さすぎるバイオリンの弦を張り替えて、
私は古いギターを持ち出して「聖夜」を合奏することにしました。

クリスマスイブ 家族中が夫の帰りを待ち、全員揃ったところで
初の家族コンサートが開催されました。
とてもまともな演奏ではなかったのですが、それでも家族全員満ち足りた様子でした。
「来年もね!」と子供たちは言ったのですが 
それが最初で最後のファミリーコンサートとなってしまいました。
翌年の春 桜の季節に義母は突然病死してしまったのです。

仏教徒の我が家がもつ唯一のクリスマスの思い出。
このとき録音したテープが義母から家族へのクリスマスプレゼントだったと
今頃になって思うのです。

12/7

ことば屋さん

クリスマスブーツ(^^;)それは3年前、とめるあなた、駅に残し〜♪
 いや、いや、違ったほんの十数年前(?)の、私がまだ小学生だった頃の
お話です。(^^;)
 うちの実家の近くには教会があり、小学生の私はきれいな聖句カード
をもらうのと、年に一度のクリスマス祝会が楽しみで、日曜学校に通って
いました。要するに敬虔なクリスチャンではなく、お目当てというものが
あったんですよねぇ。
 クリスマス祝会では歌を歌ってプレゼントを回し、歌が止まったときに
そのプレゼントがもらえるというプレゼント交換っていうのがありました。
 日曜学校に通っていたのが2年くらい、クリスマスは3回くらい経験した
と思いますが、その最後の年のことだったと思います。

 元気よく歌を歌いながら、どのプレゼントが大きいか(^^;)、重いかなどを
見ていた私の目に、何とクリスマスブーツの形の包みが飛び込んできたのです。
当時の私にはお菓子のつまったクリスマスブーツというのはすごいご馳走で、
こんなに魅力的なものはないという感じでした。歌にも力が入り、私の視線は
その包みから離れません。で、その包み、だんだん近づいてくるのです。
そして、歌も終わりに近づいてきました。しめ、しめ、と思ったのも束の間で、
歌が終わる前に私の左手に来てしまったのです。めまぐるしく脳味噌を働かせた
私は次の瞬間、左手のブーツ形の包みはそのままに、右手で隣のプレゼントを
受け取り、隣に回しました。歌はもう終わりというところでしたから、2〜3回
その動作を繰り返して歌が終わりました。私の手にはクリスマスブーツ形の包み!

 「やった〜!」と、思いましたが、当時日曜学校を手伝ってくださっていた
大学生のおに〜さんが、悲しそうな目で見ているのが気になりました。
 で、みんなでプレゼントを開けることになり、喜びいさんで開けた私の手に
は、確かにクリスマスブーツが。しかし、お菓子はつまっていずに、難しい
文庫本に先ほどの大学生のおに〜さんの「若い人たちにぜひ読んで欲しい」と
いうメッセージがつけられていたのです。おに〜さんは中学生くらいの人に
渡ればいいなと願いをこめてプレゼントを持っていらっしゃったのではないかと
思うのですが・・・。ちなみに私がズルをしなければ私に来ていたプレゼントは
かわいい手鏡でした。悪いことはできないものです。(^^;)

 教会でのこの不埒千万な振る舞い、長年懺悔できずにいたのですが、神学校に
入り直され牧師さんになった上記のおに〜さんに、一昨年、うちの姉が懐かしく
も、お会いする機会があったということで、懺悔しておいてもらいました。
 何故か大ウケしてしまったということでしたが。(^^;)

 教訓:神は全てをご存じです!(^^;)
12/7

RADISHさん

サンタさんはいる?

昔,昔,私が教員だった頃のお話です。
 ちょうど今頃は、授業を進めて (行事や学級学年の活動で予定のように進まない
のです)帳じりをあわせ、通知表を書いたりと忙しい・・12月でなくてもいつも走り回って
身体をこわしました・・季節です。現職の教員の方ご苦労様です。
 そんな中で、サンタクロースはいるかいないか、こどもたちの議論が始まりました。
それよりも授業をしたかったのですが、こどもたちは譲ってくれません。
議論は続き、家で聞いてくる事になりました。
 翌日、「絶対いる」「実はおとうさんだった・・」「最初からいない・・」と結論はでませんでした。
 そんな話を保険の先生と話をしていたら、絵本を紹介してくれました。
とんと昔の事でどんな絵本か忘れてしまっが、親の願いがサンタクロースに現われる
というようなお話だったような。
 その絵本のプリントを印刷してこどもたちにわたして、いつまでも夢を持ち続けて
ほしいなぁと、思ったりしたものです。あの子たちもそろそろ30近く。
子供連れで泊まりに来てくれた子もいろけど、サンタクロースの話を覚えていて、
サンタの立場になってどんな事を考えているのだろう。そして、こどもの
成長をたのしみにしているのでしょうね。
 年賀欠礼のおたよりが届き、家庭訪問でお会いした事などを思い出しています。
私の両親もすでに亡く、長靴に入ったお菓子を見ると懐かしくなります。

12/9

匿名さん

いのち

嘘みたいなほんとの話です。
私の誕生日はクリスマスの1週間前ですが、仮死状態で生まれたので
すぐに大きな病院へ移動、すると病室(保育器)がないという事で
門前払い。
うちの父親がお医者さんとけんかをしてふるい保育器を修理して、
無理やり入院。そのあと、24時間目の離せない状況が数日間続いて、
クリスマス・イブ。クリスマスの飾り付けをした夜、私の容態安定という
連絡があったようです。
それで小さいときは12月24日が第二の誕生日だと言われて育ちました。
しかし、もうすぐ誕生日だねといわれると、
年をとるのがいやなる歳になります。

12/9

セシリアさん

白雪姫の時計

小学校2年のとき、サンタクロースから
白雪姫の時計をもらいました。
翌日学校で「サンタクロースきたよ!!」と言ったら、
馬鹿にされました。( ̄□ ̄;)!!

12/12

わにまさん

プレゼント配達下請け証明書

わたしは クリスマスが大嫌いでした。
牛乳配達をしていた 両親にとって
クリスマスは年に 一度の 稼ぎ時。
夜遅くまで クリスマスケーキを配達していました。
一人っ子の私は 一人ぼっちで 冷たいおにぎりを食べ
こたつの中で朝を迎えていたのです。
家族用にとって 置いたクリスマスケーキが
急なお客様の注文で 食べる事ができなくなったり、
売れ残った ケーキが 毎日の おやつになったり・・・
「クリスマスなんて なければいい」と思っていました。

ある日 母が見せてくれた 一枚の紙切れ
それには
「忙しいので お手伝いを頼みます。サンタより」
と 言うような事が 書いてありました。
そんな話を まともに信じるほど 幼くはなかったけど。
風邪をひいて 熱があっても
「待っている子供達がいるから」とケーキを配達する
両親を見ていると
本当かもしれないなぁ。サンタクロースの下請けなのかも・・・
と 思い込みたくなるような 気持ちでした。

今は昔
ケーキを扱うスーパーもコンビニもなく
クリスマスケーキは牛乳屋さんが
独占的に配達していた頃の お話です。

12/12

あきさん

ケンタクロース

子供たちにサンタさんはいるのだよってこと
そういう夢はいつまでも持っていて欲しいと思いつつ、
毎年 子供たちが寝静まるのをそーっと確認して
隠しておいた子供たちへのプレゼントを
それぞれの枕元においてやるのが私達夫婦の楽しみであり
ドキドキワクワクする行事でもありました。

男の子4人。昼間のわんぱく盛りの顔が
皆 天使のように 安らかに寝息をたてて寝ています。
気づかれないように、それぞれが用意した
靴下のそばにそっと置きます。
プレゼントはどれも大きくて靴下には入らないから
「靴下はサンタさんへの目印だからね」等と話を作って
子供を騙すのも楽しくて。。。

ある年などは夜中の3時頃、何だか居間が騒がしいので
目が覚めて、行ってみると・・・
あらま〜〜!!
ストーブもたいてない寒い部屋で4人が4人
プレゼントを開けてキャーキャー喜んで遊んでいるのです!
驚いたのなんのって・・・
「これこれ風邪ひくでしょ!」って叱られても
嬉しそうな皆の顔!

叱っている親の私の方も
なんだか しんから叱れなくてほのぼのと・・・

そんな年が何年か続いて
ある年のイブの夜も、こっそり準備したプレゼントを
こっそり枕元に・・・勿論子供たちの寝息を確かめて・・・

そして次の日の朝、
!!!
私達夫婦の枕元には
小さな包み紙と手紙が・・・
手紙には
「いつも子供たちにやさしくしてやって、
しごとをがんばって、 ありがとう!
・・・ケンタクロースより・・・」と。

次男の名前が「けん○」なのです。
他の子たちも知っていたようでニヤニヤ・・・

包み紙の中身は忘れてしまう程のささやかな何か文房具。

いつから子供たちは知っていたのやら・・・
私達親をいつの間にか越えていた息子たちの成長に
嬉しいやら ちょっぴり淋しいやら・・・

でも何よりも
やさしい気持ちの子たちに育ってくれたことが
嬉しくて・・・ 

忘れられない私のクリスマスのプレゼントです。

15年ほど前のお話。
天使のようなあの子たちも
今は皆ひげずらの男どもになりました。

12/13

Teddyさん

最高のプレゼントもらいました

事故の後遺症で声の支えが付かないのでこのクリスマスのコンサートは
全部お断りしていたのですが急に病気のため欠員が出てしまい・・・
引退後一人で暮らしている人達のホームでの慰安コンサートだったのです。
痛い足を引きずりながらステージにあがったら「おい ビッコ声は大丈夫かい」って
ヤジを飛ばした女性がいたのです。
(しまった・・やはりよせばよかったのに)
イスをガタガタいわせるし・・・・まるで(おまえの歌なんかききたくもない)って
声がきこえてくるような気がしてカット血が頭に上ってしまいました。
(相手にしないで他のみて歌えば)とおもったのですが・・・・・
(聴いてもらうようにうたわなければいけないのだよ)って言われていた事を思いだして・・
それでわざと彼女に焦点をあわせるようにしたのです。
よく観てみるとギスギスにやせているけれど・・・以前はかなりの美人だったような・・・
60なかばくらいでしょうか? まるで人を馬鹿にしたような態度なのですが・・・
そんなわけで一曲目はどう歌ったのかもあまり覚えていなかったのですが
2曲目から少し落ち着いて・・(あのおばさんたら目を閉じて・・寝てしまったのかな?
もう聴いてもやらないって感じで・・・・)
最後にTostiの「最後のうた」をうたいだしたら・・・・
どうした事でしょうか・・・身を乗り出すようなしぐさで・・・
そのうえ彼女の頬に行く筋かの涙が・・・
ステージの後みんなでお茶会になったのですが、僕は一人すこし休ませて
もらっていたらその女性が探しにきてくれたのです。
「歌をわすれていたんです・・・あまりにもつらい事が多くて・・・」
「ここでもみんなから嫌われていたけれど、そんなことどうでもよかった」
「でもあの歌で私の凍った心が溶けてきたみたいだ・・・・」
「誰もが目をそむけて・・でもじっと私をみつめて・・・私のためにうたってくれた・・」
ためらいながら彼女・・「私のピアノでうたってくれる?」
上手なピアノでした。
「もう十何年もピアノなんかさわっていないのだよ」っていっていたけれど・・・
ありがとう・・・僕の歌でも喜んでくれる人がいるのですね
これは僕がもらった最高のプレゼントでした。
皮肉なことにその歌の題名は「禁じられた歌」だったけれど・・・・
よいクリスマスになるぞおお!

もし聴いてやろうって言う人がいたら
http://members.tripod.com/~Tdybear/musicapr.rm
REAL PLYERは http://jp.real.com/produts/player/index.html
から無料ダウンロードできます。

12/17

bababongさん

Teddyさん。心温まる体験したんですね。
私もその女性とほとんど変わらない頑なに閉じてる部分があるのです。
我が侭がなせる技と思ってますけど。
他人に当たってはいけませんよね。。

でも、きっとその女性は初めから、Teddyさんを見たときから、
取っ掛かり(こんな日本語ありましたかね、キッカケと同じような
意味です)が欲しかったのでしょうねえ。。
そして。。
Teddyさんの真心が、この女性を無視することできなかったのですね。

遠くから勝手に感想する、、私もかなり図々しい奴です。(笑)

 

12/29

グレース

 

私がもらったクリスマス★プレゼント投稿感謝

蛍村クリスマスイベントの一つとして、投稿ボードを設置してはや1ヶ月。
こうして、嬉しくもあり、楽しくもあり、そしてしみじみとした投稿をいただき
本当に感謝です。

また、人気投票も最後にきて、ググッと票数があがったりして・・・
楽しく経過を見ておりました。

内容の濃さにおいて優劣つけがたく、また
テキトーに賞の名前をつけるのも、誠実な内容に反するので、
今回は全員入賞☆ということに致します。

グランプリは、Teddyさんに。

なお、住所氏名のわかっていたお二人には、すでに賞品を発送致しましたが、
今回の入賞者の方は、メールにてお知らせを。