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初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」 こうして、光があった。(創世記1:1-3)
◇皆さんは、天地創造の記事に出会った時、どのように感じましたか。私は夫に率直に聞きました。「お父さん、最初に読んだ時にどうだった?」すると彼は、「新約聖書しか持っていなかった自分は、教会に行き始めてから旧約聖書を購入した。聖書を開いたら真っ先にこの言葉が目に飛び込んできた。その時は感動で息がつまりそうになり、教会の外に出て、ぐるっとあたりを見回した。山を見て、ああこの山も神様が造ってくださったんだ。この広々とした海も、天も、私が足をつけているこの地も、神様がみんな造ってくださったんだ。神様ありがとう、と本当に感動した」とのこと。彼の場合、信仰のセンスがあるというか、非常に幸いなケースかなと思います。
◇私は残念ながら不幸なケースでして、牧師の家庭に生まれ育ち、聖書を文字通りしっかりたたき込まれました。ところが小学校高学年になりますと、進化論を知るようになります。教会学校で教えてくれていることと、理科で教わることとが違う、子どもなりに葛藤を覚えました。六年生の時に、「西洋歴史物語」を読んでいましたら、聖書について触れていて、天地創造の記事をこう説明していました。「天地創造の記事が言っていることは信仰の事柄で、科学の記述ではない」と。「ああ、そうなのか。」まあ明解な答えを得た訳で、聖書は信仰の事柄、理科で学ぶのは科学の事柄、というような割り切り方が出来ました。その時点からある年齢まで、聖書の様々な奇跡の記事が出てきましても、「あ、これは信仰の事柄で科学のことではない」と割り切って生きてこられたのです。
◇ところが二十二歳、社会人一年生の私の、波風たたない順調な歩みを脅かす事件が起こりました。父の病気です。体が衰弱すると共に、心も蝕まれ人格まで疑うような病状になってしまいました。私は困惑しました。何で一心に伝道に打ち込み、清廉潔白に生きてきた父が、六十代半ばで病に倒れ、こんなにまでひどいことになってしまうなんて、何故なの?今までの信仰の割り切り方では、とうていすまされない「どうして?」の疑問が次から次へと出て参りました。「神様、あなたは何てひどいお方なんですか、世の中にはもっとぐうたらな生き方をしている人だっているのに・・・。何故うちのお父さんのように真面目で、一生懸命にやってきた人がこんな目にあわなくちゃならないんですか。」悩みました。その悩みの中で、ヨブの苦しみが、自分の苦しみに思えました。因果応報では解き明かせない、「神様には神様でしかなさらない、なさりようがあるのだ」ということを知らされました。
◇左近淑著『混沌の光』の中から大切なことを紹介します。「創世記一章は、世界がどのように成立したか、それを記したものではない。そうではなく、世界と人間の存在の確かさがどこにあるか、そういう当時の緊急かつ根源的な課題に答えたものだ。」創世記一章は、イスラエルの民が国滅ぼされ、バビロンに連れて行かれて捕囚の憂き目にあった時に書かれております。バビロンの神が威風堂々と行進する大礼に際しては、神像を拝まされたかも知れません。そうした時、何故私たちの国は滅ぼされてしまったんだろう、あんなに神様が共にいてくださると言っておきながら・・・。「どうして?」と自問自答したことでしょう。自分たちが生きている根拠は何か、とつきつめた時に、まず神様が存在し天地を創造された、そして人間を造られて、神様の御心を私たち人間を通してなさろうとしているんだ、だから今捕囚の憂き目にあっても、生きていけるんだということに気づかされたのです。表現形式は紀元前4世紀の、古い時代の表現です。「神話的表現」と一笑にふされるものかも知れません。しかし、捕囚の憂き目にあい、まさに混沌として暗い中で、「初めに、神は天地を創造された」との創造の秩序がわかった時、生きる根拠を確認出来た彼らは、置かれている状況はいかんともあれ、生きられたのです。現代を生きる私たちの根拠も、実はここにあるのです。
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第二話 良しとされた私たち (創世記1:26-31)
第三話 土のちりでつくられ (創世記2:1-17)
第四話 彼に合う助ける者(創世記2:18-25)
第五話 あなたはどこにいるのか (創世記3:1-24)
第六話 負いきれない罪(創世記4:1-16)
第七話 主の御名を呼び始める(創世記4:17-26)
第八話 うーんと長生き(創世記5:1-32)
第九話 神様の後悔(創世記6:1-22)
第十話 洪水は地上を覆った(創世記7:1-24)
第十一話 神さまの御心、人の心(創世記8:1-22)
第十二話 産めよ、増えよ、地に満ちよ(創世記9:1-17)
第十三話 祝福の始祖(創世記9:18-10:32)