REPORT巨人のドシン
GAME CUBE
2002年3月14日発売発売:任天堂  企画:パーラム  

  「巨人のドシン」と言えば、飯田和敏氏(代表作PS『アクアノートの休日』『太陽のしっぽ』)が作るゲームということで、 かなり前々から注目されてたんだけど、いかんせん発売されたハードが64DD(というか、64DD本体に同梱)ということで自分的にもどうにもならず。
  で、このGC『巨人のドシン』は、その64DD『巨人のドシン1』の移植作ということになっているらしい。


  その内容を感覚的に表現すると、『ポピュラス』と『シムシティ』を足して3で割って、 目減りした分を“マッタリ感”&“和敏テイスト”で穴埋めしたようなゲーム、という感じになる。
  プレイヤーは魔法で土地の上げ下げができる黄色の巨人。 舞台となる「バルド島」には青、赤、黄、緑4色の住人がいて、集落を構成する色のパターンは、1色×4、2色×6、3色×4、4色×1、計15種。 で、そのそれぞれが建てる15種類の「モニュメント」を集めることがゲームの一応の目的となる。 モニュメントが建つには、その集落の住人が一定数以上に増えるというのが条件で、住人が増えるには住居が必要で、住居が建つには平らな土地と木が必要。 というわけで、プレイヤーは黄色の巨人を操って、土地を上下させて土地を平らにし、住人のところに木を持っていくことに。
  住人が喜ぶことや望んだことを行うと、住人からハートマークがもらえ、 住人が嫌がることを行うと、住人からドクロマークがもらえて、そのどちらかで「ドシンカウンター」を一杯にすると巨人は大きくなる。 大きくなると、歩幅が大きくなって、上げ下げの能力が強くなって、より大きなものが持てるようになって、その代わりに小回りが利かなくなったり。
  で、日没になると巨人は消え、また次の日は最初の大きさからスタート。これを繰り返すことになる。
  集落の成長を妨げるのは、豪雨、竜巻、火事、火山、などの災害・・・のはずなんだけど、 逆に言うとそれ以外に外敵はないので、進行は比較的マッタリ。 災害は、なぜか自キャラの間近でしか起こらないし、起きても1日2回。 対処法もハッキリしてるようでハッキリしてないし、予防法もあるようで実はあんまり実用的じゃない。
  争い的な要素が無いにも関わらず、集落の成長にも限度がある。 モニュメントを建てた時点で、集落の成長は止まってしまう(集落の成長の最後にモニュメントがあるというか)ので、 どうするかというと、集落からある程度離れた場所に男女のペアを持ち上げて持っていくことで、そこに新しい集落を発生させることになる。 集落が『シムシティ』での地区にあたるという考え方もできるけど、決定的に違うのが、このゲームの場合、集落と集落はほとんど干渉し合わないということ。 成長させることにそこまでの面白みがあるわけじゃない。
  ある程度意図的なものとはいえ、説明不足さもちょっと気になる。 特に困るのが肝心のモニュメント関係で、いつの間にかモニュメントが壊れてたり、いつの間にかモニュメントの建設が中止されたり、「なんで?」とか多い。

  んー、とりあえず、コレっていうゲーム的な面白さ・緊張感が無いのは、どうしようもない事実。 ただ、じゃあダメダメにつまらないのかというと、必ずしもそういうわけじゃなく、 せっせと土地の上げ下げをして、木を運び、ほっとくと荒れてしまう(木が枯れてしまう)集落を巡り手直しをし・・・というプチプチ感的な楽しさはある。 盆栽的というか。
  ただ、その自由度は一見高そうなんだけど、そうでもない。 というか、一応、モニュメントを作らせるという目的がある以上、その過程にどれだけの幅があるかが一番重要なはず。 「マッタリしてもいいですよ〜」とか「目的は置いといて、好きなようにやればいいじゃん」とかを、“自由度が高い”とは言いたくないわけで。

  グラフィックはそれなり。 特に驚かされるような部分はないものの、静的な(つまり、水しぶきとか波とか水流とかを除外した)水の表現は上々だし、 ちょっと遠くから見ても種類が判別可能な程度にモデリングされた各種動物には好印象。 かといって、観賞用箱庭ゲームとして成り立つほどのモンでもない。 まぁ、これはグラフィックの質そのものの問題というよりも、やはりゲーム的なところに問題あるように思う。 なんせ、個々の要素が別個に存在してる感が強いので、見ててもあんまり面白みがない。 唯一、鳥が水中の魚を獲ることがあるくらいのもんで、住人、動物、地形、それぞれがお互いに干渉しなさ過ぎ
  メニュー関係で一点気になったのは、モニュメントリストを開くときに結構な待ち時間があること。 毎回毎回メモリーカードにアクセスしてるんだけど、一体、何をそんなにチェックしてるんだ? セーブデータの形を工夫すれば、メモリーカードをチェックするにしても、ここまで待たせないような作りにすることができたんじゃないだろうか。


  ヒジョーにビミョーな感覚的楽しさがあるにはあるんだけど、それだけでゲームを押し通すのはムリってもんだろう。 大きく成長していく巨人、木、住人、地形、災害などの各要素がゲームとして上手く機能しておらず、 ゲーム的な楽しさが極めて希薄になってしまった。 例えば『アクアノートの休日』なんかはアレはアレで好きだったんだけど、 この『巨人のドシン』にはもうちょっとゲーム的な面白さを期待してただけに、非常に残念。 また、鑑賞重視の箱庭ゲームとしては、(特に住人の行動の)バリエーション不足もさることながら、何より、もうちょっと各要素が有機的に絡んでないと面白みがない。
  度を過ぎたマッタリ感に辟易とさせられたものの、それでも個人的には、不可解でシュールなエンディングに救われた感はあるが。

2002年3月24日記載