REVIEWSEVEN SAMURAI 20XX
PlayStation2
2004年1月8日発売販売:サミー  開発:ディンプス  

  一応、サミーが家庭用ゲーム機事業に本格的に乗り出す足がかりとされたタイトルで、 パッケージに堂々と(本来のタイトルより大きく)「七人の侍」と書いてある通り、 一応、黒澤明監督の代表作である映画「七人の侍」をモチーフとして作られたもの(と言い張っている)。 パッケージ裏には「世界のクロサワ、メビウス、坂本龍一のコラボレートが実現!」と書いてあるけど、 黒澤明(というか映画「七人の侍」との関係)については後述するとして、 映画「トロン」「エイリアン」「フィフスエレメント」のコンセプチュアルデザインを行ったりと、 映画関係の仕事も多いフランスコミック界の巨匠メビウスは“キャラクターコンセプト”という曖昧な立場だし、 坂本龍一にしてもOP&EDテーマを提供しただけで、それらも特に印象に残らず。 んまぁ、最初からそこらへんに期待してはいなかったが、なんともロコツで時代錯誤でバブリーな宣伝戦略だわなぁ、と。
  開発のディンプスはサミーの子会社。 2000年に元SNKの人たちが独立して設立されたデベロッパらしく、 その後、キャラクターゲーム(PS2「ドラゴンボールZ」シリーズ等)の下請け開発なんかを主にやっている。 また、DC互換基板アトミスウェーブ第1弾タイトル『デモリッションフィスト』の開発も担当。 正直、その『デモリッションフィスト』を数回プレイした印象はイマイチどころの騒ぎではなかったんだけど、 それでもアーケードゲームを開発するとこなんだし、 ある程度の最低ラインは確保してるんじゃないかと、微かにでも期待した自分がバカだったのか・・・。
  ちなみに、自分は幸運なことに(随分前の話だけども)映画「七人の侍」を映画館で鑑賞している。 これが初めて観る白黒映画で、黒澤作品だったんだけど、 途中から白黒であることを忘れるほど没頭し、小難しい系だと思いこんでた黒澤作品への見方が変わった経験がある。


  ・・・まずは「七人の侍」云々は考えず、単純にゲーム内容だけを見ていこう。
  ゲームの内容はステージクリア型の格闘アクションゲームだ。 ゲームの基本的な流れは、 (設定的には謎のあくまでもゲームを仕切る存在としての)結界が張られたスペースで敵がワラワラと湧いてくるので、 それを倒すと結界が消えて先に進めるようになり、ちょっと進むとまた結界が張られ敵が出現し・・・を繰り返していき、 そこにボス戦やムービーシーンが挿入されるというもの。 10数体ものザコキャラを一度に相手にすることなんてのはザラで、一度に出現する敵の数はかなり多い部類に入る。
  デフォルトの操作形態は、左スティックでキャラの操作、 □で攻撃、△でガード、×でステップ(長押ししてから離すと宙返りになるが、使う機会はない)、L1+R1で「二刀流モード」発動(後述)。 視点操作はL2によるカメラリセットのみ。
  のっけから致命的な話だが、このゲーム、基本的な攻撃がどうにも噛み合わない。 そもそも、通常攻撃が初弾からやや大振りというか全体的に出が遅い傾向がある。 で、スティックに触らずに攻撃しても攻撃する方向が自動的に変わってしまうことから考えても、 一応、敵に対する自動追尾性能がないわけじゃないんだろうけど、 逆にそうして試してみないとそれが感じられないほど、弱いというか、的外れ気味。 1vs1の状況ですら敵に対して攻撃をスカしてしまうことがあるなんてのは、非常に論外だと思うんだが。 複数の敵を一度に相手にすることを前提としてないような攻撃なことも気になる。
  それがやや改善されるのが二刀流モード時で、通常時よりかは攻撃のテンポがよくなってくれる (方向的なトンチンカンさや複数の敵を捌けないという点は変わらないが)。 「連殺タイマー」が満タンの状態ならいつでも発動することができ、時間と共にこの連殺タイマーは減少していく。
  攻撃系の特殊アクションとしては、敵の方向に正しく左スティックを入れて攻撃すると発動する「ジャストアタック」というのがある。 スローになって視点が回転するという演出付きの、 敵との間合いを一瞬にして詰めて行うガード不能攻撃で、成功時には連殺タイマーが一定量回復する。 ただいかんせん、入力判定がシビアすぎて、狙って出すことは相当難しく(自分はムリ)出たらラッキーって感じの存在だった。 また、発動したにも関わらず攻撃がスカるなんてことも。
  防御系(に限らずこのゲームにおいて)でもっとも重要になってくるのが「ジャストガード」。 このゲームでは、ガード時には「ガードポイント」というゲージ(時間と共に回復)を消費する代わりに、 こちらの攻撃中でも問答無用でガード可になっている。 で、相手の攻撃に合わせてタイミングよくガードボタンを押すとジャストガードとなり、 攻撃してきた敵を逆に怯ませることができ、連殺タイマーが全快する(ザコ戦ではこちらの方が重要)。 ジャストとはいうものの、そのタイミングはかなりアバウトでOKだし、 タイミングがズレても通常ガードになってくれるので使いやすい。
  また、敵の攻撃に合わせて敵の方向にステップすることで一瞬にして敵の背後に回る「ジャストステップ」というのもあるんだけど、 これはタイミングがシビアな上に、逆に攻撃を喰らうというリスクがある。 にも関わらず、なぜか連殺タイマーは一定量しか回復しないという仕様。 その位置付けがよくわからん。
  まぁ要するに、“ジャストガードで連殺タイマーを回復させながら、 二刀流モードを持続させて敵をバンバンぶった斬ってくゲーム”ということになるんだろう。
  ちなみに、一応、コマンド技が存在し、ポーズメニューでそれをズラっと一覧できるんだけど、 方向入力込みのコマンドとアナログスティック(しかもスティックを倒した方向にキャラが進むという形式)との相性は最悪で、 思ったような技を出すことはほぼムリ。 自分の場合、意図的に使った技はひとつもない。 こういう要素を設けるのであれば、攻撃ボタンを複数用意してそれを組み合わせるのが常套だろうし、 どうしてもボタンを増やすのがイヤなら、ステップとボタンの長押しを組み込んだだけのシンプルなものにすべきだったはず。
  そして、基本的な攻撃の噛み合わなさより気になるのは、1vs多という状況がメインでありながらも、多くの敵を捌くような要素が欠けてること。 基本的な攻撃にもそういう性能はほとんど感じられないし、唯一そういう性能を持つのが二刀流モード発動モーションなんだけど、 これは“なるたけ二刀流モードを続ける”というこのゲームの基本戦略に沿ったものではないわけで。
  個人的には、ジャストガードに(もちろんそのタイミングの判定をよりキビしくした上で)そういう性能を設けるべきだったと思うな。 大体、多数の敵を相手にした場合もジャストガードで捌いていくしかないはずなのに、 ジャストガードはそのガードした相手をよろけさせるだけで、 他の敵が攻撃してきてそれを受けようと思ったらまたガードせざるを得ないわけで (ちなみに、その攻撃を避けてよろけさせた敵を攻撃できるほどその効果は大きくないし、 そもそもそういうことができる操作性にはなってない)、 極端な話、複数の敵がタイミングをずらして順番に攻撃してきたらずっとガードするしかないわけで、話が進まんのよ。 もっとも、ここらへんが痛手になってくるのはそれこそ終盤(の極々一部)だけという、タルい作りにはなっているんだが。 また、こちらも攻撃しつつジャストガードを狙うという作りにしては、 ヒットエフェクトが派手すぎて敵のモーションがよくわからんことが多いのも腹立たしい。
  ヒットバック関係の調整がかなり雑で、敵がよろけるタイミングがよくわからんというのも×。 基本的にスーパーアーマー気味なこと自体、どうかと思うが。
  結局ザコ戦ではジャストガードすらさほど必要ないことが多いため、グッタリするほど単調な連打ゲームとなってしまっている。 「真三国無双」シリーズを連打ゲーと評する人間は、一度これをプレイしてみるといい。 “連打ゲー”っていう言葉の本当の意味を理解できるはずだから。
  おそらくその代わりにアクセントとしたかったんであろう、数だけは多いボス戦も、総じてイマイチ。 ジャストガードして斬るという流れが単純すぎて、攻略の9割方はそこに落ち着いてしまうし、 逆にジャストガードを前提としない部分は、理不尽に感じられることがしばしばで、 そういう要素をメインに据えた一部のボス戦では、このゲームの作りの粗さが目立ちまくる。 ガードできる攻撃、できない攻撃の基準も曖昧でよくわからん (こちらの攻撃に派手なエフェクトを付ける前に、こっちに特殊エフェクトを付けてほしかった)。
  一応、敵を倒したときには時たま回復アイテムが登場するものの、その出現頻度は低めだし、その回復量も小さめ。 ステージ内に予め配置されてる回復アイテムも少なく、ボス戦前でもマトモに体力回復してくれないことが多いが、 死んでも体力全快状態でそのボス戦からの再チャレンジとなるので、体力回復するなら死ねということだろう。 リトライ数が評価をどういう風に左右するかが明確じゃないので、非常に雑な作りに感じられる。 そんなこんなで、全く死なないで進めるという形ではないにしろ、全体的な難易度は低めになっている。 各ボス戦も、体力満タンの状態であればまず負けないはず。 ただ、終盤の1か所だけ異常にツラいところが・・・。 なんせホントにここだけだったもんで、非常に理解に苦しむものがあった。
  戦闘時以外にやれることが無さすぎるのも問題。 なんせ、移動時は攻撃やステップなども封じられてる状態で、 できることと言ったら人と話すだけ(それも大して重要ではない)。実にタルい。

  グラフィックは、まぁ及第点か。 特に、廃退的な世界観を表現した背景のバリエーション&描き込みは、このゲームで唯一評価できるポイントかもしれない。
  ゲーム中のイベントシーンは、ゲーム部分と同じモデリングのキャラを使ったプリレンダムービーな模様 (オープニングとエンディングだけハイクオリティのプリレンダムービーを使用)。 この分量はかなり多く、かなりムービー主導のゲームとも言えるだろう。 どう考えても和風なアニメっぽいキャラに英語音声ってのは違和感を覚えたが、 それが日本語音声だったからといってどうなるもんでもないし、まあ構わんかな、と。
  キャラクターの表情、特に目はモデリングで表現されてるタイプではなく、そのテクスチャを描き替えて表現しているタイプ (マイナーすぎて例として妥当じゃないだろうが、PS『ヘリックスフィアエフェクト』みたいなの)。 どうしても視線の演技が弱くなりがちだけども、個人的には嫌いな手法じゃないし、割と表情変化の表現は上手くいってる部類だと思う。 キャラクターは結構魅力的に見せられてるんじゃないだろうか。 しかし、キャラクターのパッと見の印象が悪いのは、相原コージを思わせる妙なバタ臭さもさることながら、イカれた色彩感覚によるところが大きいと思う。 主人公のコスチュームのイメージカラーが小豆色ってなぁ・・・。

  ゲームは全11章構成で、初回クリア時間5時間半ほど。 ステージをクリアするとその章のプレイ内容により、 「弱点補強」という形で、HP、GP(おそらくガードポイント)、RT(おそらく連殺タイマー)の3つのステータスが増加する。 ・・・が、自分の場合はほとんどHPしか増えず(一度だけHP+20、GP+10で、他は全てHP+30)、 ゲームクリア時には体力はほぼ上限に来ているという状態。 よくわからんが、とにもかくにも、意識的にキャラを成長させていくゲームではない、と。
  で、そのプレイヤーステータスを引き継いで2周目に突入でき、 説明書に、2周目以降は「1周目には無かった「何か」が起こるかもしれません…」とあったものの、 2章ほどプレイしても何にも起きなかったので、それ以上のプレイは放棄した。 他、クリア後には「サバイバルモード」が出現するけど、 これは体力回復一切ナシ(セーブも不可)でゲームを通してプレイするというだけのものっぽい。なんじゃそりゃ。 ボリューム的にも難アリか(もっとも、この内容でダラダラと長くても困るが)。

  最後に、ストーリー共々、映画「七人の侍」との関係を見ていこう。
  世界観は廃退的近未来風のもの。要するに「北斗の拳」っぽいやつね(文明レベルはもうちょっと高め)。 人々の中心には「市(シティ)」と呼ばれる輝く尖塔があって、 そこで「天子」と呼ばれる子供が神器を操ることでシティはその力を得ており、 人々はこのシティの周囲に集落を形成、生活を営んでいる。 「ヒューマノイド」という種族(機械生命体という設定だけど、まぁ特撮モノの“怪人”みたいなもん)との バランス関係も、このシティの力によっていた。 しかし、ある日、そのシティから天子が消えてしまい、そのバランスが崩壊してしまう。 んまぁ、こういう世界観の変更自体は全然構わんと思うし、手法としてアリでしょ。
  で、そんな状況で、ヒューマノイドからの襲撃をたびたび受けていたとある村が、自分たちを守ってくれるサムライを探している。 で、歴戦の老侍「勘兵衛」を雇い、彼の人望によって6人のサムライが仲間となっていき、村を守ることになる。 まぁ、映画の影響を受けてるのはこの部分で、仲間が一人ずつ増えていき、最後に村を守るっていうのが話の大筋ではある。
  主人公は、一応映画での「菊千代」に相当するのか、ややチンピラチックだが腕は立つ「ナト」という若者。 ただし、菊千代の“元々農民で実は侍ではない”という肝心の設定はナトにはなく、 サムライという存在をやや軽蔑してる雰囲気アリっていう程度のキャラクター。 つーか、この世界ではサムライという存在自体が曖昧というか、職業としての侍(武士)ってのは存在してなさそう。 実際、ゲーム中で集まってくる仲間たちも、腕が立つという以上の共通項は見つからず。 また、敵となるヒューマノイドも単に村で略奪行為をはたらいているというわけじゃなく、 実は彼らがかくまっている天子を狙っているという設定。
  つまり、まさに“村人が歴戦の老侍「勘兵衛」を雇い、彼の人望によって6人のサムライが仲間となっていき、村を守る”っていう骨子だけを 拝借してると考えて間違いないと思う。 いや、それを骨子として拝借してくれるのならまだ良かったんだけど、実際のところは、ヒューマノイドと人間のSF的な関係が、 このストーリーではそもそものポイントとなってくるはずで、村を守ること自体はさほど重要じゃなかったりする。 かといって、「七人の侍」の要素を組み込んだせいでか、その部分は徹底的に言葉不足になっちゃってるというのが・・・。 まぁ、映画と同名で同じような位置付けの「勘兵衛」というキャラがいなければ (もちろんその上で、取ってつけただけの映画の再現シーンをちょっと削れば)、 パクリ疑惑すら起きなかったんじゃないだろうか。 つーか、別にできてた話に無理矢理「七人の侍」を付け加えただけなんじゃ・・・
  ラストシーン前の展開も取ってつけたようなら、 最後に勘兵衛が「勝ったのはあの百姓達だ。俺達ではない」と言う有名な場面も、 そもそも村民の奮闘(もっと基本的なことで言えば侍と村民のギャップ、 もっともっと基本的なところを言えばこのゲーム内の世界での侍(的な存在)の位置付け)が全く描かれてないだけに、 「何言ってんだコイツ?」っていう感想しか残らんはず。 ・・・「七人の侍」のテーマとしてのポイントはここじゃないのか? だからこそ、菊千代というキャラがキーになったわけで。
  大体、「七人の侍」という題材でありながら、操作できるキャラが主人公ナトだけってのも残念だったが、 共闘する場面すらない(概ね「ここはオレに任せておいて先にいけ!」という流れ)というのは、 残念どころの騒ぎではなく、この題材を使うにあたっては論外と言わざるを得ないし、 そのナトから見る形だけでこの話を見せていくというところにも問題があった。 この作りで主人公以外の6人に思い入れを持てというのはムリな話だし、その状態ではキャラクターの生き死に、涙も軽薄なものにしかなりようがない。 7人の侍(の活躍)をそれぞれ魅力的に描く、これは「七人の侍」である以上、重要というより最低限のポイントであるはずなんだが。 もちろんゲームである以上、この“描く”をイベントシーンだけのものと考えるのは大きな間違いというのは言うまでもなく。
  別に「七人の侍」であることに最初から期待はしてなかったけどさ、モノには限度ってもんが・・・。


  ゲームのデキ自体も酷いもんだったが、その考え方から漂ってくる腐臭の方が気になる。 企画したやつもアホなら、作ったやつもアホ、それにGOサインを出したやつもアホ。 そんなアホたちに代わって、やはり最後に言っておかなくてはならないだろう。 天国の黒澤監督、ゴメンナサイ、と。

2004年6月28日記載