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このページでは何かの拍子で迷い込まれた方の為に当サイト内で暗黙の了解とされている部分の説明をさせていただきます。
常日頃から三国志サイトを巡回されているような方には全く無益なページですので、飛ばして他のコンテンツに進まれることをおすすめします。
ただ、お暇だったら間違いがないか確認していただけると嬉しいです〜!
因みに、内容が一部私見に偏っている場合があります。騙されないように注意して下さい。

STEP0 ■ はじめに ■
STEP1 ■ 国と時代 ■
STEP2 ■ 演義と正史 ■
STEP3 ■ 正史について ■
STEP4 ■ 正史批判について ■
STEP5 ■ 字について ■
STEP6 ■ ストーリー ■

STEP 0  ■ はじめに ■
「講座」とかやると言うと、まるで十年も前から三国志好きだったかのように聞こえますが(え?そんなことはない??)私もまだ三国志にはまって二年しか経っていません。
それ以前の私は、横山三国志(漫画ね)を読んでも「いい大人がガキ取り合って・・何て話だ・・(注・献帝争奪)」という感想しか抱かず、NHK人形劇三国志の再放送を見ても「紳助若〜い」と感動するだけでした。

そんな私がこんなサイトを作るに至ったのは、一重に某コバルトの三国志小説かぜ江シリーズのおかげと言うかせいと言うか・・(爆)
#それでも普通ここには辿りつかんだろうと言うつっこみの余地は十分にある・・・。
何がきっかけで人生変わるか分かったもんじゃないと言う教訓ですね。

さて、今回は「超初級三国志講座」ということで、二年半前を思い出しながら出来る限り初歩的なことからご説明差し上げようと思います。
「全然超初級じゃないわ!!」という苦情がありましたら、ご遠慮なく翔田ますみ(メールフォーム)までどうぞ。
分からない所など教えていただければ、随時追加していきたいと思っています。
#ただし官職表を作れとか禅譲について三百字以内で説明しろとか、超初級でない質問は却下です(^^;;; そういう資料はネット上探せば結構見つかりますよ♪

こんな所に流れ着いたのも何かの縁、少しでも三国志に興味を持つきっかけとなってくれることを祈っています。

因みに本文中【姓名】【】【地名】【官職名等(諡含む)】という風に色分けしています。参考になさって下さい。


STEP 1  ■ 国と時代 ■
まず「三国志」が古代中国のお話であることを知らない方はいらっしゃらないと思いますが、正確にその年代を把握しているかと訊かれると「??」となってしまう方もおられると思います。
世界史の授業的に「三国時代」というと文帝曹丕(そうひ)を建てた220年からが滅びる280年までを指すようです。
その間約60年。しかも本当に三国が並び立っていたのは大帝孫権(そんけん)が帝位に就いた229年から劉禅(りゅうぜん)に降る263年のたった34年間です。

では一般的に「三国志」と名の付く物語は、どのような年代が書かれているでしょう?
今詳しく統計を取っている暇がないので、私の印象で言いますと(反論その他あると思いますが・・)黄巾の乱勃発の184年から五丈原丞相諸葛亮(しょかつりょう)が没する234年までというのが多いような気がします。
壮大なスペクタクルロマンを一人の英雄の死で終わらせるのは私としては尻切れトンボな気がしてならないのですが、世の大半の人々は諸葛亮が死ぬと「三国志は終わった」と思うらしいです。

最近ではファン層も多様化し、それぞれにマニアックに(笑)なって来た為、上記以外の年代や、またはその一部のみを取り扱ったお話も数多く出版されています。

と、このように説明されても、中国史自体になじみがないと見当が付きにくいと思いますが、超初級では「紀元三世紀頃のお話」と理解していれば十分だと思います。因みにこの時代の日本は弥生時代。卑弥呼の時代とほぼ同じです。

最後に基本中の基本。三国志の三国とは北の・南の・西の(方角はだいたい)です。


STEP 2  ■ 演義と正史 ■
「三国志」と銘打った催し物がある場合、九割方は古くから中国に伝わる講談の内容を羅貫中(らかんちゅう)が書物にした(羅貫中に仮託した共同ペンネームだという説もあります)「三国志演義(以下演義と略)」を取り扱っていると思ってまず間違いないでしょう。
演義は演義で探求すると面白いらしいのですが、残念ながら私はちゃんと読んだことがありません。
というわけで、うちのサイトで「三国志」というと陳寿(ちんじゅ)が記して裴松之(はいしょうし)が注を付けた「正史三国志(以下正史と略)」のことを指すと考えて下さい。
この両者の違いを簡単に言えば、演義が「小説」で正史が「歴史書」となります。

演義は小説であるため明らかな「創作」が随所に見られます。
まず劉備(りゅうび)が正義であるという、絶対的な決まり事があります。
私は歴史の正義は勝者が作るもの(つまり絶対の正義はない)と思っているので、どうもこの時点で演義を敬遠してしまいます・・。

なにぶん古い時代のことですし「真実はいつも一つ」といかないのが歴史の興味深さでもあるわけで、正史に書かれているから100%真実だとも言い切れません。それでも正史は比較的信憑性が高いとされています。

三国志を好きならどちらも一読して損はない書物ですが、入門書としてはおすすめしかねます。
なんせ「古典」で「中国語」です。全訳もありますが、やたらと小難しい単語が連発されます。
普段からよほどの読書量があって、読解力に自信がある人なら止めませんが・・少なくとも私はいきなりこんなの読まされたら三国志嫌いになってました・・(爆)


STEP 3  ■ 正史について ■
STEP2を読んでいることが前提です。
正史三国志は陳寿という歴史家が三国の次の王朝の官吏という身分で記した歴史書です。
司馬遷の史記などと同じく「紀伝体」で記されています。
中高校で漢文をまじめに勉強された方ならどんなものか分かると思いますが、漢文に興味がなかったり、私のように「漢文はパズルみたいで楽しいなぁ♪」と見当はずれの勉強をしていた人などはピンと来ないかもしれません。
取りあえず超初級なので、正史三国志には「本紀」と呼ばれる皇帝の章と「列伝」と呼ばれる諸将の章があるんだなぁと理解して下さい。

この「本紀」がくせ者でして、普通本紀とは一つの時代に一人分だけ立てるものなのです。つまりその王朝こそが正統なのですね。
しかし三国時代には三つの同等な王朝【】三人の皇帝【曹丕孫権劉備】が並び立っていたわけです。

陳寿は律儀な歴史家でした。(歴史家は大半が律儀なものなんですけどね)
三国志六十五巻を魏書三十巻蜀書十五巻呉書二十巻に区分し、それぞれに体裁としては「本紀」と呼べるものを作ったのです。

けれど自分がの官吏である以上、を正統としなければなりません。
#禅譲という概念がありまして、そう言うことになるのです。
なので、正確に言うと正史三国志の本紀は魏書にある武帝紀や文帝紀等のみとなります。(つまり他は「なんちゃって本紀」なのですね・謎)

私がよく薦める「孫堅伝」とは「呉書」の中の「孫破虜討逆伝第一」の前半部分のことです。(なんちゃって本紀と呼ぶには書かれている記事の幅が狭いです)

そして正史を語るのに外せないのが、裴松之の注です。
これは、陳寿の文章があまりに簡素なため、各地に散らばる異聞を中心に集めて、これを補足したものです。
時々はさまれる裴松之自身の私見が、賛否両論を呼びます。
#好き嫌いのはっきりした人なんですよ、裴松之って人は・・(苦笑)


STEP 4  ■ 正史批判について ■
STEP2STEP3を読んでいることが前提です。
三国志というのは、実に広く愛され、親しまれた物語です。
そして正史が成立した時代は、あまりに現実の「三国時代」と近すぎました。
#実際陳寿自身生まれは三国の一つなのです。
おまけに中国人にとっては聖人の代名詞諸葛亮の伝で「戦はあまり得意じゃなかった」と書いたものだから、当然のようにかなりの批判を受けます。

陳寿の父が諸葛亮に罰せられたから恨んでいるだの、列伝で誰の伝を立てるかを賄賂で決めただの、あること無いこと言われてしまったようです。

私は事実がどうであったか見てきたわけではないので何とも言えませんが、まず陳寿の父が諸葛亮に罰せられたことがあるのは本当のようです。
しかし、陳寿諸葛亮の手紙などを集めた書物を著したのもまた事実です。
会ったことないので(笑)陳寿がどんな人間だったか知りませんが、恨みを感じている相手の事を二十四篇十万四千百十二字も綴れんだろう・・と思うのは私だけですか??

最近でも「孔明様(諸葛亮)を悪く書くなんて!!かみそり送ってやる〜!!」(笑)という人を時々見かけますが、そのぐらいで怒っても良いのなら、呂蒙ファンはNHKに火を付けるぐらい許されてもいい気がする・・(^^;;;

とにかく、誉めてあることも、貶してあることも、自分の目で確かめるまでは鵜呑みにしないようにしましょう。諸葛亮伝は実に敬意を込めて記されています。

結局私は陳寿擁護派(別に私に擁護して貰わなくても良いだろう・笑)です。なぜなら正史の文台様(孫堅)は素晴らしく格好いいから・・


STEP 5  ■ 字について ■
孫堅孫文台が同一人物だというと、何だか変な感じがするかもしれませんね。
これは人の名前に姓と名、そして字(あざな)があるからなのです。
字は成人すると自分で付けたり、偉い人に付けて貰ったりするらしいです。これが、社会の中で通常使われる名前となります。

この時代の中国で「名」というのは憚られるべきものなのだそうで、皇帝などになると文字として記すことすらタブーとされます。

なので、名を呼べるのはその人の親か、主(帝)のみとなるわけです。
例え臣下であっても、ずっと年上の相手の場合は礼を重んじ字で呼ぶ場合もあるようです。

このような使い分けがあるため、普通名と字は同時には呼びません。
ただし最近は文面として孫堅文台などと記されることは、多々あるようですね。
#私はどうもむずむずするので間に「字」を入れるか字の方を()で括るかしますが・・。

因みに字は、名と関連のある文字が使われる可能性が高いようですが、必ずしもそうだというわけではありません。
「堅」と「文台」にどんな共通項があるのか、私には分かりませんし・・。
「文台は堅い物」とかいう理由だったら素敵すぎ・・・

「伯仲叔季」等を用い、兄弟の順番を明らかにする便利な(笑)字もあります。「太郎次郎三郎」みたいなものだと思って下さい。
#次男なのにイチローみたいなのってあったのかな・・??


STEP 6  ■ ストーリー ■
さて、肝心のストーリーですが「歴史」であるため様々な解釈があり、現在はいろいろな形でその世界を楽しむことが出来ます。
ゲームから小説、漫画まで、実に多種多様です。
ここで正史に基づいた年表を公開しても、きっと三国志の素晴らしさをお伝えすることは出来ないと思います。

図書館に行って検索用端末に「三国志」と打ち込んでみると、結構いろいろな本がひっかかります。
「朝香祥」「北方謙三」「陳舜臣」「吉川英治」等の作者でアンド検索をして好みっぽい本を読んでみると良いでしょう。

また、堅苦しいのはどうも駄目だとか、長い小説を読む時間がとれないと言う方には、光栄のお遊び系三国志本で楽しみながら三国志の知識を身につけると言う手もあります。
面白いエピソードを知り、人物に愛着を持った後なら、より楽しく小説などを読めること請け合いです。

また、人物をある程度理解してから小説などを読むことで、歴史物にありがちな「登場人物が多くて名前が覚えられない」「トピックスが多くて整理が付かない」という現象を回避できます。
#私はこれのせいで歴史小説は苦手だった・・どうせ猿よ、おいらの頭は・・。
つづく・・かもしれない

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