「雑賀住平井孫市郎藤原義兼」の墓がある平井・蓮乗寺 |
![]() 蓮乗寺山門 |
| □ 開基 □ 開基者
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| □ 守本尊 | |
![]() 鈴木孫市が、自己の守本尊を安置 |
当寺に伝わる「鈴木孫市郎義兼守本尊由来書」によれば、天正十年(1582年)の織田信長の鷺の森本願寺攻めのとき、鈴木孫市郎は負傷するが、肌身に付けていた阿弥陀如来本尊の御加護によって大事にいたらなかったことを感謝して、この阿弥陀如来御本尊を守本尊として安置したという。 |
| □ 鈴木(平井)孫市郎藤原義兼墓 | |
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鈴木孫市郎義兼の没年は、墓の主石に天正十七年(1589年)五月二日と刻まれている。この墓の主石は天保三年(1832年)五月上旬に第九代鈴木正因により新造されているが、台石は古い形式のものである。 この墓の主が、鈴木孫一重秀ということになれば、多くの謎が解けるが、残念ながら別人である。 この墓の主は、頭領の鈴木孫一重秀が不明になった後、残された鈴木一族を取り纏めた重要な人物であることは間違いない。 |
上記画像の掲載については、平井・蓮乗寺のご住職の鈴木 稔様( 幹事と同姓同名です。)の許可を得ています。また、画像の提供者は同ご住職鈴木 稔様です。当ホ-ムペ-ジの管理・運営についてのお問い合わせは、歴史浪漫(旧歴史ネットワ-ク)鈴木稔宛へお願い致します。 制作/企画 歴史浪漫 (旧歴史ネットワ-ク) 鈴木 稔 Copyright(C)2005.1.22 ~ @Hinet Suzuki Minoru' All Rights Reserved |