催眠療法の原点
十八世紀後半にメスメルは、星の磁気が人間に影響を及ぼす。磁石は放射線によって人体に影響を与えるという動物磁気説をふまえて、ある装置を作りパリで治療を行い成功していたが、フランス科学アカデミー委員会はそれを磁石は患者が磁化されているということに気づかなければ治癒をもたらさないことを発見し、その効果は患者自身の想像や信じることによると結論した。 このメスメリリズムは結局インチキということになってしまう。
その後現在でも使われることのある催眠誘導技法の一つである凝視法を開発したイギリスのブレイドという医師が催眠(hypnosis])と言葉付けした。他に医師エズディルなどは外科手術の痛みのコントロールに催眠暗示的な方法(無痛暗示)を用いてかなり多くの外科手術を行ったようである。この方法はエーテル麻酔が始まってすたれてしまったと言われている。確かに催眠トランス状態では痛みが軽減するし、エズディルが発見した術後のショックも軽減される点など非常に興味深い。しかし実際的な面で、誰でもが無痛を感じないくらいの深さに入れたわけではないだろうし、その状態に導く催眠誘導には手間もかかるので、ほとんどの人が確実に無痛になるエーテル、クロロフォルム麻酔のほうが便宜性が高かったわけである。
ブレイドは暗示によって被験者に影響を与えるということや、一つの観念に注意集中させることで被験者の知覚野を狭くすることであると催眠を解説した。ここに今現在まで続く催眠の概念化が始まったと言える。
フランスの医師リエボーと神経学者のベルネイムは協力して多くの患者に催眠療法を行い研究を深めベルネイムは「暗示について」を文章化して発表し、その中で催眠の基礎は暗示であると言った。また同じくパリの神経科クリニックのシャルコーはヒステリー症状を催眠によって作り出したり出来ることからヒステリー患者のみ催眠状態に誘導できると結論付け公表したがそれほど時を得ずしてベルネイムの暗示説の正しさを認める。
精神分析の創始者であるウィーンのフロイトは十四歳年上のブロイエルと親しくなり彼からヒステリー症例のアンナ・Oの治療例を聞き興味を持ったがその後パリに行きシャルコーに催眠を学び時を経て再度パリに行きリエボー、ベルネイムに催眠を学んでおり初期の頃は催眠療法を行っていた。そして1895年にブロイエルとともに「ヒステリー研究」という本を出したが、そこに臨床心理学界では一番有名であるアンナ・Oの症例を報告した。この時ブロイエルが発見し現在でも通用する治療法となっているのがカタルシス法(浄化法)である。しかしブロイエルはアンナ・Oの激しい転移に対処しないまま中断に近い感じで治療を終結している。
その後フロイトは催眠をやめて自由連想法を用いながら例えば無意識というものを想定したように人間心理や神経症を概念化していき精神分析療法を発展させていく。
1900年にチューリッヒの精神病院の助手となったユングもまた初期の頃は催眠療法を用いて治療を行っていたがやはり催眠療法はやめてフロイトの考えに同調し一時はフロイトと師弟関係を結部までに至りながら最後は独自の分析心理学を発展させていく。ユングは催眠療法でなんだか分からないうちに治癒してしまうことが耐えられずに催眠療法をやめたと言っている。
フロイトとユングの両巨匠とも心理構造を分析し人間心理を深層心理学として構造化していく方向を歩んだわけだが両人ともに基本は自分自身を見つめ意識化してそしてそれを基にしてその心理学をうち立てていったのである。
オスカー・フォークトは1895年から1900年にかけて精神生理学的な観点から催眠の研究を重ね学術雑誌に発表していくがそのなかで治療的暗示を施す前の中性的な催眠状態が健康に有効であることを見いだした。またフォークトは自己催眠を行うことで気分が和らいだり疲労や緊張が軽くなることがわかり精神予防的休息と呼んだ。
そしてシュルツはそのフォークトの研究結果を参考に1920年頃から自己暗示的な方法で中性的な催眠トランス状態に入れるようにと自律訓練法の開発研究を進めて1932年に自律訓練法-集中性自己弛緩-として著書を刊行する。
催眠状態における治療的な状態に入ることを目的とした自律訓練法は自己催眠の一つといえるがシュルツの著書の副題にもあるように結局は心理的生理的な弛緩(リラクゼーション)状態を作り出すということである。また体系づけられていてだれでも段階をおって練習を積み重ねられるように構成されている。
シュルツの弟子であるルーテは自律訓練法を自律療法へと発展させたがその精力的で非凡な研究成果は五冊の大著として出版されている。そしてその研究内容には今後の大脳を中心としての様々な心理生理学研究に役立つヒントが数多く含まれているように思われる。
またエミール・クエ(1857-1926)はリエボーとベルネイムのいた町ナンシーで催眠を学んび覚醒における自己暗示法を考案した。その方法はクエイズムとも呼ばれポジティブシンキングの元祖といえる。
フロイトの精神分析学が広がりを見せ、またその他様々な心理療法理論や心理治療方法が生み出されるなど心理学の発展が盛んになるが催眠療法自体はフロイトに拒否されたものということで用いられなくなったようである。
それが第一次世界大戦で数多くの戦争神経症患者の心理治療方法として催眠療法も用いられるようになる。英国のハドフィールドは催眠状態で精神分析を行う催眠分析と呼ばれる手法を考案するがそれはブロイエルのカタルシス法のより洗練されたものといえる。
・・・今後に続く・・・
