ウルトラライトプレーンへのお誘い


−ある秋の日−

 DrifterXP503の操縦席に座り、滑走開始点に到着した私はいつものように軽い緊張感を感じながらゆっくりとスロットルを全開まで押し込んだ。主翼後方に置かれた40馬力の2サイクルエンジンのうなり音とともに機体が前に押し出される。強烈なプロペラトルクの反動で右を向こうとする機体をラダーで押さえつけながら加速を続ける。10秒足らずで離陸速度に達し、スティックを静かに引く。機首があがり主輪が地面から離れると同時に、それまで地面からの震動で激しく踊り狂っていた対気速度計の針が静かに50マイル/hを指し示す。高度200フィートで緩やかな30度バンクで左旋回。下の土手から手を振っているのは小学生だろうか。こちらも軽く手を振ってあげると嬉しかったのか今度は両手を振り始めた。


 少年の頃パイロットに憧れた人は少なくないでしょう。私もパイロットになって飛行機を操縦したいという夢をもっていました。しかし大抵の人は成長とともに、より現実的な選択をするようになりパイロットに本気でなろうとする人はごくわずかです。そういう私もごく普通の会社員になりました。しかし飛行機を操縦してみたいという願いは常に頭の片隅に小さくそして頑固に残っていたのです。しかし軽飛行機にせよモーターグライダーにせよ私にとっては経済的にも時間的にも手の届かないものであることもわかっていました。だが、ある日ついに知ってしまったのです。軽飛行機よりはるかに手軽に空を飛べるウルトラライトプレーンの存在を。アルミとダクロンで作られた重さ百数十キロの機体、わずか40馬力のエンジン。これも航空法上の航空機なのです。空中浮遊物に分類されるハングやパラとは違います。軽く小さいがゆえに飛行の制限も厳しいですが、まさに私が望んでいた、飛行機を操縦したいという憧れを満たすことの出来る、そして現実に手の届くところにあるものだったのです。


 高度500フィートから徐々にスロットルを絞りながら高度を落とし、着陸点に向けて旋回しながら降下。滑走路中心線に進路をあわせファイナルアプローチに入る。滑走路脇に並んだ色とりどりの機体が目にまぶしい。失速しないよう対気速度を維持しながら降下を続ける。やはり飛行機の操縦で一番難しく、そして一番楽しいのが着陸だ。高度を落としながらスロットルをアイドルにし、接地直前にフレアーをかける。未熟な自分にしては滑らかに着陸が決まって無意識に口元がゆるむ。速度が落ちたところでUターンしようとした瞬間さっきの土手の上の小学生が目に入った。よく見ると少し離れたところに乗用車とお父さんの姿。こっちを熱心に見ている。なるほど本当はお父さんが見に来たのか。きっと子供に飛行機を見せてやるとかいって、本当は自分が一番見たかったんだろうな。こちらを見つめているお父さんの目はきっとパイロットに憧れた少年のころのように輝いているのだろう。私は食い入るように私と機体を見ているお父さんの姿に昔の自分を重ね合わせながら心の中で呼びかけていた。

− あなたも少年のころの夢をかなえて見ませんか −

 

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