1998.10.28 日本1−0エジプトを見る

 

 トルーシエ新監督になって初めての公式戦に、日本代表が挑んだ。何でも新しい日本代表には、新しい選手が何人もいて、4年後のワールドカップに向けて発進したとのことだ。

 この新監督、今までの監督にも増してさらに胡散臭い監督である。悪く言うようだが、何、悪いのは監督の手腕の問題ではない。今までいくつかのメディアでは言われていたことだが、この監督が仕事に就くに至った経過が胡散臭いのだ。

 「白い魔術師」なんて呼び名が、トルーシエが監督就任を噂されはじめたころから、そこここで聞かれるようになっていた。確かにそんなような呼ばれ方をしていたらしい。なぜ、そんな呼び名がついたのか。なんのことはない、主に黒い人達の間で仕事をしてきたからである。

 トルーシエは、この間のワールドカップの前から、アフリカ大陸の代表チームを率いて成功してきた監督だ。大雑把に言ってしまえば、身体能力ばかり高くて戦術能力の低い選手達に規律と戦術を導入することによって成功してきた、といえる。御覧の通り、日本に来ても規律を植え付けるために代表選手の遅刻に対する罰金を定めたりしているようだ。もっとも日本人の技術、身体能力の低さには辟易しているようだが。

 どこに胡散臭さがあるかというと、かねてから言われていた、「日本に詳しい監督を」というサッカー協会の基本方針にある。あの話は一体どこに行ってしまったのか。「アフリカ通」と評されるトルーシエ監督は、決して「アジア通」でも「日本びいき」でもない。トルーシエと日本のつながりは、彼の師と言われているベンゲルを通した、間接的な物しかみあたらない。

 まさにそこにサッカー協会の狙いがある、というのが、一部マスコミの論調であった。あの名古屋グランパスをあっと言う間にトップクラスのチームに作り替えたベンゲル監督が本当の狙いだが、ベンゲルは今イングランド・プレミアリーグのアーセナルで成功を収めているため、日本側のオファーを断ったのである。そのため、アーセナルとベンゲルの契約がきれるまでのつなぎとして、ベンゲルの教え子トルーシエを、という考えである、といわれている。失礼な話もあった物である。

 言うまでもなく、サッカーはビジネスの側面をもっている。ヨーロッパで今大きな話題になっているスーバーリーグ構想では、その側面が大きくクローズアップされているが、確かに「金になる」物だけに仕方のない側面もある。クラブやサッカーを取り巻く環境が「カネ、カネ」と言ってはばからないのは、ある程度当然の帰結でもあるのだ。

 ヨーロッパや南米の国々において、サッカーは重要な文化であるところが多いし、それを享受している国民も多い。日本人が思っているほど全ての人がサッカー狂なわけではないが、日本人が思っている以上にサッカー文化が定着しているのだ。だからこそ彼らは、その背後に見え隠れするビジネスとしてのサッカーもよく知っている。

 どんな物でも金銭的に置き換えるという壮大な野望をもっている日本人がこの側面に意外に疎いように感じるのはどうしてだろう。よくわかっている人もいる。そういう人はちゃんと利益を上げているのだから。

 監督としての力をある程度評価されている人物が、アジアの小国で監督をするメリットはそう多くない。世界的なサッカーの底上げ、自分の力に対する新たな挑戦、自分の評価のつり上げ、などである。ただし、そんじょそこらの代表監督をするよりも、ヨーロッパなどの一流クラブの監督をする方が、金銭的にも、名声的にも比べ物にならないくらい得る物が多い。もっとも日本の代表監督なら、多少金になるのかも知れないが、それはわからない。

 さて、今プレミアで大成功しているベンゲル監督だが、この調子で行けば、クラブ側が契約を延長してくることもある。あれだけ優秀な監督なだけに、十分あり得ることである。着任当初は「フランスから来たホモ監督」なんて酷評すら得ていたベンゲルだが、今ではダブルクラウンのチームを率いる名監督である。そのベンゲルが、わざわざ地位と名誉と金を捨てて、日本に来るだろうか。もしかりにベンゲルがアーセナルを首になったとしても、ベンゲルを雇いたがるクラブチームは他の国にもあるだろう。日本の代表監督を引き受けるメリットはほとんど無い。

 ジャマイカをワールドカップの舞台に連れていったシモンエスは、今ではジャマイカの英雄である。サッカーにまつわる、サッカー先進国では当たり前のシステムをサッカー後進国に導入し、必要な練習をさせただけである。もちろんシモンエスは優秀な監督であるが、果たしてこれからどうだろう。ブラジルの次期代表監督にシモンエスをという声がなかったわけではないが、ブラジルの監督にシモンエスがなると思った人はほとんどいないだろう。ジャマイカの英雄の監督としての評価はその程度である。仮にベンゲルが日本の代表監督になり、ベスト8入りさせる、という奇跡を起こしたとしても、欧州でのベンゲル株が大いにあがる、という事態は考えにくい。そのベンゲルを呼び寄せる自信がどこかにあるのだろうか。

 日本がサッカーで列強に互するようになるにはずいぶんと時間がかかる。だが、そのための投資はあまり多くないように見える。先を急ぐあまり、意地になってワールドカップ開催国に名乗りを上げ、コンセプトも定めずに、先を見ることもせずに代表監督を招聘する。なんでなんだろう。

 「カネ」である。人口の少ない日本で、サッカービジネスを成り立たせるには、常に目先に人参をぶら下げておく必要がある。それもなるべく、一見美味しそうな人参である必要があるのだ。農薬を使い、色を付け、形を整えた不自然な物でも、もうけるためには仕方がない。人がサッカー熱を忘れるのに、そう時間はかからない。それを防ぐためには、多少の無理もやむを得ないのである。果たしてこんな試みが日本のサッカーの成功に結びつくのか。それは、100年くらいあとに生まれてみないとわからないかも知れない。

 そんなわけで、日本代表に試合について書いているはずが、試合の内容について全く触れていないのであった。でもいいのだ。そんなにたいした試合ではなかったのだ。これでいいのだ。

 

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