1998.11.30  ロベルト・バッジョ.2

 

 俺がセリエAのお気に入りチームを探し出したのは、つい何年か前のことだ。情報が豊富な日本のサッカーと違い、世界のサッカーを知るには、好きな選手、好きなチームを作るのがなんと言ってもいい方法である。

 パルマのファンである友人に対抗すべく、強力な相手を捜した俺だが、ここで悪い癖が出た。そもそもパルマが好きな友人の趣味からしてちょっと癖がある。その頃セリエAで強いチームと言えばなんと言ってもユベントス。ついでA・Cミランが日本では名が売れていた。パルマと言えばイタリアのパルマ地方のチーム。要するにイタリア国内でもなかなか全国的な人気を得にくいチームだ。今でこそカンナバーロ、テュラムという世界レベルのディフェンダーをそろえ、優勝候補に名前の出るチームになったが、その頃はまだ新興勢力で、選手層も薄く、一発勝負になるカップ戦での強さがやっと話題になりはじめたくらいのチームだったのだ。

 友達と同じチームのファンになるのは面白くないから、パルマは当然避けることになる。日本で名の売れているユーベ、ミランも当然だめだ。強いとわかっているチームを応援しても、張り合いがない。インテルは実はイタリアでも人気のある全国区のチームで、その頃は今一つ成績が伸びなかったものの、実は伝統的な強豪チームなのだが、そんなことは微塵も知らなかった。

 その頃、インテルにベニート・カルボーネというイタリア人選手がいた。知名度は決して高くないが、名門インテルで背番号10を背負い、いいプレーを見せていた。セリエAダイジェストで此の選手を見た俺は、一発で気に入ってしまったのだ。

 元々俺は背番号10に弱い。サッカーなんて全然解らない頃、最初に好きになった選手はベルディで10番を背負っていたラモスだし、過去の偉大な選手達を知っても、「10番」という響きにはたまらない魅力を感じたものだ。チームの中にあって攻撃のタクトを揮い、相手の意表を突く創造的なプレーで、FWにパスを送る。豪快だったりテクニカルだったりする素晴らしいゴールも楽しいが、俺にとってサッカーの醍醐味はなんといってもラストパスにある。それは今でも変わらない。

 インテルの10番、カルボーネのプレーは俺の好みに合っていた。深く知っていくうちに、もっと優れた10番タイプの選手が大勢いることを悟る俺だが、最初に惚れ込んだ印象は大きい。なんと言っても知名度が低いところが俺の心をくすぐるのである。

 かくしてカルボーネにつられてインテリスタになった俺だが、ショックなことにカルボーネはそのシーズン後、イングランドプレミアリーグのシェフィールド・ウェンズデイというチームに去ってしまったのである。応援しているうちにインテルが気に入っていた俺は今更応援チームを変える気はなかったが、インテルのフロントに対しての不信感がこのころに芽生えたのはたしかではある。ビッグクラブにありがちな納得のいかない選手の移籍はいまでもある。

 さて、バッジョの話だった。

 ワールドカップで復活を印象づけたバッジョは、インテルへと移ってきた。ビッグクラブから見捨てられた彼が、再び優勝をねらえるチームに戻ってきたのである。ちょうどこの時期インテルは、昨シーズンに獲得したロナウドを中心に、優勝候補の筆頭にあげられるくらいのチームになっていた。

 ワールドカップの後のシーズンは難しい。特にビッグクラブになると、時に状況は深刻である。クラブが強豪であればあるほど、そこにはワールドクラスの選手が多数存在するわけで、彼らは昨シーズンの終了後、休む間もほとんど無くワールドカップを戦っている。コンディションは良くないわけだ。おまけにチームでの練習をしても、ワールドカップ組の選手は疲労がたまっていたり、まだチームに参加していなかったりで、スタメンクラスの選手の戦術浸透度も高くはない。

 そんな中、インテルも開幕から苦戦した。リーグ戦に加え、日本の天皇杯にあたるコパ・イタリア、さらにはチャンピオンズリーグの試合にも参加しなくてはならず、疲労の抜けきっていない選手が酷使される。いくら選手層が厚いとはいえ、スタメンクラスの選手をほとんどはずして勝ち抜けるほど簡単ではないのだ。

 開幕戦に出場したバッジョも期待ほどの仕事はできず、すぐに怪我をしてチームから離れてしまう。おまけに頼みのロナウドも、ワールドカップで崩した体調が回復せず、本調子になれない。だいたいこのクラスの選手の多くは、常に多少の怪我を抱えたまま強行出場させられ、おまけに相当の結果を要求される。案の定、ロナウドもすぐに怪我でチームを離れることになってしまった。

 なかなか選手が揃わないインテルは、リーグ戦、チャンピオンズリーグの両方で、苦戦する。こうして前回書いた、追いつめられてのレアル戦を迎えたわけである。

 インテルはこの試合のために先のセリエAの試合でロナウドを温存。首位のフィオレンティーナに敗れている。満を持してロナウドを先発させてレアル戦に臨んだが、そのロナウドも怪我開けで、体調は万全とは言えない。徐々にコンディションをあげているところである。

 しかしそのロナウドのシュートを足に当てたサモラーノのゴールで、インテルが先制。だが、レアルに追いつかれ、チャンピオンズリーグ、絶体絶命、のピンチである。

 ロベルト・バッジョが交代出場してきたのは、こういった場面である。期待されてインテル入りしたバッジョだが、怪我等の理由でチャンピオンズリーグ初出場である。国内のリーグ戦での出場も決して多くないだけに、調子は必ずしも良くないはずだった。

 ところがそのバッジョが、試合終了を間近にして、追加点をあげる。混戦の中で目の前に来たボールを冷静にシュート。キーパーも辛うじて足に当てるが、ボールはネットに吸い込まれ、インテルのホーム、ミラノのスタジオジュゼッペ・メアッツァに歓喜が爆発する。スター故のプレッシャー、大きな期待に苦しんだバッジョのすばらしいゴールに、この試合を録画しなかった自分を悔いるのも当然のことだ。

 ロスタイムにはそのバッジョが追加点をあげる。後方からのロングパスを綺麗にトラップし、GKをかわしてシュート。バッジョの「らしい」ゴールに、観客は最大級の歓声で応えた。

 インテルに来たロベルト・バッジョという選手が、今シーズンどれだけチームに貢献してくれるかは解らない。今までの所、彼がスターの名にふさわしい利益をチームにもたらしたのは、これが始めてと言っても良いくらいである。もちろんシーズンはまだ始まったばかりだし、これからも十分に期待できる。だが現時点では、開幕からほぼほとんどの試合に出場して尽きない闘志を見せるサモラーノや、主力の不在を見事にカバーし、イタリアの未来に夢を持たせた若手の新進ストライカー、ベントゥーラの活躍もすばらしい。

 それでいてなお、バッジョがこれだけの感動を与えるのはなぜか。彼が背負っているドラマ、出場が少ない故の、活躍のインパクトの大きさ、それに彼自身のカリスマ、高い技術。要因はたくさんある。俺が強調したいのは、この期待を背負ったバッジョという選手が、これだけの大舞台でめざましい活躍を見せる、その勝負度胸、や能力、それを超えたところにある、スター性なのだ。

 期待を背負って結果をなかなか出せない選手はいっぱいいる。スポーツは賭事の対象となったりもするし、ビジネスでもあることは以前にも書いた。だがそれにとどまらず、人々に夢や興奮、喜びを与えるものでもあるのだ。そういったスポーツの側面を、かれらは見事に表現している。そして彼らが大仕事をやってのけたとき、人々は惜しみない拍手を送るのだ。

 大舞台で活躍できる運の強さ。それもある。だが大事な一戦はここだけではない。クラブチームやイタリア代表の試合で、バッジョがビッグゲームに間に合わなかったり、結果を出せないこともあった。だが、その卓越したパフォーマンスで見事がドラマを作ったとき、自ずとその試合が大舞台として記憶される。そういう力を持った選手が、確かに存在するのだ。スポーツを見る理由の一つが、そこにある。

 

 

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