1999.3.1  中田について

 

 中田がイタリアサッカーリーグセリエAのペルージャに移籍してシーズンの半分が過ぎた。日刊スポーツには毎日のように中田のコーナーがあって、凄まじい扱いぶりだ。最近はカズまでがクロアチア・ザグレブに移籍したために、日刊スポーツもページ組みが大変だろう。

 今回の中田のペルージャ移籍で、世界のサッカーがどれほど日本に近付いたのか、どこかできっちり調べてもらいたいと思っている。ワールドカップのあの恥ずべき惨敗のあと、日本のサッカー熱が一気に冷めていったように、中田の話題性もずいぶん減ってしまったように感じる。フジテレビのペルージャ戦放送も無くなってしまったようだ。

 開幕以降、日本での注目と反比例して、イタリアでの中田の注目度は上がっていっているのではないだろうか。ペルージャはセリエAの中でも弱小チーム。選手層もさほど厚くはないし、なんと言っても昨シーズン、セリエBの4位で決定戦の末辛うじて昇格できたチームだ。いちばんの目標は残留すること。一部リーグであるAにあがって、何とか戦い続けてAに残ることが目的のチームだ。その中で中田が果たしている役割は非常に大きい。上っ面の評価だけでなく、中田の選手としての実力がもっと話題になってもいいはずだ。

 日本はサッカーのレベルが低いと言われ続けて、日本自体に変なコンプレックスでもあるのか、日本人が海外のリーグで活躍する事に、一種の胡散臭さが漂ってしまっている。世界の一流に仲間入りしたわけではなくても、ヨーロッパのチームで戦力になっているアジアの選手は当然いるし、そういう選手が日本から出てきてもおかしくはない。今のJリーグを見てみても、技術的には通用するような選手がいくらかはいる。決して眉唾でも、ジャパンマネーが目的でもない。

 日本選手が海外でプレーするときに不利なのは、一つに日本自体にサッカーをする国としての知名度がないこと。もう一つは、メンタリティーにある。

 選手はチームにとってコマの一つであるだけでなく、オーナーから見れば商品の一つでもある。世界的に有名な選手がたくさんいれば、それだけ客がスタジアムに見に来るし、スポンサーにつく企業への宣伝効果もある。ヨーロッパの強豪国にいる「期待の若手」と称される選手に比べて、中田は必ずしも劣ってはいない。中田クラスの選手がいくらでもいることだろう。その選手と比べたときに、「将来日本サッカーを背負って立つ選手」と「将来イングランド代表の中核にもなりうる選手」ではどちらの方がアピールがあるだろうか。

 中田は日本にいる頃から選手としてのレベルは高く、今では数段うまくなっている。ペルージャにはもったいないといわれてもおかしくない。来シーズンどこか有名なチームに移籍したとして、そこで例えばフランスのジダンの後継者といわれるような選手とポジション争いをしたとする。客が見たいのは、2002年のワールドカップ、偶然当たった予選グループで対戦することになるかもしれない日本の司令塔より、もしかしたら決勝リーグで、場合によってはその後ヨーロッパ選手権で、将来的にはチャンピオンズリーグなどのヨーロッパのカップ線で強敵のチームの一員として見ることになるであろう選手のほうだ。中田はそのフランスのなにがしよりも同等の、あるいはそれ以上のパフォーマンスを見せる必要がある。

 中田がイタリアで今のような成績を出しているのは、本当に偉大な業績と言っても良い。ヨーロッパの選手でさえ、言葉も違い、文化も生活も、もちろんサッカーのスタイルすらも違うイタリアに来て、一年目から活躍するのは難しいと言われている。カズのような海外経験のある選手ではなく、初めての海外でいきなりイタリアのトップリーグに参戦。直ちに高い評価を得るのは、技術的なレベルだけでは到底不可能なことだ。言葉も半分くらいしか通じないような仲間達、新しい生活、経験したこともほとんど無いようなプレッシャーの中で、あれだけのマイペースを貫けるのは、並大抵のことではない。サッカーに限らず、同じ年代の人が外国で仕事をするとして、それだけの業績を上げられる人がどれだけいるか考えてみて欲しい。

 イタリアのような、サッカーが人生のほとんど、といった人種が多数存在する国では特に、選手達にのしかかるプレッシャーは計り知れない。サッカー選手としてプレーの面での要求だけでも、日本とは段違いである。Jリーグよりも遥かに高いレベルのサッカーのなかで、常に厳しく勝利を要求され、さらによりよいプレーが要求される。ふぬけた様なプレーで試合に敗れても、ファンが暖かく迎えてくれる様な環境ではないはずだ。Jリーグほど金がもらえるわけではなく、その上EU以外の外国人枠を一つ使ってしまうわけだから、並の貢献度では許されない。どんなにいいプレーを見せても、次の試合が悪ければ観客から容赦のないブーイングを受ける。もちろん味方のサポーターからだ。敵のサポーターに関して言えば、そのプレッシャーはより厳しく、辛辣だ。

 中田のような、気まぐれイタリア人にたまたま目を連れてもらえた選手はまだ幸運な方だ。選手の実力はともかく、先に述べたようなマイナス面を抱えた上で、それでもこの選手を自分のチームに欲しい、と思ってもらえるような日本人選手は少ない。プロのサッカー選手として認めてはもらえず、少ない給料の中でサッカーを続けてきた日本リーグ時代の選手ならともかく、たいした実力もないくせに高い金を取る若い選手達がレベルアップするためには、例えば岡野がアヤックスの試験を受けに行ったように、一からのスタートのつもりで厳しい環境に耐えていかなくてはならない。それができる選手がどれだけいるだろうか。今の生活を続けていても、十分な給料がもらえて、サッカーを続けることができるというのに?

 今、海外でプレーをしたり、その機会を得るために戦っている選手が何人かいる。そのうちの1人の選手が、日本の若い世代の代表の練習に参加して、その落差に驚いたという。人並みの生活をするにはサッカーで食っていくほかないと考えているブラジルの貧民層の子供達ではなく、ヨーロッパに国々においても、サッカーを続け、生きていく難しさを人々は知っている。その生存競争の厳しさを知り始めた選手が増えるのはいいことだ。それを知らないのは選手を雇う企業や、ファン達の方だ。ヨーロッパや南米のサッカーチームは、日本のプロ野球の選手が憧れる夢の舞台大リーグではない。それは、職業としてのプロフェッショナルサッカー選手として生きていくための、知恵と経験の宝庫である。日本が将来レベルの高いサッカーリーグ、文化を持つためには、今の選手が凄まじいほどの苦労と苦しみを味わう必要がある。日本はサッカー後進国である。サッカー選手として生きていきたいならば、日本ではなく、海外でプレーをするほうが生き延びることができる。あるいはそんな状況になれば、逆説的に日本のサッカー環境がよくなることになるのかもしれない。今のままでは、日本のサッカーを見るより海外のサッカーを見るほうがよっぽどおもしろい、という状況は変わらなくなってしまう。

 

 

 

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