誕生日

 フラフープが欲しい、と聖美が言った。22の誕生日のプレゼントに何が欲しいか、と聞いたら、
彼女はそのかわいいちっちゃい目を輝かせてそう言った。彼女は僕のガールフレンドの中でも特別変わった娘なので、この歳になってそんな子供のおもちゃを欲しがっても驚いたりはしなかっ
たが、それでも一応聞き返した。

「なんで今更そんなものが欲しいんだい?あんなもんで気持ちよくなるのは子供だけだろう。もっと面白いのがいっぱいあるのに。」

 フラフープについているMDW発生装置は、ごくごくちゃちなやつで、本当に子供用に作られている。僕らにはもっと効果の強いものが許されている。

「ううん、違うの。」

僕は、彼女のこういう生気に溢れた、打てば響くような反応が好きだ。

「なんにもついてない、ただの輪っかのやつ。あれを回すだけで面白いのよ。それに、パパが、昔はみんなそうだったって言ってたわ。」

 僕は彼女のこの屈託の無さが嫌いだ。「パパ」なる人が本当の父親なのかどうか全く分からない。彼女は邪気の無い澄んだほほえみを浮かべて、平気で嘘をつける。

「へえ、信じられない。MDW付きのやつならやったことあるけど、あれ無しで浮き上がるように感じたり、夢見ごごちになれるとは思えないな。」

「別にそんな気持ちにはならないけど・・・。誠一には分からないのよ。とにかく私はあれが欲しい。」

聖美は言い出したらきかない。僕は彼女の・・・まあいいか。
 
 僕ら偉大な人類にとって、娯楽の意味は明白になっていた。要は、楽しむことで高揚したり、癒されたりする心の状態が作られることが重要なのだ。そしてそのために作られたのが精神興奮波、マインド・ドラッグ・ウェーブ(MDW)だ。小さな穴がいくつも開いた、細い5センチくらいの鉄の棒みたいな機械から放射される波動によって、僕らは娯楽から得られる幸福感を容易に味わえる。
 
 最初は機械も大きなもので、全身がすっぽり入る棺桶みたいな形をしていた。これに入ると、一時間もかからずに、丸一日たっぷりと遊んだような充足感に満たされる。人々の、レジャーに費やされる時間が大幅に削減され、しかも混雑や天候による不都合、どこかに行ったり帰ったりする面倒も心配する必要がない。これが僕の祖父たちの世代。
 
 やがてそれが、ヘルメットのついたリクライニングチェアみたいな形のイスになり、気軽に、どんな時でもすぐ楽しめるようになった。これなら、一人で暗い棺桶の中に入らなくても、みんなで一緒に楽しめるし、しかも簡単に手に入るようになって、より一般的な娯楽の形になった。これが僕の父たちの世代。
 
 そして僕たちの世代には、MDWはさらに便利になった。いつもイスに座っているだけではあまりにも味気ないので、様々なものにMDWがつけられるよう、発生装置が小型化されたお陰で、今ではどんな娯楽道具、場所にもMDWがある。だからで僕らはいつでもどこでもハッピーだ。
僕が聖美の希望を叶えるのにどんなに苦労したことか。フラフープどころか、MDWのついていない遊び道具なんてものは今では考えられない。遊び道具とはいえない欠陥品だからだ。僕はおよそ関係のなさそうなネットにまで潜り込んで探したけれど、結局は見つからず、製造会社に頼んで特別にMDWをつけずに売ってもらった。
 
 その会社の眼鏡をかけた細身のおばさんは、ずいぶんいぶかしげな顔をしていたし、何に使うのか、と3回も尋ねられた。最後には、楽しくないからといって文句を言いに来るなよ、と婉曲に言われ、おまけにずいぶんお金がかかった。全く今の時代では、ちょっとでも規格からはずれたものを求めると、とんでもない苦労を強いられる。でもこれもすべてはかわいい聖美のため。仕方がないよね。
 
 念願のフラフープを手に入れたときの聖美のうれしそうな顔。MDWつきのジェットコースターに僕と乗っているときだって、こんなに幸せいっぱいの彼女を見たことがない。彼女は早速包装を破ると、目を離した隙にMDWが取り付けられてしまうんじゃないかと心配しているみたいに、その輪っかを回し始めた。不格好に失敗しながらもすぐにはしゃぎ始めた彼女の顔には、MDWを使っているときによく似て異なる表情が浮かんでいる。

「誠一もやってみない?」

 とんでもない。MDWもついてないそんなもの疲れるだけで、ちっとも楽しく無いじゃないか。僕がいやがると、彼女はもう僕の方を見ることすら惜しんで遊んでいる。

「何でそんなに楽しそうなんだい。」

「何でだと思う?」

 僕が訪ねると、彼女は少し間を置いてからそう言って、不思議な魅力の笑みを見せただけだった。僕はそんな彼女が好きだ。