星(3)
お久しぶりです、先生。以前最後にお会いしてから相当な時間が経過してしまいました。それでも私は先生が私の事を覚えてくださっている、という自信があります。だからこそ私はこの手紙を書いていますし、先生だけには真相を知っていただきたい、と思うのです。
先生、私は先生の教え子であった頃から、あまり良い生徒ではありませんでした。私は自分と他の生徒との違いが分かっていました。私には、彼らのようなただひたすらにひたむきな真摯さが欠けていた。ですが、今からやろうとしている事はそんなこととは比べようもない悪い事です。私は罰せられるべきかもしれません。しかし誰に?地球の神様の手は最早私には届きません。
この手紙は私が事故で死ぬ2日前に書かれています。ですが私は本当は生きています。
これから起きる事になっている事故(先生にとってはもう起きているでしょうが)は、私がしくんだ物です。本当は私が他人の思惑に便乗した物ですが。私の計画が上手くいっていれば先生はもうお知りになっていると思いますが、あの宇宙船はある企業によって爆破される事になっていました。私はそのことを大切な友人であり、もちろんこの壮大な宇宙事業の一員でもあるユキコから聞いて知りました。その時にある計画を思い付いたのです。それを利用して私のかねてからの希望を成就する事ができる。
先生は覚えていられるでしょうか。まだ小さかった私が、夜空を見上げてどんなことを願ったか。暗い空に手を伸ばす赤子のように、私がその星々の一つを望んだ事を。先生には子供の他愛無い幻想のように感じられたかも知れません。しかしあの願いは、その情報を得た瞬間に急に現実味を持ったのです。
船には私のほかに3人のクルーがいます。彼らは年齢も国籍もバラバラですが、長い訓練期間の間に私たち皆が非常に親密な関係になった事は、不思議ではありませんでした。彼らは私の人生で最後の、そして最高の友人達でした。皆誇り高い高潔な人物で、しかも存分に刺激的な人物でした。私たちの会話は、隅から隅まで、まるで電気が流れているように充実していましたし、全員が全員の人生と思いを共有しているようにすら感じられました。同じ夢を抱き、これからの人生をおそらく共にするであろう絆が、私たちを強く結び付けました。そしてお互いがお互いを欠けがいのないもののように必要としていました。
私たちは私たちの持つ孤独さにも共感を持っていました。宇宙船の開発、発射に関わる全てのスタッフ、地球の管制の人々などと、我々はつながりを持っています。それでも私たちはどこか隔離されたような環境にいましたし、いずれはその誰とも別れて、我々だけで一つの危険、恐怖に立ち向かわなければならない事を知っていたのです。そしてそのような立場にたどり着くまでにも、我々は孤独な戦いを強いられてきました。この船のクルーに選ばれるために、私たちは多くの友人をライバルとみなさなければならなかったのですから。
ユキコに聞いた話と、私の計画を伝えた時、彼らは一様に驚きの顔を見せましたが、それでも彼らを説得するのにほとんど時間はかかりませんでした。それどころか、最後には、彼らの顔に笑みすら浮かんでいたのです。もちろん、彼らの人生における偉大なチャレンジが失敗に終る事については皆残念さを隠し切れませんでした。それでも、自分達への自信と爆発事故を仕掛けた人々への怒り、そして何よりも私への共感が、彼らを最終的な回答へ導いたのです。
私たちの船が大気圏を出た頃、私は「偶然に」爆発物を見つけ、仲間と非難ポッドで脱出しようとし、私だけ「偶然に」船の中に残されてしまいます。そして、今回の事故がある会社のしくんだ物である、という明白な証拠が、地球に戻った船長のミルコビッチによってもたらされるでしょう。私とともに、船は地球の人の手も、そしてその肉眼も届かぬところで爆発します。
実際には私達は爆発物を処理し、ポッドのモニターと地球のカメラに向けて爆発の映像を送ります。全ては作り物の映像で、その送信元は私とともに太陽系の外へ向けて旅立ちます。私だけの星を求めて。
この、ちゃちで、それでいて大掛かりな作戦を見ぬける人物などおそらくいないでしょう。私はこの結末に満足しています。ミルコビッチの言葉を借りれば、「誰一人として少なくとも不幸にはならない」と思えるからです。
私は先生が教師でなくなってしまったいきさつを、昨年亡くなった母に聞きました。あの若かった先生が、いつのまにか時代の背中を見つめる人になってしまったのは残念ですが、同時に先生があの時のままの人である気がしてほっとしたのも事実です。
先生。進歩した機械文明は、確かに便利な物です。おかげで今回のような素晴らしいいたずらができたのですから。でも私は新しい私の星でその助けを借りる事はほとんど無いでしょう。自分の力と自然の力が私の支えになるはずです。なぜなら私にも先生の気持ちが分かったからです。もし可能なら私は自分の力で、私の星まで飛んでいったでしょう。
私の言葉が先生の元に伝わるのはこれが最後でしょう。私は一人で行き、子孫を残すことなく一人で死んでいくでしょう。それでも私は満足しています。幼い頃の無邪気な夢が実現したのですから。
先生には、私の星はきっと見えないでしょう。でも私には地球が感じられる。そしてもし私が地球に帰っても、私の星がどこにあるのかきっとわかる。他の星々とは違う、紛れも無い私の星なのだから。
大人になったらもう一度先生にお目にかかりたいと思っていましたが、そればかりはかなう事はないようです。でもきっと先生は許してくださいますよね。どうぞ、お元気でいらしてください。
限りない感謝を込めて
ケイン・マッキンジー
P.S.
私の最後の友人の一人、ユキコはこの事を知りません。彼女は私にとって、仲間のクルー達と同じくらい大切な友人でした。ですがそれ故に、逆に、彼女には真相を伝えることができませんでした。彼女は何よりも、私が一人で旅立ってしまうことを許してはくれなかったでしょう。先生から教えてあげていただければうれしいのですが。勝手な言い草ですが、そんな形が丁度良いような気がするのです。
手紙を読み終わった後、私は素晴らしい教え子ケインのために祝杯をあげた。今度の酒は甘く、私の心を安らげてくれた。