読み週記 2月

 

 

第一週(2/1〜2/7)

 ほとんどを家の中で過ごす毎日。外出する機会を作らねば、とうまいこと理由を付けて、駅前の書店へ。奇妙な名前が前から気になっていた泡坂妻夫『亜愛一郎の狼狽』(創元社)を買う。評判を聞いていたが読む機会がなかった山田風太郎を探したが、見つからなかったので、駅のそばの別の本屋に向かい、山田風太郎『甲賀忍法帖』(講談社)を買う。表紙の絵を天野喜孝が描いていると知ってびっくり。

 翌々日に再び同じ本屋へ。こちらもかねてから気になっていたピーター・ラヴゼイに手を出す。ラヴゼイの小説は何冊も出ていて、一冊目を買いたかったのだが置いていない。仕方がないので置いてある中では一番はやい、『マダム・タッソーがお待ちかね』(早川書房)を購入する。一冊だけでは物足りない気がしたので、直木賞受賞記念ということで、宮部みゆき『パーフェクト・ブルー』(創元社)も仕入れる。「これが宮部みゆきの原点だ!」という帯にひかれる。

 『亜愛一郎の狼狽』は奇妙な短編ミステリーだ。主人公のキャラクターもどこか不自然な気がして、かといって嫌な気持ちはしない。トリックも謎解きに至る論理の構築も、急だったり無理があるような気がして、ミステリー愛好家の素人が書いた小説のよう。作者の処女作も収録されているが、なるほど、まだまだ何か足りない。ただ不思議な魅力があって、人によってはこれを「将来性」と表現するかもしれない。ペンネームで期待したほどのユーモアはなかったので、ちょっと残念。

 『甲賀忍法帖』は、なんだかむちゃくちゃな話だった。伊賀と甲賀10人ずつによる戦いの物語で、エンターテイメントに徹したような小説。読みやすく、様々な忍者達の得意技のアイディアなどは面白いが、どうも僕の好きなタイプの小説ではなかった。

 ラヴゼイはなかなか読み応えがあった。少しずつ事実が明らかになっていく過程は、オーソドックスなミステリーの一タイプ。無理なく進むし、時代的な描写もうまい。ただ、どんでん返し、という意味ではどうか。半分くらいの段階で、オチがやや読めてしまった感がある。もう一冊くらいは試してみたい気もする。

 

第2週(2/8〜2/14)

 縁あってあるHPで文庫の紹介コーナーを始めることになった。有り難い話だ。だからというわけではないのだが、本屋に行っても文庫の棚ばかり熱心に見ている。地元の本屋で面白い単行本を見つけるとなると一苦労だ。あまりのんびり読書ができるわけではないので、かえって文庫は読みやすくてよい。寒い夜も布団から腕を出すだけで読めるので、大変よい。便利な本である。

 ついこの間直木賞を取ったばかりの宮部みゆきがそろそろ気になりだしたので、一冊ばかり手に取ってみることにする。前々から良く名前は見ていたのだが、「日本人」、「女性著者」という何度も痛い眼にあってやや敬遠しがちのファクターが2つも揃っていたため、どうも手が出せなかったのだ。

 「今日は宮部みゆきなのだ」と息巻いて本屋に向かう。一度紹介したことがあるポール・ギャリコ『猫語の教科書』(ちくま書房)が文庫化されているのを発見。なんと、こんな本が文庫になるとは思っても見なかった。写真入りの本だったし、と思って見てみると、なんと写真もちゃんと載っている。ちくま恐るべし。

 今また猫の時代が来たのか、と思いつつ、一冊目が意外に面白かった「トラ猫ミセス・マーフィー」シリーズの第2弾、リタ・メイ・ブラウン/スニーキー・パイ・ブラウン『雪のなかを走る猫』(ハヤカワ文庫)を買う。ふと隣を見ると、前に一度読んであんまり面白くなかったロアルド・ダールの本を見つける。あんまり面白くなかったくせに、和田誠のとぼけたイラストに誘われるようにロアルド・ダール『王女マメーリア』(ハヤカワ文庫)手に取ってしまう。やっぱりイラストの力は大きい、と再確認。

 文庫の棚をぶらぶらと歩くといよいよメインイベント、宮部みゆきのコーナーを発見。さすがに直木賞受賞直後だけあって、しっかりそろえられている。あまりにたくさんあるので悩んでしまったが、「これが宮部みゆきの原点です」と書かれた帯のついた『パーフェクト・ブルー』(創元推理文庫)に決める。背表紙を見ると「犬の一人称という斬新なスタイルで、社会的なテーマを描く」とある。ううむ、なにやら面白そうではないか。

 『雪のなかを走る猫』は、全作同様十分に楽しめた。こちらも主人公の1人は猫で、一人称ではないが、猫のしてんの描き方がうまい。本当に猫がそんなに頭がいいか、という問題はともかく、「猫的」と思わせる筆力は十分だ。アメリカの南部にある小さな田舎町、という設定はしばしば眼にするが、住人のほとんどが顔見知り、というコミュニティは実に面白い独特のシチュエーションで、町ぐるみで人々を感じることができるので便利だ。続き物になると、前の感から引き続き出ている人物がわかりやすく、なおかつさらに掘り下げていく過程がスリリング。ただミステリーの場合、2冊目になってから出てきた登場人物が犯人である可能性が高いので、その辺のやり方が難しい。まだまだ続きが読みたいと思う。

 愉快などんでん返しが待ち受ける短編集、ダールの『王女マメーリア』は可もなく不可もなく、といったところ。ストーリーテリングのテクニックはさすがといえる。「小説の本当の上手さは短編でわかる」という説もあるそうだが、その辺ダールには余裕すらうかがえる。「物語」の基本として、押さえておきたい。

 さて、今週の目玉、宮部みゆきである。はっきり言おう。俺は騙された。今回手にした『パーフェクト・ブルー』は、宮部みゆきのデビュー長編である。このあと宮部みゆきがどんどん面白くなっていった、という可能性ももちろんあるだろう。ただこれを読んだ段階では、なんでこの人がこんなに評価されるのかわからない。「社会的なテーマ」なんてのも特に目新しくもないし、第一主人公である元警察犬のマサの造形が最悪である。人物一人一人にほとんど深みがないし、会話も洗練されてない。もちろん面白くない、売れるわけがない、とは言わない。読んだのが小学生か中学生の頃だったら面白かったかもしれない。小説界に対する貢献度で考えても、赤川次郎のほうがよっぽど頑張っている。他の作品を読んだわけではないので、あまり言えないが、『パーフェクト・ブルー』に関して言えば、宮部みゆきはいらない。

 一緒に買った週刊少年ジャンプ(集英社)を読む。ジャンプはもうすっかり少年漫画誌のキングではなくなってしまったが、それもそのはず。面白いマンガが減ってしまった。常時人気のある連載が2、3本はあるが、他のマンガがいまひとつ。興味のある点と言えば、荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』がいつ終わるのか、ということだ。最初の頃は読んでいたが、今はほとんど読まなくなった。果たして今題名になっている「ジョジョ」は出ているのか、ということについて聞きたい。ついでに『封神演義』をマンガで読みたいと思ったのは誰なのだ、ということも聞きたい。

 読む文庫本が無くなったが、何となく本屋に行く気がしなかったので、友達に借りた五木寛之『青年は荒野をめざす』(文春文庫)を読む。今更五木寛之を読むことになるとは思わなかったが、先の読めない展開につられるようにして読む。若いジャズプレーヤーの主人公がジャズの本質、そして自分探しのために旅に出る、というお話。当時のジャズが好きな日本人の姿がかいま見える辺りがどきどきさせる。時代は変わり、ジャズも、日本人のジャズの見方もずいぶん変わったのではないかなぁ、と思う。俺がいちばん好きな女優、イングリッド・バーグマンがスウェーデンの人であった、という驚き意外に、特に新しい発見はなし。

 

 第3週

 読む時間がなくなって来ている。危機的状況だ。ちっとも本を読まないような気がするので、本屋に行くことも少ない。第一本屋に行くと、買わなくても時間を使ってしまうので危険だ。今週は、カート・ヴォネガット・ジュニア『母なる夜』(早川書房)、篠田節子『美神解体』(角川書店)、ジョン・ダニング『死の蔵書』(早川書房)を購入し、そそくさといえに帰る。無理はいけない。

 ヴォネガットは昔から家に何冊もあるので、かえって順番をバラバラに読んでしまって後悔している。どうせなら発表順を追って、少しヴォネガットの活動を歴史的に追ってもよかった。同じ様な試みは当然されているけれども。話は、第2次大戦で、ナチの広告塔として、アメリカ批判や人種差別的な訴えを行った人物の半生記の様な形で進む。いちばん明快な主張を小説の一番最初に書いてしまっているため、出来はいまいちといったところ。読み終わったあとに、同じ本が家にあることを知ってショックを受ける。いちばん大きな教訓は、「家の中に同じ作者を好む人がいる場合は、本を買うときには注意すべき」ということだった。

 『美神解体』は直木賞作家篠田節子のホラー小説。ねじれた悲哀にまつわる物語だが、これもさほど面白くない。篠田節子がホラー作家だとは知らなかった。去年出版された『弥勒』(講談社)はなかなか読ませる本だったが、あれがホラーなのかどうかよくわからない。ここから得られる教訓は、「ジャンル名に惑わされない」ということだ。

 ジョン・ダニング『死の蔵書』はなかなかの秀作。稀覯本のコレクターであり、相当の本好きでもある主人公の刑事が古本街の殺人事件を追う物語なのだが、物語の前半で、あれよあれよ、という展開から、意外な方向に主人公が進んでいく。シリーズ物として3冊目まで日本では出版されているが、2冊目以降の人物紹介は読まずにまず1冊目を読むべき。本に対する愛情は、読み手に共感を抱かせること間違いなしだ。書評子へのアピールは十分すぎるくらいあるだろうから、ある意味ではずるいとも言える。もちろんミステリーとしてもしっかりしていて、面白い。早速続きを読むとしよう。

 来週はほとんど本が読めなくなりそうな雰囲気。困ったものだ。

 

第4週

 忙しければ忙しいほど、本屋にあしげく通ってしまう。他の所に行けないからだ。思いもよらない事態に、一同びっくり。向ヶ丘遊園に行ったときに読む本が無くなってあわてて本屋に駆け込む。ここから家のある駅まで本無しになってしまったら、退屈に押しつぶされて暇人のペースト状になってしまう。思ったよりも大きな書店だったのだが、そこでブコウスキーの文庫版を見つける。まさかブコウスキーを文庫にするとは思わなかった。早速購入。

 週に何度も顔を出してしまう駅前の書店で本を買う。こういう客が何人くらいいるのか、是非書店員にアンケートを取ってみたい。これだけしょっちゅう顔を合わせていたら、店員と友達になっても良さそうな感じだ。

 先週読んだジョン・ダニング『死の蔵書』(早川書房)の続編『幻の特装本』(早川書房)もおもしろい。色々な専門世界の奥を覗かせるような作品は、その世界のディープな部分が描かれているほどおもしろい。作家や出版者を描く本はあるかもしれないが、装丁者にまつわる小説はあまり聞かない。伝説の装丁者の残された作品を巡るこのミステリーのいちばんの売りはそのこだわりを感じる装丁のエピソードにある。職人の時代を感じさせてくれるのが嬉しい。

 ジェイムズ・セイヤー『地上50m/mの迎撃』(新潮社)は驚嘆すべき決闘が描かれたサスペンス。この本の売りはなんと言っても最後の対決シーンにとどめをさす。この人達はどこかおかしい。色々な極限状態を描く本があるが、その中でもかなり印象的な世界になっていると思う。いい味を出している主人公の家の子供達が、もう少しうまく書けていればよかったとも思うが、なに他はどうでもよろしい。

 文庫でお目見えのブコウスキー『町でいちばんの美女』(新潮文庫)にはびっくり。なんと、ブコウスキーがSFらしき物を書いている。ブコウスキーがそんなものまで書いているとは思わなかった。ただ、すばらしくおもしろい、というほどではない。ブコウスキーはとにかくもっと長編が読みたい。しかも自伝的でない完全なフィクションのをもっと書いて欲しかったと思う。そして詩集をさらに翻訳すべきだ。訳者の解説で青野聰がブコウスキーを訳す難しさを書いている。「ブコウスキーは原書で読んだほうがおもしろい」とは良く聞く話で、確かに全く違う感覚を覚えるかもしれない。ただ見つけるのが大変だし、見つけたら見つけたで、今度は俗語辞典が必要になる。こういうもどかしさを外国文学好きはしょっちゅう味わうことになる。しかたがない。せめて詩くらいは原書で読むべきかも。

 デクスター・ディアスの『誤審』(角川文庫)には意外な面白さがある。イギリスのリーガル・サスペンスはそんなに多くないのではないのだろうか。ハリウッド映画で見慣れたリーガル・サスペンスに比べると、また違う趣がある。話自体はまだもう少し向上の余地あり、といったところか。僕好みのイギリス風ユーモアが満載なのがよい。

 『週刊少年ジャンプ12、13号』(集英社)を流し読み。そろそろジャンプはやめてもいいかも、と思いながらもずるずると続けてしまう。定期購読してるマンガ雑誌が1紙くらいないと、楽しくないような気がするのだ。かといって他のに変えるのも面倒だし。扱う題材が斬新な、ほったゆみ/小畑健『ヒカルの碁』がおもしろくなりそうな予感。どれくらい人気があるのかが興味深い。13号では高橋陽一が新しいサッカーマンガ『−蹴球伝−フィールドの狼FW陣!』の連載を開始。『キャプテン翼』を超える様なものができるのかどうか疑問だ。全作よりも本当っぽい話にはなると思うが、果たしてどうか。表紙の絵に出てくるボールにナイキのマークを入れるのはやめて欲しかった。

  いつが発売日なのか全く知らず、気付くと本屋の定期購読者用の棚にひっそりと納められている『本の雑誌』(本の雑誌社)を読むと、さらに欲しい本が増えて困る。購買意欲を不当にかき立てる点に置いては『Swing Journal』(スイングジャーナル社)と並んで迷惑である。編集の都合上「新刊めったくたガイド」に紹介されている本が既に新刊でなくなってしまい、時には近所の書店では買えなくなってしまっているのも困る。

 電車で読もうと思い続けていたせいで少しずつしか読み進めなかったリチャード・ペレグリーノ『ダスト』(ソニーマガジン社)の残り半分を一気に読む。先の展開がどうなるのか予想の難しい本だったが、読んでみるとそれほど意外な展開ではなかった。『本の雑誌』のガイドでは科学者像など、あまり高く評価されない部分もあったが、十分に面白い本だ。SF通の読者にはどうかわからないが、少なくとも門外漢の僕にはおもしろかった。著者自身が科学者であるだけに、リアルさと説得力はさすが。個人的には科学者達の議論のシーンがお気に入り。ちなみに後書きもまた楽しい。

 『ワールド・サッカー・ダイジェスト4月号』(日本スポーツ企画出版社)の注目は、将来のインテルの軸になって欲しいと心から願うピルロのインタビューと、帰ってきた天才グァルディオラのインタビューがいい。グァルディオラは本当に頭のいい人物らしい。ピルロはとにかく頑張って欲しい。来シーズン、本当にリッピが来るとすると、ちょっとやばいかも。これ以上いい選手を放出しないように願うばかりだ。リッピ就任もどうかと思うけど。

 ようやく少しゆとりができてきたので、文庫以外の本にも手を出せるようになってきた。これからがおもしろくなりそうだ。