『台湾通信』編集後記

<2007年3月9日付>

○元宵節に毎年開催される台北ランタン祭りをのぞいてみた。会場となっている中正紀念堂の公園は、人でいっぱいである。今年は中国的に言うと「ブタ年」で、メインランタンは大きなブタだった。周囲にも多くのランタンが飾られている。こうした様子はいつもと変わらないが、今年が違うのは公園の一方にそびえ立つ白の大理石の壁と青瓦の屋根を持つ中正紀念堂が、来年は恐らくもう違う名前になっているだろうということだ。この巨大な建造物の正面に掲げられている「中正紀念堂」の額を、思わずカメラに収めてしまった。来年のこの時期には、名前が「台湾民主紀念館」に変わっているはずだ。この公園は、敷地の左右にある国家戯院、国家音楽庁の2つの大型ホールと共に台湾民主紀念園区と名付けられることになる。

○2月28日は228事件紀念日。1947年に発生した台湾市民と国民党軍の衝突事件で、本省人と外省人の亀裂の原因となった。今日においても傷跡は深く残っている。この日はまた、台湾の人たちが蒋介石・元総統を思い起こす日でもある。陳水扁総統は今年の2月28日を前に開かれた228事件60周年国際学術シンポジウムで、「蒋介石が228事件の元凶であることはほとんど疑いがない」と指摘し、元凶である蒋介石・元総統を祭る墓陵と中正紀念堂の存廃について、政府が段階的に処理すると表明した。この発言で、陳水扁政権が中正紀念堂の廃止を決意したことが分かった。これに続いて蘇貞昌・行政院長は、将来は台北市の中心にイギリスのハイド・パーク、ニューヨークのセントラルパークのような市民が近付きやすい空間が出現するだろうと語ったが、これは中正紀念堂の周囲に設けられている外塀を撤去することを暗示したものと受け止められた。結局、名前の変更は確定し、外塀については反対が強くて保留となっている。

○蒋介石・元総統といえば、台湾の人たちは特別な、しかも各様の思いがある。228記念公園で228事件記念碑の開幕式が行われた日、碑文が刻まれた重い金属のプレートがはがされ、池に捨てられていたことを思い出す。蒋介石・元総統の事件に対する責任が明確に書かれていないとして、不満を持った人たちがいたのだ。一方、蒋介石・元総統の逝去記念日に、以前勤めていた国民党の放送局の職員の1人として、遺体が安置されている桃園県慈湖まで参拝に行ったことがある。国民党の人たちにとって、蒋介石・元総統はまさに神様だった。かと思うと、国民党と共に台湾に渡ってきて国民大会代表という国会議員を務めていた外省人から、蒋介石・元総統に台湾まで連れてこられたことを恨む言葉を聞かされたこともある。

○蒋介石・元総統を「228事件の元凶」と位置付けることについては論議が起きているものの、神格化された1人の政治家を普通の人間に戻すことには、台湾ではあまり異論はないようだ。そのために、国民党系の人たちから当然のごとく起きている中正紀念堂の名称変更反対の声は大勢となり得ず、なし崩し的に事は進んで行く。このため焦点は外壁を壊すかどうかに移ってしまった。税金の無駄使いだという論議だ。これは確かに論議として成り立つ。この外壁は、今回改めて触ってみたが非常に頑丈にできている。紀念堂本体と同じ白壁に青の瓦で、雨の時にはこの下を散歩できるから便利だ。だが、これが中国の宮殿を想定した封建的権威の象徴であることは間違いなく、公園内への出入りを極端に不便にしていることもこれまた確かである。2つの大型ホールに出入りする部分については、すでにとっくの昔に取り壊されている。人間は常に変化を拒否しようとするもので、市民の60%は取り壊しに反対という世論調査の結果が出ている。台北市民にとって見慣れた懐かしい風景であることも間違いないのだろう。ただ私としては、ここが歴代総統の記念館に模様替えした場合、真ん中に鎮座する巨大な蒋介石像がどう取り扱われるのかの方に興味があるところだ。(早)



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