『台湾通信』編集後記

<2007年4月20日付>

○草山行館で去る7日、火災が発生した。この建物は日本統治時代の1920年に台湾製糖が、皇太子時代に台湾を訪れた昭和天皇を迎えるために建てたという歴史的なものである。それはともかく、この建物は蒋介石・元総統を思い起こさせる。1949年12月、国共内戦に破れた蒋介石が台湾にやってきて、最初に官邸として住んだのがここだったという。1969年以降、使われなくなっていたが、台北市が文化施設として修復し、2003年から一般公開されて市民の憩いの場となっていた。この「行館」というのは台湾各地にあって、今は一般公開されているところが多いが、もともと蒋介石・元総統が宿泊施設として使用してきた建物である。かつては自由に立ち入りもできない神秘的な場所とされることが多かった。1人の元首のためにこうしたものが各地に設けられるというのは、当時がどのような時代だったのかを物語っている。 ○この火事は、今のところ放火の疑いが強いという。火災が発生した同日、桃園県の大渓にある別の蒋介石の行館でも、「228事件の元凶」という文字が赤ペンキで書き付けられる事件が起きた。今年の228事件記念日に当たって、陳水扁総統が蒋介石を228事件(1947年に発生した台湾市民と国民党軍の衝突)の元凶だと指摘したことから、「脱蒋介石化」が進められている。蒋介石を祭る中正紀念堂の名称変更もその1つだ。さらに高雄市では、中正文化中心(現在は高雄市文化中心)に鎮座していた蒋介石の銅像が撤去されたが、その際に銅像が復元不可能にまで切り刻まれた。こうしたことを見ると、台湾の人々の間に蒋介石に対する恨みがいかに強く残っているかを感じさせられる。蒋介石は国民党、そして国民党政権の統治階級だった外省人を代表するものであり、その恨みは決して蒋介石個人にとどまるものではない。その恨みは、個人対個人の問題ではなく、族群(エスニック・グループ)同士の間に存在するものだ。このためより抽象化されて存在しているからやっかいだ。 ○草山行館火災の翌々日、たまたま上海で古い同僚の外省人に会った。私が知り合いを通じて紹介してもらう人は、どうしても本省人が多くなる。バランスを取るために外省人を探してたどり着いたのが彼女だった。作家として中国で活動している彼女は、2002年に台湾に見切りを付けて上海に渡った。李登輝時代から台湾の将来を憂慮し、政権交代後の混乱でもう台湾には希望がないと思った。典型的な外省人の意識だ。上海にマンションを買い、台湾には両親がいるから定期的に帰ってはいるが、生活の基盤は中国に移した。その彼女が草山行館火災を見て、「もう外省人は台湾から追い出される」というのである。そこで「台湾には希望がない」と言う彼女と、「希望がある」と言う私は、ずいぶん時間をかけて討論した。彼女は、「外省人はこの本省人の恨みを知らないし、理解しようとしていない」という私の指摘に興味を持った。 ○私は、これが外省人の最大の問題であり高慢だと指摘した。表面的には融合しつつあるように見えるが、実は外省人と本省人の溝は深い。外省人として李登輝・前総統を嫌うのはいいが、その背景にある李登輝世代の本省人たちの心の声を理解しているのか。加害者である外省人が、謝罪しないまでも本省人の恨みを理解しなければ、和解はあり得ないだろうと指摘した。彼女は私の話を聞いて、まだ台湾でやるべきことは多いと感じたようだ。彼女は国民党の軍人だった父親を持ちながら、当時の反体制的なメディアだった『自立晩報』紙に入り、政治記者として活躍したことがある。現在の民進党政権の関係者の多くとも面識がある。それなのに本省人からこのような指摘を受けたことがなかったという。会ったとたんに台湾への失望を語った彼女だが、「私も台湾人」と語るように、失望はやはり台湾への関心に裏打ちされている。最後に、「台湾に失望している自分が正しいか、希望を持っているあなたが正しいのか。これからも互いに観察を続けてみよう」と約束して別れた。中国にいる台湾人の彼女が、これから台湾に何を語り掛けるのか、楽しみである。(早)



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