『台湾通信』編集後記

<2007年7月27日付>

○先日、近くの行きつけの食堂に入ったら、日焼けして精悍(せいかん)そのものの体つきで、その上に派手な刺青をした男が女性と2人で食事をしていた。ちょうど彼の隣の席しか空いていなかったので、そこに座った。あまりじろじろ眺めると失礼かと思ったが、彼が袖なしのシャツを着ているので、いやでもクモの巣を描いた刺青が目に入る。どのような素性の人なのか、当然のこと本人には聞かなかったが、思い出したのは減刑条例である。7月16日に施行された減刑条例は、陳水扁総統が提案したもので、今年が228事件60周年、戒厳令解除20周年に当たることを記念したものだ。これにより、刑務所にいた1万2000人ほどが出所した。

○台湾の人口は2300万人ほどだから、今、2000人に1人が出所したばかりの元受刑者ということになる。考えてみれば恐ろしいことである。さっそく、多くの市民から批判の声が巻き起こった。減刑が実施されて喜ぶのは、受刑者とその家族くらいのもので、多くの人は治安の悪化におびえなければならない。それでも減刑を実施した陳水扁総統の説明は、「刑期を満了して出所したか、仮釈放された元受刑者の再犯率は40%だが、減刑によって釈放された元受刑者の再犯率は16〜19%にとどまっている」という過去の統計上の数字を根拠としたものだった。減刑を受ければそれに恩義を感じ、再び罪を犯す人は少ないというわけだ。また減刑によって、受刑者は6万4000人から5万人余りに減少することになるから、税金負担も軽減されることになる。

○陳水扁総統の説明も、聞いてみるともっともなことだ。それで無事に終わればめでたいことだが、そうはいかなかった。減刑条例が施行されてから7日目の23日、台湾大学植物学科の謝煥儒・副教授が、学校に向かうためいつも通り自転車で台北市馬場町河浜公園に差し掛かったところ、減刑条例によって刑務所から出てきたばかりの楊振堂・容疑者に殴打され死亡するという事件が起きてしまった。2人はまったく無関係で、長期的に薬物を使用して精神的に不安定だった楊振堂・容疑者が、たまたま通り掛った謝煥儒・副教授に殴りかかったという。この事件は台湾社会を震撼させるに十分だった。こればかりでなく、減刑が実施されて23日までの8日間で、27人の元受刑者が薬物使用、強盗、殴打などの事件を起こした。またなんと元受刑者のうち14人もが薬物使用で死亡した。出所して自由になったため、長く使用していなかった薬物を急に使用したので、体が負荷に耐えられなかったのが原因だそうだ。謝煥儒・副教授を合わせて減刑がらみの死亡者は15人となった。

○せっかくの陳水扁総統の思いも、事件が起きてしまえばおしまいだ。記念の意義も消えうせてしまった。最近の陳水扁総統の政治は、どうも歯車がかみ合わないことが多い。食堂での私の横の刺青の男は、普通に食事をしていたので、彼が元受刑者なのかどうか分からない。そうなのだとすれば、再び犯罪を犯すことのないよう祈らざるを得ない。しかし、こんな刺青で堅気の仕事に就けるのか心配になる。ちなみにわたしたちのオフィスのビルの隣には台湾更生保護会、つまり元犯罪者の自立、社会復帰を支援する組織の本部がある。

○猛暑が続いているが、ここのところ朝は少し涼しくなった。自宅からオフィスまで歩いて10分ほど。少し前まではオフィスに着くと汗だくだったが、このところそうでもない。今朝は一瞬、さわやかな風を感じた。(早)



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