『台湾通信』編集後記

<2008年06月20日付>

○釣魚台(尖閣諸島)の近海で台湾漁船が日本の海上保安庁の巡視船に衝突されて沈没した事件。台湾では大騒ぎだった。国民党の立法委員や統一派メディアが大いにたきつけ、日本に対して過激な発言が相次いだ。よりによって、馬英九政権が誕生して統一派が盛り上がっている時期にこのような事件を起こさなくていいものを、巡視船も余計なことをしてくれたものだ。こんな騒ぎの時期、日本人はやはりおとなしくしていた方が良い。この事件で外務省が海外安全情報を出して注意を呼び掛けていたが、この問題の本質が台湾の「国内問題」である以上、さすがにこれは的外れだったよう。ただ、時と場所によっては確かに注意が必要だ。過激な人はいるものである。

○この事件、馬英九総統が「平和解決」の方針を示したことで、突然メディアからほとんど消えてしまった。軍艦も派遣されないことになったため、新しい話題が途絶えたからだろう。この釣魚台問題、もともと台湾では統一派、独立派という政治的立場を示すリトマス試験紙である。あるいは「踏み絵」である。今回の場合も、この事件に対してどのような対応を示すかで双方の政治勢力が対立した。最後の方では、当事者であるはずの日本は「蚊帳の外」の状態になっていた。特に日本に対して好意的な発言を行っていた独立派長老の許世楷・駐日代表が、統一派から批判を受け、もともと同代表を任命した民進党がそれに反発した。そのような下地があるのだから、この問題に火は付けないほうが良い。

○日本では、中国寄りの馬英九政権が誕生したことで、台湾の釣魚台問題あるいは日本に対する態度が変わったとの解釈が伝わっているが、これはどうもこじつけのようである。釣魚台問題での紛糾はこれまで何度も繰り返されてきたことである。台湾にとってはもともと懸案であり、内部での見解の対立がある。今回も、その構造に大きな変化はないようだ。日本に対して強い批判を展開する人は以前からそうだし、逆の人も以前からそうだ。大部分を占める無関心な人も、相変わらずだ。馬英九政権だから盛り上がったというわけではないだろう。むしろ馬英九総統の態度は、それまでの釣魚台問題に対する「一戦もいとわず」という強硬な態度から一転して、慎重な処理に徹していた。それが強硬派の不満を招き、そうした「世論」のプレッシャーに合わせて外交部長などが強気の発言を行っていたが、この問題の処理方法に対する政権の基調はそうではなかったようだ。

○国民党立法委員の質問に誘導される形で、劉兆玄・行政院長が立法院で日本との「開戦」も否定しないという発言を行った。これを聞いていたある本省人(戦後からの台湾住民とその子孫)は、「外省人(戦後に台湾に渡ってきた中国大陸出身者とその子孫)の頭の中はみんなそんなもの」とつぶやいた。確かに外省人は、昔、中国大陸で日本と戦争をしたことがあるから、一戦も辞さず、ということなのだろう。過去の記憶は、それがご先祖様のことであっても消えていないのかもしれない。「日本に対する経済封鎖」「日本製品不買」などの話も出ていたが、ある友人は「どっちがどっちを封鎖するの」とつぶやいた。この種の過激な話は目を引きやすいし、日本人としては頭に来るだろうが、当事者の立場に引きずりこまれないよう、少し距離を置いて冷静に眺めていた方が良さそうだ。

○さて、釣魚台問題はもともと主権問題である。日本と中国(中華民国、中華人民共和国)との間の主権である。この主権問題、双方の主張が違うのだから、戦争ででも決着しない限り永遠に解決することはない。「釣魚台を守ろう運動」の関係者に話を聞いたこともあるが、その主張は理屈が成り立つから、妥協するはずがない。非常に面倒だ。主権問題といえば、台湾と中国との間で続いているのも主権問題だ。解決は難しい。前の陳水扁政権はこれで関係をこじらせて窮地に立たされた。そこで馬英九政権は、主権問題の棚上げによる現実問題の解決を目指している。それがここのところ頻繁に登場する「92年コンセンサス」である。つまり「1つの中国、各自解釈」だ。台湾も中国大陸も「1つの中国」に属していることを認め、主権問題は棚上げにすることで、実務交渉を可能にしようという方法だ。これが政権発足後の直行チャーター便、中国人観光客の台湾訪問の実現につながった。

○「中国に飲み込まれる」との批判を受けながら、それが歓迎されているのは、主権は食べていけないが、実務問題は金になるということだ。陳水扁政権は釣魚台問題を主権問題と切り離し、漁業権問題として実務的な解決を図ろうとしたが日本が建前論を盾にして応じなかった。台湾で政権も変わったことだから、ここで台湾と中国の関係と同じように「1つの釣魚台(尖閣諸島)、各自解釈」で、実務的に解決してはどうだろう。現在は、台湾からも行けないし、日本からも行けない状態だ。いつまでもこれでは、せっかくの主権も利用のしようがない。(早)



このウエッブサイト(URL: http://www.iris.dti.ne.jp/~taitsu/)において公開されているドキュメント及びデータは、特に明示されている場合を除き、その著作権は通達翻譯出版有限公司にあります。無断複製、転送、配布、転載を禁じます。
Copyright(C) 通達翻訳出版有限公司『台湾通信』 <taitsu@ms17.hinet.net>