| <2008年08月15日付> |
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○北京オリンピックの開会式。さすがに派手だった。オリンピック始まって以来で、これからもおそらくないだろうといわれる規模である。しかもハイテク力と人力を尽くしてのアトラクションは見事だった。権威主義的な政権だからできるのだなどと悪口を言われながらも、これだけのことをやれる国、やろうとする国は、現在の世界で中国以外にないだろう。ただ、それほどのイベントをやっているのに、いろいろと考えさせられてしまって素直に見ていられないのが残念である。それはともかく、この開会式に対する台湾での反応はさまざまのようだ。台湾と中国の複雑な関係と、現在の国民党・馬英九政権の中国傾倒政策の中で、このイベントをどう見るかはそれぞれの人の政治的意識がどうしても絡んでくる。ある友人は、以前のオリンピックなら台湾の選手についての話が中心だったが、今回はメディアでの報道も、台湾の名称がどうのこうのといった政治がらみのものが多く、選手はそっちのけなので残念だと指摘する。 ○もちろん、台湾と中国との関係うんぬんを抜きに、芸術性と技術に対して純粋に素晴らしいと高く評価する人もいる。その一方で、台湾アイデンティティーが強い人は素直に見ることができない。皮肉の1つも言いたくなるのは人情だろう。「チャイニーズ・タイペイ」という台湾チームの英語名称を、台湾式の「中華台北」にするか、あるいは中国式の「中国台北」にするかが問題になったように、こうした国際的な場では中国の陰に隠れて台湾は屈辱を感じないではいられない。国名だけでなく、自分たちの国旗も国歌も使えないのである。前政権である民進党の陳水扁政権は、北京オリンピックの聖火リレーが台湾を通過することを拒否したが、理由は中国が台湾を「中国の一部」だとして扱うことにある。台湾の人たちにとっては複雑な思いのあるオリンピックである。 ○あれほど注目された開会式について、「まあまあだね」という友人は、「張芸謀(開会式の総監督)の映画は、お金がない時に撮った作品は素晴らしいけれど、お金をたくさん使って撮ったものはだめだ。そうでしょう」と、巨額の金を掛けた開会式を皮肉った。ただ、ある独立派の男性は、開会式のテレビ中継を見て「くだらない」などと文句を言いながら、スポーツファンだけにそれぞれの試合になるときっちりと見ているという。それが現実のようだ。開会式のように中国の国威発揚のにおいを感じると気に入らないが、それはそれとしてスポーツの祭典にまで文句を付ける気はないらしい。台湾のテレビもそれほど多くはないが、それなりに競技の中継はやっているのだ。とにかく、台湾の人たちの今回のオリンピックに対する複雑な感想を見ていると、台湾が置かれた国際社会での立場を考えて複雑な気持ちにさせられる。 ○遅まきながら、最近になって知った話。今の台湾の日本語学科では、学生がお互いに日本の名前で呼び合うのだそうだ。それどころか、試験の答案用紙にまでこの名前を使うという。先生は本名と日本名を両方とも覚えなければならない。某大学の日本語学科主任を務めていた私の台湾人の先輩によると、この現象は5年ほど前からだそうだ。学生によると、日本語の名前は自分で付けるのだそうで、テレビドラマを見て自分が好きな名前を選ぶ。本名と関係がある名前の場合もあるが、全く関係がない場合もある。日本語学科の学生なら皆持っているそうだ。 ○ただしこうした日本名を使うのは学生時代だけで、会社に入ると一般の台湾人がよくやるように英語の名前を使う。そのため、日本語名と英語名の2つを持っている。思わず、「悪いことは言わない。お願いだからそんなことはやめて」と言ってしまった。そもそも、台湾の人たちが互いに英語名で呼び合うのは、偏見かもしれないが気持ちが悪くて仕方がない。アメリカに媚びるのもいいかげんにしろと言いたくなるのだが、それに加えて日本にこびるのはあまりに情けない。本人たちは仲間意識で日本名をつけているのだろうが、それが異様に思えるのは私だけの気にしすぎだろうか。ちなみに、今年の夏休みに実習に来た陳さんは、日本名は「秋」なのだとか。これは本名に秋があるため。英語名はジョイス。昨年の実習生の林さんは日本名が「レイカ」。これは金田一少年の事件簿に登場する人物。英語名はリンダ。 ○日本名と言えば、かなり前になるが台湾の人気男性アイドル・グループのF4が演じる「流星花園」が大流行していた時、弊社のスタッフが「気持ち悪い」と言っていたのを思い出す。彼女は台湾の日本語学科をずっと昔に卒業した、今は40歳代である。遊学の経験もあるので、日本には慣れ親しんでいる。その彼女にとって何が気持ち悪いかというと、このドラマは日本の「花より男子」という漫画が原作で、登場人物がもともと日本人なので、台湾で作られたドラマでありながらそのまま日本名を使っているのだ。ただし中国語のドラマなので、日本名を中国語で読むのである。確かにロジックがねじ曲がってしまったような違和感がある。それが最近の日本語学科では、互いに日本名を日本語で読んで呼び合って喜んでいるのである。この感覚、世代の違いなのだろうか。(早) |
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