『台湾通信』編集後記

<2008年10月03日付>

○今週、国営ラジオ局「財団法人中央広播電台」が突然話題に上った。民進党時代に選ばれたこのラジオ局の首脳陣が、「馬英九政権の辱めは受けない」と、董事長(会長)以下7人が集団で辞任したのである。馬英九政権から、あまり中国の批判をするなと要求されたのだという。独立派のメディアはこの事件を馬英九政権の言論統制として批判の材料にしようと、美談仕立てにしている。ただ、物事はそう単純ではない。

○この放送局、台湾でも知らない人が多いし、存在を知っていても普通の人は放送を聞いたことがないので、何をしている放送局なのか知らないことが多い。それもそのはずで、通常のFM、AMのラジオで聞くことができない。この放送局が使っている電波は短波(SW)というもので、FM、AMが短距離しか届かないのに対して、こちらは世界中に届くのである。ただし、専用のラジオ受信機が必要となる。この国営放送局の任務は2つあって、1つは海外向け、もう1つは中国向けである。海外放送の受信というのはかつて日本でもブームになったことがあり、今でも愛好家は少なくないが、かつて「自由中国の声」というコールサインで海外向けに放送していたのをご記憶の方もおありだろう。日本でいうと、NHKがやっている海外放送に当たるものだ。

○今のコールサインは「台湾国際放送」。冷戦時代、中国の正統な政権は自分たちだという国民党の主張を受け、中国共産党に対する批判を展開していたこの放送局。これが「自由中国の声」というコールサインに表れている。それが民進党政権に交代してからは、「台湾からの声」として台湾の主張と現状を世界と中国に伝えるという役割を担うことになった。時代の変遷を感じさせるが、再び国民党の馬英九政権になって、当然、再び役割も変わることになる。それを象徴するのが今回の事件である。

○実は私は現在、この放送局の日本向けの日本語番組で、1週間に1回だけだが、台湾の政治を紹介する番組を持っている。この放送局とのかかわりは23年以上になる。ということで、今回の事件は私にとって興味深いものがある。台湾の対外放送はもともと軍に所属していた中央広播電台、それに国民党党営ラジオ局である中国広播公司(BCC)の海外部という2本立てで行われていた。いずれも前身は1928年、中国・南京で国民党が創設した放送局である。対共産党戦、および対日戦の中で、国民党政権の政治宣伝のために始まったものだ。その後の経緯は省略して、台湾の民主化の中で1998年に台湾の対外放送が一本化され、財団法人の形態に改組された。

○現在、この放送局は円山大飯店に向かって右下にある。忠烈祠に近いところである。お気付きにならない方が多いと思うが、実はこの一帯は軍事要地である。円山大飯店から東、大直に至るまで、軍関係の施設や学校がずらりと並んでいる。以前、蒋経国総統の官邸もここにあった。この山の向こうには蒋介石総統の官邸だった士林官邸がある。この放送局は、今でこそ自由に出入りできるが、以前は軍によるものものしい警備が敷かれていて、許可がなければ入れなかった。神秘的な存在であり、台湾の人たちが知らないのはそうしたところにも原因がある。

○かつて中国で最高指導者のケ小平氏が「老ケ」と呼ばれて親しまれていたのに対して、台湾の歌手のテレサテン(ケ麗君)が「小ケ」と呼ばれていたことは有名な話だ。資本主義文化を腐敗だとして排除していた中国で、「愛」を歌うテレサテンの歌声は、中国の人たちにとって新鮮であり、多くの人を魅了したという。台湾は当然、それを政治宣伝に利用した。当時、この放送局は月曜日から土曜日の毎日25分、テレサテンの歌を放送していたという。この放送局が使っている短波であれば、中国にも届くのだ。ただし、しばしば中国の電波妨害を受けていた。こうした中国への心理作戦の役割を担うだけでなく、中国に潜伏していた台湾側のスパイとの通信にも使われたという。

○現在、標準中国語、【ビン、門構えの中に虫】南語(台湾語)、客家語、広東語、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語、日本語、ベトナム語、タイ語、インドネシア語の13種類の言語で放送されている。かつてはモンゴル語とかチベット語といった特殊な言語でも放送されていて、この放送局が持つ特殊な任務が分かる。しかし自分がかかわっていてこんなことを言うのも何だが、短波という大時代的なメディアは、今でもファンは少なくないが、すでにその役割を終えたといえる。このためこの放送局では、インターネット放送を行っている。ライブとオンデマンドで聞くことができる。海の向こうからの放送だと実感できるのは良いが、電波状態が不安定で雑音が多い短波に比べて、インターネットの場合は音声がはるかにクリアである。ちなみに日本語番組のURLは「 http://japanese.rti.org.tw/default.aspx 」。

○最近、日本に赴任したばかりの馮寄台・駐日代表(日本との間に外交関係はないが大使に相当)も、実はこの放送局とかかわりがある人だ。彼はこの放送局の前身の1つである中国広播公司海外部主任を務めていたことがある。もともと外交官だったのに、国民党党営の放送局にポストを得るというのも不思議な話だが、国民党時代は政府と政党がごっちゃになっていた。彼らにとってこの放送局でのポストは、ステップアップのための1つの跳躍台にすぎなかったようだ。放送のことに関わらなくても、現場のプロたちがやってくれる。自分は次のステップに上るための権力闘争に参加していれば良い。ところが2000年の総統選挙で国民党が政権を失い、民進党の陳水扁政権が誕生すると、民進党の関係者がこの放送局に送り込まれてくる。国営放送なのだから政権が代われば人も代わる。

○国民党時代の古い体質を改善し、新しい思想をもたらさなければならない。共産党に反対して台湾からの中国統一を呼び掛けるための宣伝放送だったものを、台湾の主体性を世界に伝える道具にする。つまり、統一から独立への転換だ。しかし実際にはそうした面での効果も確かに上がったが、別の問題ももたらされた。新しく政権を握った勢力は、選挙での功労者に「分け前」としてポストを分配するが、この放送局にも民進党の関係者が派遣されてくる。ところが政治的な目的で外部から派遣されてきた幹部たちは、放送に関して全くの素人である。放送のプロ集団をうまくコントロールできない。そこで大量の人員整理を敢行する。人員は整理できたが、放送局の任務の新しい位置付けはできない。しかも外国語の場合は聞いても分からないのだから、よけいに触りようがない。とういうことで形だけに触るしかできないから、それまでのシステムをいじり回す。こうして大混乱のまま、民進党の陳水扁政権は終了し、再び国民党がやってくる。再任はないと見た幹部たちは、自分の親類や知り合いを次々に放送局に連れてくる。情実人事がまかり通る。

○政治は人事である。問題は、この放送局は財団法人であり、その董事会(取締役会)は任期制である。今年の選挙で馬英九総統が誕生し、国民党政権が復活した。しかしこの放送局の董事会の任期は来年9月が満期で、何事もなければ民進党政権時代の人たちが居残ることになる。そうなると、国民党の関係者にポストを分配できない。しかも民進党の関係者が運営しているから、放送内容もそれまでの民進党の立場に寄るものとなり、政権政党となった国民党を批判するし、国民党が融和政策を進めている相手の中国も批判する。国民党にとってがまんできる存在ではなかっただろう。

○内情は分からないが、辞任した鄭優・董事長(会長)などの関係者の話によると、国民党の馬英九政権から、政策宣伝に努力していないとの圧力がかかっていたようだ。その中で、「中国の批判をあまりするな」「民進党寄りのパーソナリティーの馬英九政権批判をなんとかしろ」という要求があったという。ここのところが独立派メディアの関心を呼び、馬英九政権批判の材料にされたのである。こうして結局、任期を1年残して董事長を初めとする7人が集団辞任したのである。独立派メディアの美談仕立てに反して、これを喜んだ人はたくさんいたはずだ。

○次に誰が国民党から派遣されてくるのか。それがどのような人物で、どのようなことをやるのか。今のところ未知数である。財団法人に改組された当初、董事長になったのは連戦氏(当時は副総統、現在の国民党名誉主席)の子飼いといわれた朱婉清氏である。ところが彼女は、放送局の資金を横領した疑いが掛けられ、アメリカに逃げて台湾には戻って来ない。当時、大きな事件となった。ということがあるから民進党から派遣されてくるトップに期待が掛けられたのだが、それも裏切られることになった。どっちもどっちである。だから、次に国民党から派遣されてくるトップに警戒心を持つのも当然だろう。

○ということで、以上、長々と書いてみたが、私が傍観者として見てきた台湾のある政府関連機関での出来事である。おそらくこうしたことが、表面化することはあまりないが台湾の政府機関のあちこちで発生しているのだろう。政権交代期には混乱がつきものだろうが、その中でこの放送局のように、思想や任務の位置付けという本質的な論議が行われることなく、人事だけが騒ぎになるのは残念なことである。私自身がこの放送にかかわってきただけに、よけいにそう感じる。

○台湾の情報は日本のメディアでかなり伝えられるようになったが、台湾自信が日本に向けて発信する情報は考えてみるとこの放送局しかない。これ以外は、日本人が日本の立場で伝えるものである。短波放送は時代遅れとなったが、この放送局にはインターネットもあるから役割は衰えないはずだ。しかも毎日定期的にこれだけの大量の台湾情報を伝えているメディアは他にないだろう(『台湾通信』を除いて)。国際的に苦境に立たされているというのに、台湾は対外宣伝が非常に下手である。今でもステレオタイプな宣伝に終始しているように感じる。それは国民党時代だけでなく、民進党時代にもそうだったように思う。こうした中で、この放送局という重要なメディアをうまく活用できれば、台湾の外交戦はかなり違ったものになるはずだと思うのだが。なにせここには、外国語の達人たちが驚くほどそろっているのである。

○ところでテレサテンで思い出したが、今期の芥川賞受賞作である楊逸氏の『朝が滲む時』。中国人という外国人の芥川賞には驚いたが、ここに天安門事件の時期に学生たちが宿舎でテレサテンの歌を聞く場面が出てくる。当時、テレサテンは彼らにとって珍しく、魅惑的なものだったことが分かる。ただしこの小説には文革、天安門、日本にいる中国人などいろいろな要素が出てくるのだが、ありきたりな話ばかりでどうも心に響くものがなかった。あるいは、天安門事件にかかわった人たちの思想、意識はその程度のものだったのか。ただ、外国人として「こんな日本語も知っていますよ」と言わんばかりに、ことわざなどが多用されているところがおかしかった。日本語を勉強した台湾人にも、確かにそんな人がたまにいる。日本人だったらまず使わない表現なので、審査員には新鮮なのだろうか。

○台風15号が去った9月30日、ぐっと涼しくなった。今年初めて秋の気配。ここのところ、日中でもクーラーを付けないで過ごせる。クーラーがなくても良いというのは、本当にほっとする。(早)



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