| <2008年12月19日付> |
|
○陳水扁・前総統が12日に起訴、釈放されて1週間になる。起訴状には「最も厳しい制裁」をと書かれていて、具体的な刑期を示していない。最高検察署特偵組は、これは無期懲役だと説明しているが、何らかの伏線であるのだろう。この事件、まだまだ多くの波乱がありそうだ。金の流れは次第に明らかになっているようだが、そもそも、これが何の金なのかは分かっていない。検察はこれをわいろ、および詐取と判断して起訴したわけだが、陳水扁・前総統はこれを否定しているのである。 ○そうした中で、陳水扁政権時代に取材をしたことがある、ある民進党の応援団の方と話をする機会があった。このご時勢、やはり話題は陳水扁・前総統である。海外で台湾独立運動に携わり、台湾に戻ってからもずっと民進党の応援を続けているこの人、もちろん陳水扁政権も支えてきた。この方がしみじみと、陳水扁・前総統は「金を自分のポケットに入れるような人ではないと思う。きっと将来の政治活動の資金にしようと考えていたのだろう」というのである。ただ「奥さんは分からないよ」と付け加え、陳水扁・前総統夫人の呉淑珍女史については弁護しようとはしなかった。 ○「皆が元気をなくしていますよ」というように、この人もどこか寂しそうだったのが印象的だった。陳水扁・前総統が気前良くあちこちに政治資金を提供していたことを知っている人だけに、この資金が台湾のためのものであることを信じたいという気持ちがあふれていた。陳水扁起訴という状況になって、なかなかつらいものがあるように見えた。 ○この方に蔡英文・民進党主席について感想を聞くと、「まじめにやっている」と高い評価だったが、「ややパワーが足りないところがある」と欠点も指摘した。中国側の対台湾窓口団体「海峡両岸関係協会」の陳雲林・会長の台湾訪問に際して、民進党のデモにも先頭で参加したこの方、馬英九政権の対中国政策は歩みが早すぎると指摘する。「皆がそう思っていますよ」とのこと。ただし中国に対してけんかをするのではなく、「ゆっくりやれば良いのです」と、実業家らしい意見だった。そして「歴史を見ると、台湾人は意外に穏やかではないようだね」という。生命・財産が脅かされれば立ち上がる。そんな性格を持っているのだという。 ○さて、この方が「早すぎる」という馬英九政権の対中国融和政策。この15日には、「三通」(両岸間の交通、通信、通商の直接往来)が事実上、ついに実現した。航空機では直行チャーター便がこれまでの週末運行から毎日運行に拡大された。海運では、第三地区経由の必要がなくなり、直接往来ができるようになった。そして、郵便物も第三地区を経由せずに、直接やりとりできるようになった。郵便物はこれまでも投函すれば中国に届いていたので、特に障害は感じられなかったが、実はまだ制限があったのだ。それが解禁されたのである。また、郵便局での直接送金もできるようになった。 ○ところで、この台湾と中国との間の郵便や送金。私が台湾に来たばかりの、今から20年ほど前には全く断絶されていた。国民党による戒厳令下で、中国からの郵便物を持っていれば中国共産党のスパイと疑われかねない時代だった。当時、中国と郵便のやりとりをするには、外国や香港を経由しなければならなかった。もちろん電話は通じない。今のように時差なく携帯電話からでも気軽に中国に電話を掛けられるのとは訳が違う。そこで手紙しかないのだが、私も中国との手紙のやりとりは日本経由でやっていた。しかも中国から来た封筒を外してもらっていた。中国の切手が張られている封筒を見られて、変な疑いを持たれたくない。 ○郵便はまだ簡単である。問題は送金である。今では台湾の銀行に行けば、いつでも送金ができる。実は電話も送金も、第三地区経由なのだが、そんなことはあまり感じないで済む。ただ、回り道が必要だから料金がやや高いだけである。当時はもちろん、直接送金はできない。しかも、当時の台湾人は今ほど頻繁に海外には出掛けなかった。そこで私も、日本に帰省する際にしばしば送金を頼まれた。 ○当時、私が勤めていた国民党党営事業の放送局には、引退した軍人さんが警備員として雇われていた。いずれも中国大陸から国民党と一緒に台湾に渡ってきたいわゆる「外省人」である。何十年も中国に里帰りすることはできなかったが、手紙のやりとりは密かにできるようになっていた。その手紙の中で、中国の兄弟、親類は彼らに窮状を訴えてきたらしい。当時、台湾と中国の経済状況の格差は大きかった。彼らも決して裕福とはいえないが、何としても中国に送金したいのだ。しかし直接の送金はできないので、外国にまず現金を持ち出して、そこから送るしかなかったわけである。 ○私も何度か送金を手伝ったが、共産党と戦って台湾に逃れてきた人たちが、その共産党の中国に送金しようとすることに違和感を覚えたものだ。また、やはりこっそりとお金を送ることは、おそらく当時は心配のしすぎだったのだろうが、やはり政府からおとがめを受けるのではないかとの懸念もあった。そのうち、気の毒だとは思ったが、何かと理由を付けて送金の頼みを断るようにした。その時の困った顔に心が痛んだものだ。あの外省人のおやじさんたち、もうとっくに引退したはずだが、その後どうしているのだろうと思うと、ふと懐かしい気持ちになる。 ○郵便や金銭の直接往来が可能になった現在、当時のあの緊張した状況は何のためだったのだろうと思わずにはいられない。しかも双方の和解を、対立していた当時と同じ台湾は国民党、中国は共産党が演じているのである。現在の台湾と中国の関係改善を見るにつけ、当時、家族を両岸に引き裂いた当時のそれぞれの為政者の罪を思わざるを得ない。そしてその傷跡は、今も決して消えていない。しかし、それが便利さの中で忘れ去られるのも、また現実である。(早) |
このウエッブサイト(URL: http://www.iris.dti.ne.jp/~taitsu/)において公開されているドキュメント及びデータは、特に明示されている場合を除き、その著作権は通達翻譯出版有限公司にあります。無断複製、転送、配布、転載を禁じます。
Copyright(C) 通達翻訳出版有限公司『台湾通信』 <taitsu@ms17.hinet.net>