○(前号から続く)1995年、台湾の総統のアメリカ訪問という誰も実現できるとは思ってもいなかったことを成し遂げた李登輝総統に、台湾では拍手喝采だった。これは、1996年3月の総統選挙での李登輝総統の圧勝の一因であることは間違いない。李登輝総統の訪米実現には様々な要因があろうが、その1つに国民党のロビー活動があるといわれている。国民党党営事業の責任者である劉泰英氏は、その潤沢な資金によってアメリカのロビー会社のキャシディーを使い、米議会に対する工作を行った。これがクリントン大統領を動かすことになったというのである。外交的に苦境にある台湾として、賛否両論はあるものの見事な戦術だったといえる。
○劉泰英氏は毀誉褒貶の激しい人だ。「お国のために、こんなに頭を絞って一生懸命やっているのに、なぜこんなに叩かれなきゃならんのだ」と劉泰英氏は親しい人にこぼしたことがあるという。日本人にも比較的知られている出来事として、1996年に劉泰英氏が打ち出した国民党による沖縄投資計画というのがある。国民党が沖縄に30億ドル投資する用意があるというのである。この計画は現実のものとはならなかったが、奇抜なアイディアを出してくるのも劉泰英氏の持ち味である。対日外交打開という李登輝総統の外交を支援する意味があったと考えられる。私は当時、あるフォーラムで劉泰英氏と立ち話で沖縄投資について聞いたことがある。日本語が非常に自然で、見掛けと違って意外に丁寧に答えてくれたことが印象的だった。
○ところで台湾の歴代の総統は、退任後、スキャンダルにまみれたことはない。この点は韓国の大統領とは多いに違っている。考えてみれば、中継ぎ役だった厳家淦総統を別として、以前の蒋介石総統、蒋経国総統とも死ぬまで総統だったのである。台湾の総統で死ぬ前に退任したのは李登輝・前総統が実質的に初めてである。劉泰英氏は自分の行為は李登輝・前総統が知っていたと証言しているという。そうだとすれば国民党に対する背任にはならない。現政権と李登輝・前総統との関係からして、劉泰英氏の事件が李登輝・前総統の声望を傷つけることはないと考えられる。しかし、李登輝時代の秘密資金には、話題になった国家安全局の外交工作資金の話もある。また、フランスからのラファイエット艦購入に当たってのスキャンダルもまだ完全に解決されていないが、これも李登輝時代の事件だ。また、国民党秘書長を務めていた宋楚瑜・親民党主席の秘密資金もある。この宋楚瑜氏の「興票事件」は、前回の総統選挙で宋楚瑜氏落選の原因の1つにになっている。民主化だけが強調される李登輝時代だが、秘密資金による政治・外交工作というものの存在は、台湾と李登輝政権が置かれていた国際的、国内的な現実を映し出しているようだ。単純に金銭疑惑だけを見ていても問題の構造は理解しにくい。台湾の戦後史全体にかかわるからだ。
○台湾に長くいると、もうすっかり台湾に慣れたでしょうとか、台湾が好きなのでしょうと聞かれるが、決してそんなことはない。台湾にいると思ってもみなかった経験をすることがある。今回の重症急性呼吸器症候群(SARS)などその代表。1999年の集集大地震もそう。先週、台湾周辺で地震が頻発したが、ビルの中では生きた本当に心地がしない。それに台風が来たかと思えば、来なければ水不足。台湾の自然環境は思いのほか厳しい。それにこの暑さと湿気。台湾の人々や社会や政治に対する好き嫌いは誰にでもあるだろうが、私はあくまでも観察者としての姿勢を崩さないようにしている。それは別として、ここの自然に慣れたり好きになるなんてとんでももない話だ。そんな生易しいものではない。(早)
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