〜ある喫茶店で〜


予期せぬ客が現れたのは平日の午後のこと。
割と空いている時間帯だった。
「いらっしゃい、いつものでいい?」
久しぶりに来た客に「いつもの」ってのも無いもんだとは思ったけれど
何故だかこう自然と言ってしまった。
「うん」
なんだか気のない返事。

まぁいいや。
いつもの手順でサイホンをセットしコーヒーを淹れて行く。
しばらくすると良い香りがそう広くもない店内に充満する。
「はい。アルフブレンド、おまたせ。」
「あぁ、ありがと。」

どうしたんだろう? 確か彼はこの街から出て、今はここには居ないはずなのに。
いつもまっすぐに前を見据えていた瞳はなんだかくすんで見える。
単純に疲れているって言うものではなさそうな気がする。
ボーっとして目の前のコーヒーカップを見つめているだけだ。


「せっかくですから熱いうちに飲んで頂きたいんですけど?」
ちょっと意地悪く、彼の目の前でポーズをつけて言ってみる。
「ご、ごめん。」
ようやく目の前のカップを手に取ってくれた。






どれくらいの時間が経ったのだろうか、他の客はおらず、
私と彼との2人だけの時間が過ぎていく。
カップは空になり、ささやかなBGMだけが流れていた。

「絵、まだ飾っていてくれたんだ。」
曲の切れ間のちょっとしたタイミングで彼が声をかけてきた。
「うん。だってあれは大事な、とても大事な絵だもの。」
「なんだか恥ずかしいな。テクニックだって稚拙なものだし。
 もっと良い絵なんていくらでもあるんじゃない?」
「ばか。なに言ってんのよ。そりゃ、テクニックとかは今のほうが
 ずっと上なんでしょうけど、なんていったらいいのかな?
 そうだ、絵から受ける感じっていうの?なんだかほっとするって言うか
 暖かくなるっていうか…。とにかく、私は気に入っているし、
 これからもずっと飾っていくよ。それにこれを見るとあの頃のこと思い出す
 んだよね。毎日どたばたやってたけど、とにかく楽しかったなぁって。
 あの頃があったから今の自分があるんだなぁって。」
「あの頃、か。」

短い会話の後、一言だけ言ってまた黙ってしまった。

壁に掛かった古い絵。
バーミリオンの光の中で微笑む少女。
優しいような、寂しいような表情は彼の気持ちを素直にぶつけた結果なのだろう。
テクニック云々よりも、まず描き手の気持ちがストレートに伝わってくるいい絵だと思う。




「もう一杯いかが?」
しばらくじっと絵を眺めていた彼に声をかける。
「うん、お願い。」
入ってきたときとは違い、はっきりと意思のこもった目で答える彼。
彼の中で何があったのか分からないけれど、彼はこういう目をしている方が良い。


「ごちそうさま。じゃ、また。」
まだ暖かさの残るカップを置いて彼は立ち上がった。
「ありがと。でもいいの?もう少ししたら旦那も帰ってくると思うんだけど。」
「いいんだ。今はもう行かなきゃ。でも、また帰ってくるよ。必ずね。」
入ってきたときとは別人のように出て行く彼。

「またね。」
「あぁ、また。」



誰もいなくなった店内で彼のカップを片付けながら、ふと思う。
彼がここに来た理由を。



「ここはボクの故郷だからさ。」

なんだかそう言ってくれるような気がした。

そう。だったらまたいつでも帰っていらっしゃい。
悩んだとき、疲れたとき、迷ったとき。
何時だって暖かいコーヒーを淹れてあげられるようにしておくから、ね。

                〜おわり〜


某所チャットにて「故郷」とは?という話になって、たとえばこんな解釈はどうだろうってことで書いてみました。
モチーフを横取りしてしまってゴメンナサイ。
かがりと晴ボンの話でした。

この後、パニックになったマッキーからの電話が入ってきて大騒ぎって話も。(^_^;)
いつか書けるといいな。と思ってます。



雑文庫Topへ戻る