| 水曜日のジャメ・ヴ |
| 視線が痛い。 世に言う物理学が、すべての事象に適応されるわけではないと、こんな家業をしていれば理屈でなく体験として知っているけれど、人間の目にこれほどリアルな圧力を感じさせる力があるとは、ついぞ今日まで知らなかった。 原因は自分じゃないのに、視線の中心は自分なので不条理だ。 「……サム」 「何」 「ちょっと離れ、」 「嫌だ」 四秒。 ディーンは、ハア、とこれみよがしにため息をついた。……わかってるさ、言ってみただけだ。 今朝から、一体何度同じやりとりを繰り返しただろう。 ──なんでこんなことになっちゃったかなあ。 ディーンは遠い目をして、今日一日の出来事を思い返した。 ディーンの記憶によれば、昨日は火曜日だった。朝っぱら、正確には目が覚めた瞬間から弟の様子は尋常ではなく、聞けばタイムループにはまりこんで、百回ほど火曜日を繰り返しているという。何を馬鹿な、と笑ったもののディーンは、最後には弟の意見を受け入れた。正直半信半疑だったが、サムがあまりに真剣だったので、受け入れざるを得なかった、というのが本音だ。しょうがない、「地球は三角だ」と言いだしたって、弟の言うことには一応耳を貸してやるのが正しい兄のあり方だ。 サムが言うには、ただ同じ日がエンドレスで繰り返されているのではなくて、毎日ちょっとずつ違ってはいるらしい。ただ、その日は必ずディーンの死で終わり、そのたびにサムは目覚めて火曜日をやり直しているのだという。 しかも、ご丁寧なことにディーンの死因は、毎回理由が異なっているのだそうだ。誰の悪意だか知らないが、きめ細かな心配りに涙が出そうだ。人間の死というのは、意外とバリエーション豊かなんだな、と兄はのんきなものだったが、どの死も防ぎえなかったことを弟は気に病んでいる。 やたら憔悴しているのはそのせいか。 ディーンのほうには、自分が何度も死んでいるという記憶も自覚もないので、今一つ、弟と危機感を分かち合えない。それどころか、自分のことでそんなにも思いつめたふうな弟を、ちょっと可愛いなどと思っていたりもするので、ブラコンもかなり末期症状だな、なんてやや自省を込めて考えている。──まあ、その辺は今さらなので追求しても仕方がないことだ。 ともあれ、この不可解な一件は、例のトリック・スターの悪戯(……で、すますには、悪意がありすぎるが)ということで決着がついた。奴は『終わらない火曜日』からは手をひく、と誓った。 そうして、今日は水曜日だ。平和な日常が戻ってきたというのに、弟の様子は、昨日よりさらに尋常ではなく、起き抜けにずいぶんと力強いハグを受けた。こんなことは、サミーが「ちっちゃいサミー」以外の何者でもなかったころ──四つくらいだろうか──以来の出来事だ。 驚きはしたものの、まあ、悪夢の火曜日が終わって喜ばしいのだろう、と、そのときは深く考えなかったのだが。 「……なあサム、何度も言うけど、お前、自分が挙動不審だってわかってるか?」 「そう」 「てか、俺の話、聞いてる?」 「一応」 きょろきょろと四方に気を配っているサムが、ディーンの言葉をろくに吟味していないのは確かだった。 ああそう、一応かよ。俺はお前の突拍子もない話を聞いてやったってのに、兄ちゃんの話は聞き流そうってのか。 ディーンはふてくされてカウンターに肘をついた。 彼の弟は今日一日、こんな感じだった。兄から10cmと離れず、5秒以上は目を離さず、道を歩くのも、ドアを開けるのも、何かに触れることも、誰かに話しかけることも、サムの監視下のみでしか許さない、と言わんばかりだ。 お前は俺のシークレット・サービスか、とツッコミたくなったが、たぶん、SSはここまで存在感はないと思う。 愛しのハニーのハンドルを奪われなかったのは幸いだったが、それも、後から考えれば、助手席より運転席のほうが死亡率が低い、という理由に過ぎなかったのだろう、という気がする。 バスルームにまでついてくるのはかろうじて我慢出来たが、彼の注文したハンバーガーに先にかぶりつかれたときはさすがに驚愕した。しかも、歯形のついたそれを「大丈夫だった、はい」と差し戻してきたのだから、ディーンが「何のいやがらせだ!」と怒ったとしても、無理はないだろう。しかし、サムは、ディーンの怒りにきょとんと目を丸くしている。 いや、何でお前が驚くかな。 「いやがらせって、何が?」 「何がじゃねえよ! 交換してくれっていうならまだしも、食いかけのハンバーガー戻す奴があるか!?」 「あー……違うよ、毒味」 「ど……?」 「ディーン、食べ物口に入れた途端、死んじゃったこともあるから。念のため」 「バカ言え、誰がそんな……」 「だからディーンが」 しかも弟は、「そうそう、よく噛んで咽喉につまらせないでよ」と、幼児か年寄りにでも言い聞かせるような警告まで言い添えた。 「つま……、って、お前……、この……、」 ディーンは、怒りやら羞恥やら困惑やらその他何とも言いようのない感情でいっぱいになり、とっさに言葉を失った。普段言い慣れた罵りの言葉さえ出て来ない。そうして口をぱくぱくさせている間に、サムにコーヒーカップまで取り上げられた。 「苦」 ブラックの苦味に顔をしかめながらも、サムは口の中で慣れない液体を転がした。 「んー、多分、大丈夫。でも五分くらいは待ったほうがいい。コーヒーの苦味で気付かないかもしれないし」 「何を?」 「だから、毒とか」 入ってたら困るだろ、と言う弟はものすごく真剣だ。真剣だがしかし、現実味はない。 うちの弟は大丈夫だろうか、勉強しすぎとかストレス溜めすぎとかで、どっか頭のネジが緩んじゃったんじゃないだろうか。ディーンは半ば本気で不安になって、まじまじと弟の顔をのぞきこんだ。 「お前なあ……どこの誰が俺のコーヒーに毒なんか入れるってんだよ。バーガーショップの店員に怨まれる筋合いはないぞ」 「そんなの、わかんないだろ。ディーンが遊んで捨てた女の子がここで働いてるかも知れないし、他人を殺すつもりで淹れたコーヒーが間違って兄貴のところに回されたかもしれないし、たまたま殺人衝動のある人間がここにいて、兄貴が最初の被害者になるかもしれないし」 「……遊んで捨てたって……お前、そんな人聞きの悪いことをだな…………っていうか、そんな可能性ほとんどゼロだろ!」 ましてや、殺人鬼がたまたまここにいる可能性にいたっては天文学的確率でゼロに近い。間違いなく。 「『ほとんどゼロ』と『ゼロ』は全然違うよ! 第一、兄貴はこれまでその『ほとんどゼロ』の確率で何度も死んでるんだからな!」 怒鳴り返した次の瞬間、弟の目が「うるっ」となったのを見て、ディーンは慌てた。サムの涙目に対しては、ほとんど脊髄反射で罪悪感を抱く。ディーンに何の落ち度がなくても、だ。18年間で培われたそれは、ディーンの第二の本能と言ってもいい。 「や、別に俺は、アレだ、お前の気遣いが迷惑だとか言ってるわけじゃなくて……ちょっと心配しすぎなんじゃないかって……」 「……どんなに心配しても、しすぎってことはないよ。兄貴がいなくなることに比べたら」 「──サミー」 あ、ヤバい。今きゅん、と来た。 つい意地の張り合いになるか、ジョークの応酬になりがちな自分たちの間で、弟がこんなふうに素直に心情を吐露してくれることは少なく、ましてや自分に対しての気遣いを見せられると、ディーンはこれまた脊髄反射的に、初恋にときめく女の子くらいドキドキする。 ──わかってる。どんだけイタいか、自分でもちゃんとわかってるから、ほっといてくれ。 誰に対してか、内心でそう言い訳すると、しゅん、としてしまった弟からそわそわと目をそらして、ディーンはなるべくそっけなく聞こえるように意識して声を出した。 「……あー、でも、あれだろ、タイムループしてた火曜日は終わってるだろ」 「火曜日は終わってるけど……」 「けど?」 「──何でもない。とにかく、しばらくの間だけでいいよ、確かにこの現象が終わったって確信できるまでは、僕の好きにさせてくれないか。……もう二度とディーンを亡くしたくないんだ。絶対に」 プリーズ、と上目遣いに(10cmも上方から上目遣いが出来る弟は器用だと思う)お願いされて、ディーンはくたくたとなし崩しにうなずいてしまった。 おそらく(ディーンの心情的に)やっかいなことになるだろう、という予感はあったが、弟の「本気のお願い」を無碍にするには、ディーンのブラコンはあまりに根深く、かつ重篤だった。 「もー、サミーちゃんはほんと心配性だな」 「ディーン」 「わかった、わかった。お前の気がすむまで、ヒルみたいにぴったりはりついてりゃいいだろ」 こんなふうに言いだした弟が、兄の説得に応じることはまずない、と経験上の確信があるディーンは、投げやりな気持ちと愛情とを等価にミックスした気持ちで、その論争に終止符を打った。 ……まあ、今それを激しく後悔しているわけだが。 あんなこと言うんじゃなかった。 案の定、やっかいなことになっている。第六感には従った方がいい、というのは、こうした家業で培われた経験から来る結論だ。わかっていて無視したのは自分だから、誰に責任を負わせることもできないのだけれど。 なるべく出歩いて欲しくなさそうな弟をふりきって、バーに来たのはいいが、相変わらずサムはぺったりとディーンにひっついているので、周りからの視線がやけに痛い。 たぶん、おそらく、間違いなく、恋人同士とかに見られてるんだろうと思う。 ……まあそれはいい。イヤ、本当は良くないけど、サムと二人で旅を始めてから、そういう誤解は何度も受けたし、完全な誤解だ、と言い切るにはためらいがある──というか、まあはっきり言えば、嘘になるっていうか……。つまり、やっちゃってんだけど。 そうなった理由については、ディーンはもう考えるのをやめている。直接のきっかけになった事件は存在しても、そうなるまでのお互いの心理状態には原因など思い当たらないからだ。家族愛だと思っていたものが、いつの間にか変質していたのか、そもそもの最初から、何パーセントかの恋愛感情が混じっていたものなのか、だいたいこれは恋愛と言えるのか、そうして、今となっては余命一年未満の自分はともかく、弟はこの先、この件をどんなふうに自分の中で処理することになるのか、彼の将来に影を落としはしないか──どれもこれもテーマがシリアス過ぎて、考え出すとドツボにはまるからだ。 どっちにせよ、その悩み事の大半は、自分がいなくなることで解決する。心配なのは弟の今後だが、これもいずれ時間が解決するだろう。できれば自分との関係なんか早々に忘れてくれればいいのだけれど。 とは言え、サムと肌を合わせること自体が嫌なわけでは全然なくて、むしろ、罪悪感とか逡巡とかを考慮しないなら、行為としては気に入っている。好みのタイプを見つけて合意にいたったら、即ベッドイン、はディーンの生活の一部として馴染んでいるし、好みというなら、サムほどディーンの好みに合った人間はこの世には存在しないのだし。 それに、いつも小難しいことを小難しい顔で言い募る弟が、珍しく欲をむき出しにして自分を欲しがっている、という状況は、ディーンにとっては安堵とも満足ともつかない感情を与える。 今日も、何となくサムがそういうことを言い出すだろうという予感がした。別にイヤなわけじゃないし最終的にはそういうことになるだろうが、弟の様子が普通じゃなかったせいで、今イチ上手にタイミングを合わせられなかった。片方がヤル気になって、片方が煽られたり流されたりすることもあるが、どうにも気持ちがそぐわないこともある。たまには。こうしてアルコールを飲むために出て来たのは、お互いにひと息入れるためだ。 もっとも、弟は兄の安全に気を配るあまり、ひと息つくどころか、まるで気が休まらないようだ。 ──何があったんだろうな。 ディーンは四方に厳しい視線を向けている弟の横顔を、ちらりと見上げた。 サムは最後に見た夢、火曜日の夜に彼が体験したことを話そうとしない。何を見た、と訊いても、何も、とそっけない答えが返ってくるばかりだ。そんなあからさまな嘘でディーンを騙せると思っているわけではないだろう。ただ、何も言うつもりはないよ、とそう言いたいのだ。 まだ二人で旅を始めたばかりのころ、兄弟の間にだって秘密は必要だ、と言ったのはサムだった。今もその権利を振りかざして、兄に対して口を閉ざしている。こうなったサムは年老いたロバよりも頑固なので、ディーンは彼の気が変わるのを待つか、ディーンなりに推測するしかない。 ディーンにとっては、トリックスターが「いたずら終了宣言」をした時点で事件は終わっているが、あいつはサムに対して、まだ何か、追加でちょっかいをかけて来たんだろうか? こんなにもディーンに対して神経質になるほどのことを? あのはた迷惑な神サマ気取りのクリーチャーなら、それくらいのことはしかねない。よくわからないが、きっとサムは、あの後も兄が死ぬ夢を見せられたとか何とか、そんなところだろう。ディーン自身は、一連の火曜日の出来事を何一つ覚えてないところを見ても、おそらく、トリックスターのお目当ては弟のほうだったのだ。 ディーンの可愛いサミー坊やは、人外のモノに『好かれる』性質のようなので、可能性は充分ある。 せめて同じくらい熱烈に、人間の女にも好かれりゃいいのになあ、とディーンは彼らしい兄心でもって、彼の弟を心配した。モテないわけではないけれど、最近ますます女縁には遠ざかっている気がする。 「あー、けど、ババア受けは良かったか」 でもあれは、どっちかって言うとクリーチャーカテゴリに入れたいところだ、とディーンは、熟女に迫られてオタオタしていた弟を思い出して吹き出しそうになった。 「何か言った?」 「いや、独り言」 「ふうん?」 サムはいぶかしむ顔をしたものの、あえて追求しては来なかった。それどころではないのだろう。 ディーンの手の中のビール瓶の中身は少なくなっている。 追加、と思ったけれど、やめておいた。これも、ディーンの手に渡る前に、サムが『毒見』してのけたのだ。おかげで、隣のテーブルにいる金髪美人に、実に微妙な表情で笑われた。イタがればいいのか、気の毒がればいいのか、判断に迷う、と言わんばかりだ。弟がこうまでぴったりくっついてなければ、今すぐモーションかけたいような美女だというのに、何てついてない。 逆に弟の手元は、と見れば、瓶の中身はほとんど減ってない。 無理もない、ああも始終きょろきょろ辺りを見回して、そうしてないときは、穴が開くほどディーンを見ているのだから、ビールなんか飲んでる暇はなさそうだ。 お前、失礼な奴だな、すぐ近くにあんな美人がいるのに一瞥くらいしろよ、と忠告したが、ああうんそう、と完璧に上の空な返事があっただけだった。 ──どうしてそんな、もう何年も一人ぼっちだったみたいな、孤独な目で俺を見るんだ。トリックスターはお前に何をした? 訊きたい言葉は色々あるが、どれも答えは返って来ないだろうとわかっている。 話してくれれば慰めてやることもできるかもしれないのに、と、ディーンは意地っ張りの弟にため息をついた。 ──ああ、ムカつく。 それが、彼の弟をこんなふうに変質させてしまったトリックスターへの嫉妬だということは、ディーンも重々自覚があった。しつこいようだが、彼は重度のブラコンなのだ。もしもブラコンが病気なら、治癒不可能だと言われるくらいには。 馬鹿サミー、お前は俺の可愛い弟のままでいりゃいいんだよ。 「飲まないんならそれよこせ」 「え、」 何を、とサムが答えるより先に、ディーンは温くなりつつあるビールを奪い取った。サムが止める間もなく、一息にそれを飲み干してしまう。 「ちょっと、ディーン!」 「何だよ」 「何だって……言ってるだろ、そんなことして、もし、」 その先に延々続くはずの、ディーンが今日一日聞かされ続けた「死の危険に繋がる事故(事件)の可能性について」、は、サムの口から出てはこなかった。当のディーンが、ふさいでやったからだ。キスで。 ヒュー、と周りで歓声があがった。もともと、いちゃつきすぎのゲイカップルだと思われていたのだから、今さら周囲の誰も驚きはしない。甲高い口笛や、ドンドンと床を蹴る音、ひやかしの淫猥な言葉などまるで耳に入ってないように、ディーンは丁寧に、かついやらしく弟の口中を舌で嘗め回した。気が済むまでそうして、ようやく唇が離れたころには、兄の身体は、半ば弟の膝に乗り上げていた。 「……ディ……」 「俺の舌は冷たいか?」 「は?」 「冷たいか?」 「え、いや、温かい、けど……」 「じゃあ身体は?」 「そ、……れも、温かい、けど、ディーン、一体……」 「じゃあ俺は死んでない。わかるな? つまんないことに気をとられて、きょろきょろするな、サミーボーイ」 「────ディーン……」 そうは言うけど。サムはわずかな苛立ちに眉を寄せた。 来る日も来る日も兄貴を目の前で亡くす自分の気持ちなんかわからないくせに。兄貴なしで過ごした僕の半年間を、その絶望と孤独を知らないくせに。 一人で乗るインパラがどんなにか広く感じられることや、シングルの部屋でさえもが無駄な空間であるということ、傷はただ行動力を削ぐがゆえに治療するべきものでしかなく、それがいたわりや揶揄や心配の、時には言い争いの種だったことなど、一人では忘れてしまうということ。あの六ヶ月間は、どれだけ狩りを成功させても、兄といたときのような満たされた気持ちにはならなかった。ただ黙々と「それら」を狩り、トリックスターの痕跡を追い続ける日々。180日もの間、一度も夜が明けなかったかのように、記憶は夜と闇だけに染まっている。 ディーンがいないからだ。六十億もの人間がいる中で、たったひとり、兄がいないだけで、サムの世界は崩壊する。 「──ディーン、ダメだ。僕は、この水曜日が終わるまで、そうして明日木曜日を迎えるまでは、とても安心することなんかできない。だから、気を配るのはやめないし、絶対にディーンから目を離さない」 「……ああ、ああ、そうだろうさ。この頑固者め」 するりと身を離した兄の眼に、かすかな怒りがよぎったのを見て、サムも慌てて立ち上がる。ケンカなんかしたくない。ようやく兄に会えたと言うのに。 「ディーン、なあ……」 「帰ろうぜ、サミー」 案に相して、ディーンの声は穏やかだった。すこしばかり弾んでいる気さえする。弟を振り返った顔は、悪戯っぽく微笑んでいた。弟をからかってやろうという気持ちを隠しもしない彼は、気まぐれな猫みたいに見えることがある。 懐かしい。サムは今日初めて、兄の顔をまともに見た気がした。 「そういや、聞き忘れてた」 「え、何を?」 ちょいちょい、と指先で招かれたから、素直に身をかがめる。こそりと耳元に口を寄せて、ディーンは秘め事のように囁いた。 「例の火曜日な。俺の死に方に、腹上死パターンはあったか?」 「は、」 何だって? あまりに突拍子もない問いかけに、意味を理解するのが一拍遅れた。ディーンはそんな弟の動揺にはおかまいなしで、「いやまあ、この場合、腹の下ってこともあるけど」と真剣な様子で首をかしげている。 「ちょ、ディーン! 何言って……!」 赤くなって後じさろうとする弟を、腕を掴んで引き止める。 「おい、俺は真面目に訊いてるんだぜ?」 「真面目にったって……そんなこと……、あるわけないよ」 事故とは言え、自ら兄を手にかけてしまったことはある。幸いに、と言っていいものか、その後、繰り返された兄の死のせいで記憶に取り紛れてしまっているが、彼の身体に刃が食い込んだ瞬間の感触が、ふいにまざまざと甦って、サムはぎゅっと拳を握り締めた。 それ以外は、みんな原因は外部からもたらされたものだ。情死なんて、とんでもない。 「なら大丈夫だな。『木曜日』まで後一時間ちょいだろ。ちょうどいいじゃねえ?」 「え、な、何が?」 「鈍いな。だから、帰ろう、って言ってんだろ。ヤってりゃ、あっと言う間に木曜日だって」 最初からこうしておけばよかった、とディーンは思った。弟を挙動不審に陥らせるのも、不安にさせておくのも、隠しごとを見せつけられるのも、もう嫌だ。それくらいなら、ベッドで抱き合ってたほうがよほどマシだ。 「ヤるって……」 「何だよ、その気がなかったなんて言わせねえぞ」 「──い、言わないけどさ。でも、」 「でも、何だ?」 往生際の悪い弟に、ほんの少しばかり腹を立ててにらみ上げた。まともにディーンの視線を受け止めたサムが、うろたえたように息を飲み、それから、ぱっと赤くなった。 ──何だ? 「ディーン……あのさ、」 「?」 「いや、何でも」 ふい、と横を向いたサムは、うわ、もう、久々に見たら迫力が……などとブツブツ言っている。 「何だよ、嫌なら嫌って言えば、」 「嫌じゃないよ!」 すごい勢いで否定された。 よくわからないが、弟もその気になったらしい。子犬めいた瞳が熱を帯びて潤んでいる。しかし、じゃあ帰ろう、とドアにかけた手は押しとどめられた。 「ダメだ、僕が先に出るから」 「…………サミー」 ディーンはため息をついた。まだ、弟の『SSゴッコ』は継続中であるようだ。明日になるまでは安心できない、というのは、掛け値なしの本音らしい。 「──わかったよ、勝手にしろ」 肩をすくめて、ディーンはVIP扱いを許容した。どうぞうどうぞ、好きなだけ俺の安全に配慮してくれ。 投げやりな足取りでサムの後ろをついて歩く。そうしながらディーンは、このレディにするみたいな扱いが、万一ベッドの中にまで及んでたら、絶対、サムのアレに噛みついてやろう、と鉄のような決意を固めた。 END |
| SPN Worksトップへ |
| 2008.11.06 こんなの書きましたが、きっと弟は遠からずあの半年間のことを兄に話すと思います。 末っ子だからね(笑)。 でも、あのクールなサミー、あれはあれでかっこよかったな。(ぽわん) |