| 迷い児 |
| 「サミー、寝ろよ」 「うん」 「灯はつけててもいいから」 「うん」 「俺のせいで、あの子とヤりそこなったんだったら悪かったよ」 「うん」 「ピザも食いそこなったな」 「うん」 「でも悪気はなかったんだぜ」 「うん」 「あのさ、俺はどこにもいかねえよ」 「うん」 「彼女の置いてったブラ、お前使う?」 「うん」 …………ダメだ。 はあ、とディーンは今夜何度目かになるため息をついた。 復活して早々に、またもやゲイと間違われたほど熱烈に再会した弟と、こうして同じ部屋にいられるのは、正直嬉しい。ディーンだって、サミーの顔はいくら見ていても飽きないくらい懐かしく思う。 でも、いくら大事な弟だろうと、ベッドに横になっているところを真上からじいっと観察されるのは落ち着かない。 それでも、ディーンは我慢した。キャシーだかクリスティだかが眠るつもりだった(のかもしれない)片方の寝台に潜り込んでから、ずっとその体勢で、弟の視線を感じつつ、ときどきサムの手がディーンの実在を確認するみたいに顔や身体を触ってくるのも許容した。ときどき、ぐすっ、と鼻をすすっているらしい音にも、目元の涙を拭いているらしい動作にも気付かないフリをしてやった。 しかし、あれからもうかれこれ一時間は経つ。時計を見るために身動きするのもはばかられるからあくまでディーンの主観であるが、幼いころから暗闇でじっとしていることには慣れている。多少の誤差はあれ、大体の時間の経過は間違ってないはずだ。 「寝ろよ、サミー。一晩中起きてるつもりか?」 「うん」 ──マジですか。 見上げた弟の顔はどこまでも真剣だ。マジらしい。 ディーンはため息をつくと、よいしょ、とばかりに身を起こした。 「なあ、サミー」 「目を離したくない」 少なくとも、これが僕の妄想じゃないって確認できるまでは。 四ヶ月ぶりに会った弟は、そんな寂しいことを、ひどく真摯な声で呟いた。 「こんな夢……もう何度も見た……どうしてだか兄貴が生き返って、僕のところへ帰って来るんだ」 よお、サミー、何だよしけたツラして、久しぶりの兄ちゃんだぜ、ハグしろよ、などと明るく笑いながら。 あるいは、兄が死んだということ自体が悪い夢で、青ざめて飛び起きた弟に対して「俺がブラック・ドッグに襲われて地獄に落とされただって? ひどいな、サミー、いくら何でもそんな最期はごめんだぜ」とおどけて見せる。 ああ良かった、兄は死んではいないのだ、まだもっと自分の隣にいてくれるのだ、と安堵して目を覚ます。 ──広々として暗く、自分自身の気配しかない部屋の中で。 ──あるいは、兄がいれば決して譲られなかっただろう、オールドカーの運転席で。 そんな徒労を繰り返した挙句、もう泣くことにさえ疲れてしまった。 「……もうイヤだ。二度とあんな経験はしたくないんだ、ディーン」 目が覚めてディーンがいなかったら、と思ったら、怖くて怖くて眠れない。目元より先に声が潤む。 「サミー」 ディーンはそっと、四ヶ月ぶりに弟の頬に降れた。温度をなくして冷えきったそれは、以前より削げた気がする。 もっとも、別れが来る前から弟の憔悴は激しかった。昼夜を問わず兄を救うことばかりを考えて思いつめていたからだ。 ディーンが死んだ後も、戻る身体が必要だから、と兄の遺体を火葬しなかった弟は、どうにかしてディーンを呼び戻すつもりだったに違いない。今こうしてディーンが生き返っていることと、サムの行為には、本当に何の因果もないのだろうか。自分は何もしていない、十字路の悪魔は契約を拒否したし、地獄の扉も開かなかった、とわめいていた姿に嘘は感じられなかったが、何せこいつもウィンチェスター家の一員だ。信用はならない。 仮に、その証言を信じれば信じたで、サムは兄一人のために、数百数千の悪魔を解き放つことも厭わなかった、ということなのだから、無茶ぶりはもしかすると父・兄より上だ。 ──そうまでして。 そうまでして、サムはディーンを欲していたのか。 そんなにも愛されていたと、弟にとって必要とされていたと、知っていたつもりで、でもこんなふうに実感したことはなかった。父親がそうであったように、弟の愛情もディーンには時々とてもわかりにくいからだ。 「……ディーン……」 とうとう、弟の目から涙が零れた。ころりと目じりから落ちたそれは、ディーンの指先を濡らして手首を伝う。 「泣き虫サミー。何だよお前、全然変わってねえな」 ディーン、ディーン、と舌足らずに呼びながら後を追いかけてきた幼いころ、すこしばかりの悪戯心を出して、目の前から姿を消しでもしようものなら(もちろん、その間だって、弟から目を離したりはしなかった)、すぐに「ディーン、どこ? ディーン?」と半ベソになって兄の姿を探し回っていた。もちろん、そんなに長い間サミーから離れているはずもない。時間にすれば、せいぜい3分かそこら。でもちっちゃな弟は、まるで世界が暗闇になってしまったかのように真剣な顔で兄の姿を求めてくれた。ほほえましい……というか、くすぐったい思い出だ。たぶん、その時のディーンは、サミーを困らせてやりたかったのではなく、そうして真剣に兄を必要としてくれる弟の姿を見たかったのだと思う。 あのころに比べれば数倍サイズになった弟、面影なんかどこにもなさそうで、でも「ディーン、どこ?」とよたよた歩きながら兄をさがす、ちっちゃなサミーの姿がぴたりとハマる。 ぐすっ、と情けないふうに鼻をすする弟に、お前、それじゃあ女にはモテねえぞと笑ってやった。あの、キャシーだかクリスティだかは、こんなサムの面つきを知ってたのだろうか? 知っていたはずがない。こんなしょぼくれた顔を見ることができるのは、兄貴だけの特権だ。 「じゃあこっち来いよ、サミー」 「……何?」 「一緒に寝りゃいいだろ」 上掛けをはぐって、ディーンはベッドのスペースを半分空けてやった。 これも幼いころには定番の儀式。ケンカをした後や怖い夢を見た後、しばらく狩りで離れていた後、サミーはちょいちょい枕を持って兄のベッドに潜り込んできた。父さんには内緒だぞ、と言えば嬉しそうに「うん」とうなずいたりして、ああ、あの頃は本当に俺の弟は可愛かった、とうっかり思い出に浸りそうになった。 サイズ的には可愛くなくなった弟は、しばらく迷うふうを見せた挙句、のそのそと兄の隣に、その大きな身体を横たえた。女の子と泊まるならダブルにすりゃよかったものを、シングルベッドに自分たちはどちらも大きすぎる。けれど、お互い文句を言うでなく、むしろそれが当然のことのように半ば抱き合うかたちで収まりのいいポジションに落ち着いた。 触れ合う肌で感じる相手の体温や、耳に聞こえる呼吸音や、相手の鼓動さえ感じるほどの近さに、ようやく弟の身体から力が抜ける。 「きれいなお姉ちゃんでなくて悪ぃな」 「女の子より、ディーンがいいよ」 何か誤解招きそうだなあ、とディーンは笑って──事実、さっきの彼女にはばっちり誤解されたわけだが──遠い昔にしたように、弟の額にお休みのキスをしてやった。 END |
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| 2009.10.5 色々切ないので、無理矢理ほのぼのにまとめてみました……。 この兄弟がシーズン4までデキあがってないなんて、それこそ何かの間違いだと心の底から信じてますけども!(笑) |