| 柔らかそうな唇 |
| だって俺の誕生日だもん、ときらきらした瞳を向けられて、ジャレッドはもうそれだけで言葉もなく降参した。いつになく悪戯っ子みたいなちょっとばかりタチの悪そうな笑みだったけれど、それも何だか小悪魔的でかわいいなあ、と思ってしまうあたり、惚れた欲目と言うべきか、ともかく最初からジャレッドに勝ち目はない。 今日一日、俺が王様ね、お前ドレイ、と堂々と宣言された。かしこまりました、と片手を胸にひざをついて見せたら、ジェンセンはソファにひっくりかえって、げらげらと、でも機嫌よさそうにピンク色の頬をして笑った。 完全に酔っ払いだ。 そもそも、自分の誕生日を間違ってるあたり、脳髄までアルコールに浸ってると見た。いや、間違ってるのは日付認識のほうかもしれないけど、とりあえず間違ってるのは確かだ。何の箍が外れたのか知らないが、彼にしては珍しいほどの酔いっぷりである。もっともテンションは上向きであるようなので、悪い酒ではあるまい。 ジェンの誕生日は明日だよ、と教えてあげてもいいのだが、ジェンセン陛下がドレイに何を命令するつもりなのか興味があったので黙っておくことにした。 「ドレイ、水!」 「はい、陛下」 冷蔵庫の中からとりだした水を恭しく──ったって、ペットボトルじゃどう恭しぶってみても限界があるけど──寝転がったままの王様に献上した。ジェンセンは気だるそうな仕草でペットボトルを受け取ると、初めてそれを見たみたいに、右に左に、ぐりぐりひねって検分している。酔っぱらいすぎてペットボトルってものがこの世にあることを忘れてしまったんだろうか。いやまさか。 「フタ」 開けろ、という意味なのか、開いてない、という意味なのか、どっちにせよ言いたいことは同じなんだろうけど、ペットボトルを鼻先に突き返された。フタの外し方もご存知ない、箱入り陛下の設定らしい。はいはい、とロックを外したはいいが、そのまま渡してもいいものかどうか迷う。自分の誕生日さえ間違うほど酔っぱらったこのひとが、なみなみと満たされた水をひっくり返さずにいられるかだろうか……? 答えはノーだ。たぶん、間違いなく。 「みーず!」 「ジェン、ちょっと待って、中身減らしてくる……」 「水ったら水!」 臣下の心遣いも知らず、陛下はわがままいっぱいだ。本当にこれ、ジェンセンなんだろうか。シェイプシフターだったりしないだろうか。いや、王様ごっこをしたがるシェイプシフターもどうかと思うけど。 一体何のスイッチが入っちゃったの、と思いながら、もういいや、と素直にペットボトルを手渡した。 こぼす、絶対こぼす、と思いながら身構えていたが、意外と手つきはしっかりしている。ごっくごっくと咽喉を鳴らして飲み下す様子に、ああそんなに喉が乾いてたんだなあ、と思った。 ……思うだけにした。 逸らされた喉元の白さや、ちょっととがらせた唇のかたちや、その表面が濡れ濡れにピンク色なことや、伏せ目がちになった睫毛の落とす長い影や、そうしたものに意識を奪われるのはヤバイ、と自覚があったので。 だからって視線をずらした先にはTシャツから覗くまっすぐな鎖骨のラインとか、広くてたくましそうな割に丸みがあってかわいらしい肩口とか、服越しにさえ絶対注視しちゃいけないと思ってる胸の盛り上がりの先だとか、滑らかにへこんだ腹のラインだとか、そこだけは完璧でなくて微笑ましい、やや歪んだ足のかたちだとかが目に入るわけで、ほんとにもう、このひと、どっかフェロモン出てない場所はないの! と、ジャレッドは常々悲鳴を上げたい気持ちで考える。決して自分はフェティシズム信奉者ではないはずだが(少なくとも、普通の男が持つ以上の情熱は持ってないと思う)、ジェンセンは本体まるごとでも各々のパーツに分けても、充分観賞に耐えうる外観をしているので、たまに、こうして倒錯的な観察の仕方をしてしまうこともある。 気をつけないと、すごく変態ちっくな目線で彼を眺めているんじゃないかと心配だ。ていうか気をつけてるつもりで、でもきっとたびたびそういう目で彼を見てる。 恋愛、とか。 欲情、とか。 友達の範疇に収まらない情を持って。 ジェンセンは、知ってるのかなあ、と思う。 知らないはずはない、とも思うし、変なところで底抜けに天然な気質なので、本気で気付いてない可能性も捨てがたい。だからジャレッドもどうしていいのかわからない。 近づいていいものか、知らないふりをするべきなのか、ごめんなさい、と謝るべきなのか。 ただ、そうした曖昧な距離に救われているのも確か。決定権はジェンセンにあって、彼がそれを行使しないなら──あるいは、その権利そのものに気付いてないなら──今のままでいられる。 後ろ向き、いやそんなことない。はず。 大事な相手だから慎重になる、壊したくない関係だから臆病になる、当たって砕けてそれで終わりにしたくないなら当然だ。 「ドレイ、靴」 「は、」 ついぼんやりしてたらしい。ジェンセンの右足に膝をつつかれて我に返った。つつかれて、っていうか、靴底で押されたって感じ。遠慮がない。足跡がついたらどうしてくれるんだ。 「靴? 脱がすの」 うん、と陛下はうなずいた。 それも何だか倒錯的だ。もっともはき慣れたスニーカーだからムードはないけど。 かかとから抜いて、ソファの足下にそろえておいた。靴下も、というからそれも脱がせる。ディーンならシンクに放り込むところだが、さすがにそこまでフリーダムには生きてない。とはいえ几帳面というほどでもないから、靴の上にぽとぽと落とした。 目の前にあるジェンセンの足の白さに驚いた。そうだよな、普段陽にさらされるチャンスなんか全然ないもの、白くて当たり前だ。 でもそういえば、ここはまじまじ観察したことはなかったなあ、と思った。ずいぶん遠慮のない間柄だとは思うけど、足見せて、なんてさすがにねだったことはない。そんなこと請われたら、ジェンセンもさすがに引くだろう。いやでもどうかな、ほんと、馴染んだ相手にはどこまでもガードの甘いひとだし、何それ、とか笑いながら許してくれるかも。 「……何かそこに面白いことでも書いてあるのか」 足の先を凝視する臣下に不信を覚えたのか、王様が気だるそうな声でそう言った。 「ジェンがそんなに酔っぱらってる理由がわかるかと思って」 ふざけながら顔を上げたら、正面から視線がかち合った。金緑の瞳が予想外に冷静で息を飲んだ。 そこにはアルコールの影響なんてほとんど感じられない。薄く上気した頬や目元だけで、それだって、酔ってるというよりはずいぶん色っぽいような。 あれ、えっと。 ジェンセンの足下で膝をついたまま、ジャレッドは、今何が起こっているのかを確かめようと、恋しい相手の表情を懸命に見据えた。 「……ジェン、」 ジャレッドの手の中から、自分の足を取り戻して、ジェンセンはやけにつやつやして見える唇でゆっくりと微笑みをかたちづくった。 「お前が一番興味あるのは俺の足なわけ」 「え、や、違うけど」 ないわけじゃないけど、興味っていうなら、頭の先から足の爪の先まであるけど、そんなの、丸ごと全部でジェンセンなわけで、どこが一番とか決められないけれど。 「ジェン」 それはゲームの続きなの。初めから酔ってなかったの。どういう答えを期待してるの。俺は希望を持ってもいいの。 訊きたいことはどれも言葉にならなかったので、バカみたいに名前を繰り返した。 何だよ、とジェンセンは意地悪く笑っている。いじめっ子だ。自分の方が絶対的に有利だと思って。 けれどそうした表情さえどうしようもなく魅力的で、一番興味のある場所は決められないけど、今一番触れてみたい場所を訊いてくれたら、あんたの唇だよ、と答えられるのに、とジャレッドはひどく浮かれた気分で困りながら、差し招くように伸ばされた手を丁重に押しいただいた。 終わり |
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| 2010.4.23 季節もタイミングも外しまくりですいません。 二人が結婚してるとか婚約してるとかの現実はまるっと無視の方向で。 別にSDでも良かったか、と後から思いました。 |