| 「どうしたんだ、難しい顔をして。『仕事』の悩みか?」 ブラッドが声をかけると、眉間に皺を寄せて頭を抱えていたショーンは、机の上に突っ伏した。 「…うん。まったく、景気が悪くて困るよ!」 ショーンの声音は、困り果ててはいたが、ブラッドが予想していたほど深刻なものではなかった。 常にやわらかな笑顔を絶やさない神父ショーンの悩みはたいてい、彼自身の『仕事』のことだ。 人間界での仮の姿の職業ではなく、彼本来の姿、悪魔としての。人の命と魂を傷つけるその『仕事』を、ショーンはひどく嫌悪していた。人間のように、気安く転職することなど出来ない。彼が彼として在り続ける限り、決して逃れることの出来ない業なのだ。 だから、ブラッドはてっきり、ショーンがまたそのことで、悩んでいるのかと思ったのだ。 だがよく見ると、ショーンが顔を伏せているのは、魂を取引する契約書ではなく、教会の帳簿だった。彼にとっては、どうやらこちらの方がが本業らしい。 「礼拝堂の改修費が、なかなか集まらなくてね…」 あまり大きな桁の数字は書かれていない帳簿から顔を上げると、ショーンはため息をついた。 職業「神父」の変わり者悪魔、ショーンの目下最大の悩みは、教会の修繕費のことらしい。 先日の嵐で、礼拝堂のステンドグラスは、甚大な被害を受けた。特に、祭壇の上にある、最も大きく、最も美しいステンドグラスは、もう生半可な修繕ではどうにもならないほど、ひどく破壊されてしまったのだ。 百数十年前に建てられたこの教会は、名のある芸術家の作品でも、貴重な文化遺産でもなかったが、この町の人々にとっては、大切な心の拠り所だ。何としても、以前の美しい姿を取り戻したい。 しかし、慎ましい田舎の教会に、それを修繕できるほどの財力などあるわけもない。仕方なくショーンは、教区の住民から寄付を募ったのだが、必要な金額にはとても到達しそうもなかった。 地道に寄付を集め続けていれば、いつか目標金額に達するかもしれないが、いつまでも、現状のままにしておくわけにもいかなかった。ビニールシートとガムテープで目張りしただけの窓は、痛々しい。 「手っ取り早く、確実に、多額の寄付を集める方法を知ってるぜ?」 「…本当かい?」 ブラッドの言葉に、ショーンは目を輝かせた。 「ああ、簡単なことだ。あんたが、金持ちの後家さんのところに言って、哀れっぽく瞳を潤ませながら、耳元で囁くんだ。そうすりゃ一発で…」 にやにや笑うブラッドの顔に、ショーンは真っ赤になって帳簿を投げつけた。 「痛ってえなあ、何するんだよ」 「…き、君こそ、何てことを言うんだ。神に仕える者が、そんなこと、出来るわけ無いだろう!」 ショーンの生真面目さは、とても悪魔とは思えない。…神父としては、すこぶる優等生だが。 「あんたホントに頭が固いな。…誰も、後家さんを口説けなんて言ってないだろ?品行方正な神父さんは、心を込めた神への言葉を唱えればいいんだ」 この頭の固い悪魔に、色仕掛けなんて真似ができるとは思っていない。それに、万が一、そんなことになったらブラッドだって面白くない。 「そんなので、寄付が集まるわけないじゃないか」 ブラッドの名案を、ショーンはあっさり却下した。彼は、自分の魅力がちっともわかっていない。 年老いた先代の神父から、この秀麗な金髪の神父に代替わりして以来、日曜には女性信者が大勢詰めかけるようになった。誰もが、礼拝には余りふさわしいと言えない濃い化粧を塗りたくっている。 金持ちの後家でなくたって、貧乏人でも亭主持ちでも若い娘でも、この神父に二人っきりで懇願されたら、幾らでも支払ってしまうだろう。 「ショーンがやりたくないんだったら、代わりに俺が『交渉』してこようか?」 天界の住人とは思えぬセクシーな笑顔で、ブラッドが提案する。職業「ジゴロ」だと言われてもうっかり信じてしまいそうなこの美形が、実は天使だというのが、時々不思議でたまらない。…と、自分のことは棚に上げて、ショーンは思った。 「駄目!絶対、駄目!」 またしても、ショーンはブラッドのアイディアを激しく否定した。しかし、今回は、自分の意見が受け入れられなくても、ブラッドは嬉しそうだ。 「…それは、『神父さん』としての意見?それとも…」 ショーンは白い首筋まで薄紅に上気させて、ブラッドから目をそらした。 ブラッドとしては、ショーンがそういう反応を見せてくれなければ困る。 万が一にもありえないが、ショーンから、「じゃあお願いするよ、行っておいで」なんて言われたら、立ち直れないくらい落ち込まねばならない。 まがりなりにも、いちおう、二人は恋人同士なのだから。 人並みはずれた照れ屋のショーンが、言葉に出してくれるのを期待するのは欲張りすぎだが、この状況なら、彼がやきもちを焼いてくれていると、自惚れたっていいだろう。慎み深い(と、自分では思っている)ブラッドは、それだけで満足することにした。 「…なあ、本当に、名案があるんだ」 ショーンはすっかり不信感を抱いて、ブラッドを睨みつけた。そういう表情は、さすがに悪魔らしくて迫力がある。 「…私も、君も、他の誰も、色仕掛けってのは、無しだよ」 恋人としても、天使としても、ブラッドは全く信用がない。 「いや、今度こそマトモな案だって。しかも、絶対確実。これで寄付が集まること間違いなし!」 「……本当に?」 ブラッドの軽口は少しも信用できないが、「絶対確実」の案にはちょっと心惹かれるものがある。身を乗り出したショーンに、ブラッドは満足そうに頷いた。 「寄付が集まらないのは、計画が曖昧すぎるからだ。誰だって、このままでいいとは思っちゃいない。具体的なプランを示してやれば、みんなちゃんと金を出してくれるさ」 「……それだけ?」 ブラッドの案の、あまりの平凡さと堅実さに、ショーンは拍子抜けした。彼のことだから、もっと奇抜なアイディアを出してくるかと思ったのだが。 「そんなことで、簡単に寄付が集まるかなあ?」 半信半疑のショーンに、ブラッドは自信満々に断言した。 「ああ、絶対大丈夫だ。大船に乗ったつもりで、俺に任せとけ」 まあ別に失敗しても害の有りそうな案でもなかったので、ショーンはダメモトで、ブラッドに任せてみることにした。 しかし、ブラッドの計画は大当たりで、翌日から教会には、続々と寄付が集まり始めた。 毎日教会に通っている熱心な信者も、それほどではない者も。富裕な地主からの多額の寄付もあったし、自分の暮らしにも精一杯の者からの、なけなしの寄付もあった。小さな子供までが、小遣いの銅貨を握り締めてやってくるのを見て、ショーンは涙が出そうになった。 ブラッドは、特別なことをしたわけではない。たった一枚、大きなポスターを作って貼り出しただけだ。そこには、寄付を求める言葉と、工期の日程、そして、新しいステンドグラスの完成予想図。ただそれだけだ。 ブラッドの言うとおり、みんな本当は、教会の復元を望んでいたのだ。寄付が集まらなかったのは、神父としての自分が不甲斐なくて、しっかりした計画を示せなかったせいなのだ。 自らの未熟さに深く反省しつつ、ショーンはブラッドに対する敬意を強めていた。やはり彼は、見た目よりもずっと立派な志を持った、素晴らしい人なのだ、と。 …ショーンは、ブラッドの「プラン」の真の意味に、全く気付いていない。 数ヵ月後。教会の礼拝堂に、新しいステンドグラスが完成した。以前の、重厚ではあるが少し陰気な聖者の殉教の図案ではなく、もっと明るい、神の祝福を感じさせるもの。ブラッドの考えたその図案は、ショーンもとても気に入っていた。 だが、鈍感な彼はまだ気付いていない。なぜブラッドがこれを描き、それによって多額の寄付が集まったか、ということに。 祭壇の真上、最も目立つ位置に大きく描かれた、神の子を祝福する金髪の天使。その姿は、この教会の神父に、とてもよく似ていた。 END |
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わあわあ、血天使×あくまめの設定で、秋好さんが素敵小説を書いてくださいました! ショーン神父様、かわいいですねえ♪♪ こんな教会、私も通いたいです。 秋好さまのサイトはこちら。 2005.09.04 |