| 注:この話はこちらとこちらのイラストの設定を元に書かれてます。 |
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| 「……何やってんだ……?」 オーブンの前を右に左に、慌ただしく駆け回っているエプロン姿のショーンに、ブラッドは『理解できない』という顔をした。 「お菓子を焼いてるんだよ。クッキー。いい匂いだろ?」 確かに、台所中、ふわりと甘い香りで満ちている。 バターと卵と砂糖。それよりもさらに甘い表情で、ショーンは楽しそうに作業をしている。 「クッキーはわかるけど……なんでこんなに大量に焼いてんだ? 信者に配るのか?」 ざらざらと積み上げられるクッキーは、もう小山のようになっている。 一体何人前焼くつもりなんだ、とブラッドは呆れた。 「今日はハロウィンだからね。子供たちにおみやげ」 「──なるほど」 つまみ上げたクッキーは、コウモリの形をしていた。つみあげられた山の中には、猫やかぼちゃもある。器用なものだ。 「可愛いだろう? 割と評判いいんだよ、私のお菓子は」 ほらね、と通りすがりに一つ、ブラッドの口に放り込む。 「む」 それほど、甘いものは好きではないのだけれど。 ブラッドは、おとなしく焼き菓子をかみ砕いた。 まだほんのり温かいそれは、さくりと割れて、香ばしい香りが広がった。 かなり甘味が強い気がするのは、子供たちに渡すからなのか、ショーンの好みなのか。 何で悪魔のくせに、菓子作りが得意なんだろう、と考え、それを言いだすなら、ハーフブリードの悪魔が教会を住み処にし、あまつさえ神父をやってることからつきつめて行かねばならないので、早々に思考を放棄する。 どういう意味においても、ショーンという存在は、悪魔の範疇に収まらないように出来ているのだ。 能力的には、四大実力者に次ぐとまで言われるほど強大な力を持ち、魔界の主の側近くに仕えることすら可能だというのに、心の在処は、その対極の位置にある。 究極の適応不全だ、とブラッドは思う。 うっかりでおっとりでぼんやりで、他者を喜ばせることが好きで、花が開くように笑い、静かな声で 地上にいるどの天使が語るよりも、その言葉は美しくブラッドの耳に響いた。 「ブラッド、せっかくいいところに来たんだから、ちょっと手伝ってくれないか?」 「は?」 ポケットに手をつっこんだまま、ぼんやりとショーンの動きを目で追っていたブラッドは、いきなり話をふられて、間の抜けた返事をした。 「いいところにって何だよ。俺は台所仕事なんかできないぞ」 「知ってる。君に安心してまかせられるのは、おいしいコーヒーを淹れることくらいだよね」 「わ……」 悪かったな、とブラッドがヘソを曲げるよりも先に、「でもね」と甘ったるい笑顔が続いた。 「それは充分にすばらしい技術だよ。だって、私は」 君の淹れたコーヒーを飲むのが、とても好きだ。 「…………」 ふわふわと微笑むハーフブリードの悪魔に、天然め、とブラッドは形にしそこねた反論を、口の中で噛みつぶした。けれど、広がるのはクッキーの甘さばかりだ。 ほんとうは、紅茶党だということを知っている。たっぷりのミルクで入れた、ロイヤル・ミルクティに、砂糖をひとさじ。あるいは、りんごを入れたり、いちごを入れたり、ミントにしたり、手を替え品を替え、楽しんでいるようだ。 それなのに、ためしに、と差し出したコーヒーも嫌がることなく、おそるおそると口をつけ、それから「おいしい」と目じりをやわらかく緩ませた。 ちゃんと淹れるとおいしいんだねえ、とのんびり言うから、実は半分近くがミルクで、誰が淹れても変わらないんじゃないか、と思ったのは未だに秘密だ。 ショーンは、ブラッドの淹れたコーヒー以外は飲まないから、バレる気遣いはなかった。 「作るほうじゃなくてね、ほら、これ」 手のひらに載せられたのは、ちいさな袋と、色とりどりのリボンだった。 ブラッドは、あまりなじみのない、かわいらしい品々をじっと見下ろして、その意味を考えた。 つまりは、クッキーのラッピングをしろ、ということだ。 「一袋に五個ずつだよ。リボンはちゃんとちょうちょ結びでね」 「──ちょうちょ結びって」 「え、できない?」 心底驚いた顔をされて、ブラッドはがくりと肩を下げた。 「……できるよ」 出来る出来ないの問題じゃない、と思ったが、どうにも会話がつながらないので、面倒になって、ブラッドはクッキーの山の前に陣取った。 これは神の使徒に相応しい仕事なのかどうか、と難しく寄せた眉の下で考えながら。 正しく五個ずつ詰められて、ピンクやブルーやイエローといった、優しいいろどりのリボンで結ばれたクッキーの袋に、子供たちは大喜びだ。 ショーンから配布係まで押しつけられて、ブラッドは、ひよこのようにピヨピヨ鳴きながら群がってくる子どもたちを、きちりと一列に並ばせた。 小さな子から順番に、女の子が優先。 その鮮やかな手並みに、大人たちから賞賛のまなざしが向けられる。 あれで、彼は子供が好きで、扱いも上手だ、ということを、ショーンは知っていた。 悪魔にも色々とあるように、天使にだって個性がある。弱者をいたわろうとするのは善属性の常だけれど、ブラッドは特にその傾向が強い。弱いもの、庇護を必要とするものにはブラッドはずいぶん甘かった。 もっとも、その原因が自身の非だった場合──そしてそれを反省しないような相手──には、一切の容赦をしないのだけれども。 ちょくちょくとこの教会にやってくるブラッドは、ハンサムで気さくなところが少女に、器用でたいがいの遊びを鮮やかにこなすところは少年に慕われている。 彼の手から渡されるクッキーには、ひとつひとつ、『天使の祝福』が込められていた。危険な目に合わないように、哀しい思いをしないように、いい夢を見られるように。ささやかだけれども、大切な。 自分には決してできないその行為をうらやましく思い、その手間を惜しまずにいてくれるブラッドを好きだと思った。 子どもたちが、クッキーと優しい気持ちをお土産に渡されて笑顔で帰って行くのを、ショーンは同じように幸せな気持ちで見送った。 「ジャック・オ・ランタンだ」 そうっと、ゆびさきでカーテンの裾をめくって、ショーンが微笑んだ。 部屋の中は暗い。 木立の向こうで、家々の先に置かれたジャック・オ・ランタンが、やわらかくオレンジの光を灯しているのが、良く見えた。 「お化けカボチャだよ、ブラッド」 振り返って、ショーンは繰り返した。 そりゃハロウィンなんだから、ジャック・オ・ランタンだってあるだろう、とブラッドは思ったけれども、ショーンがあまりに嬉しそうなので、そう口にするのは気が引けた。 カボチャであろうとタマネギであろうと、ショーンが楽しいなら、まあ、別にそれで。 外からのわずかな光に、ショーンの肌の色が浮かび上がっている。何も身につけない身体はやわらかそうで、否、それは推測でなく事実だということを、ブラッドは知っている。 てのひらや、指や、唇、で。 さっきまで、ほのかに紅く色づいていたそれが、今はすっかり熱をなくして青白く映る。 瞳の擬態をやめてしまえば、どれほどの暗さだろうと、正しい色を認識することができるけれども、ショーンがそれを嫌うので、彼の前では不便を忍ぶことにしていた。 見られることでなく、表情が消えるから怖い、とショーンは言った。 それから、さみしい、と。 さみしいだなどと、一体、悪魔がどんな顔で、と以前のブラッドなら思っただろうけれど。 「きれいだねえ」 ぶかっこうな野菜に灯された明かりを評して、ショーンはそんなふうに言う。 ショーンを通すと、この世のすべてが、唐突に光を帯びる。美しく、清浄で、優しさと愛に満ちた世界。 それは間違いではない。 けれど、半分だ。 残りの半分を、ブラッドは視る。 この世は雑多で、醜悪で、暴力と、物欲に満ちている。 それでも、まあ、まだ。 捨てたものじゃない。 そう思えるうちは大丈夫だ。 絶望に向かっている気もするが、それでも、ささやかに愛し合い、思いやりをかたちにする術を、すべての人間が忘れたわけではないから。 何より、ブラッドはこのところ世界に対して、ひどく寛容な気持ちになっていて、その自覚があるだけに少々気まずい気もしている。 そうさせた当の本人──厳密には『人』ではないが──は、まったく気づかぬふうで、「ブラッド」と優しい響きで名を呼んだ。 「天界はもっときれいなんだろうね?」 神の使徒が暮らす場所は、ここよりもっと美しいのだろう、と探求心に満ちた子どもの瞳で訊ねてくる。 確かに、美しいというならば、この世界より清廉ではあるけれども。 ──すこしばかり、つまらない。 どこもかしこも隙なく美しい世界では、その価値を見失う。 そんなふうに思うのは、自分が地上に暮らす、半天使だからかもしれないけれども。 「俺はこっちの世界が好きだね。したたかで、たくましい」 天界と魔界の間にはさまれた、ちいさくて、不安定で、おそろしく生命力に満ちた空間と、そこに住む命たちを、ブラッドはけっして見下げてはいなかった。 君はね、とショーンが、さも知った気に言ったことがある。 「自分で思ってるより、ずっと優しいんだよ」 どちらかと言えば、容赦なく、融通のきかない性質だ。不審気な気持ちが顔に出たのか、ショーンは、ふふ、と綿の実を転がすように笑って、「本当だよ」とブラッドの額にキスをしたのだった。 「──それは、本当?」 おずおずと問われ、何の話だっただろうか、と一瞬前の話題をたどった。 ああ、思い出した。 「ああ、本当だけど?」 何、と訊ねると、ショーンは、はにかみを見せて微笑んだ。 「良かった」 「何で?」 「だって、私はどうやっても天界へは行けないもの。君に、会えなくなってしまうよ」 だから、君が、この世界を好きでいてくれて良かった。 「────」 会いたいわ、だとか、会えないかしら、とか、そういったたぐいの誘い言葉なら、いくらでも聞いたことがある。「会いに来て」ならもっと。 でも、手練手管でなく、ただもう、素直な感情の発露として、こんなふうに言われたのは、そう短くもない人生の中で、まったく未知の経験だ。 何てことだ、と、むしろ絶望にも似た気になって、ブラッドはシーツに背を預けた。 「ブラッド?」 どうした? と罪なく訊ねてくる恋人を、腕の中に抱き込んでしまう。 彼を愛おしむ気持ちが罪だと言うなら、与えられる罰を受け入れる覚悟すらある。 「──あの、ブラッド……」 えっと、嫌じゃないけど、でも、あのその。 待って、とおろおろしているショーンの首筋に、唇をあてた。 「あ……っ……」 肩をすくめて、弱々しく抵抗するのを、さらに強く抱きしめることで封じ込めてしまった。ついでに、キスで言葉も奪ってしまう。 始めてしまえば、そこはさすがに悪魔らしく、ショーンは快楽に従順だ。 首にからめられた腕が、行為の続きをうながした。 ここに介在しているのは、神の慈愛か、悪魔の悪戯か。 罠に落ちたのは、一体どちらなのだろう。 後日。 ブラッドの悪友──口が悪くて黒髪でチェーンスモーカーの──は、お前が落ちてるのは罠じゃなくて恋だ、と、あんがいロマンチックなことを、しかし、さも呆れた気に断言し、ハーフブリードの天使を絶句させた。 END |
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| ベースは「コンスタンティン」です。 悪魔の豆さん(通称・あくまめ)と、天使の血さん(通称・血天使)のラブ話(何それ、一体)。 いろいろあって、二人が仲良くなってからの一コマ。 2005.06.26 |