「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
聖なる夜に、神の祝福を。
**たまご**
人形や樅の木やブーツ、トナカイと言ったクリスマス仕様のクッキーは、リボンを通されて、クリスマスツリーに吊るされる。しっかりとした生地で作られた、オールドタイプのドーナツや、キャラメルで固められたポップコーンボールもだ。
それらは、ミサの後で子どもたちへのプレゼントになる。
器用なショーンの手が、ピンクや緑や白、黄色、と色とりどりのアイシングで模様を描いて行くのを、ブラッドは素直に感心しながら見守っていた。
「……何?」
シンプルなエプロンをして、作業に没頭していたショーンが、ふと顔を上げた。
「ん? いや、器用だな、と思って感心してた」
「君もやってみる?」
「いや」
差し出された搾り出し袋を、ブラッドは、丁重に断った。不器用なたちではないけれど、どうも家事一般となると、勝手が違う。紙の上に図形を引くことと、クッキーの上にサンタクロースを描くことでは、必要な才能の種類が違うらしい、と、わかるのはそれくらいだ。
「俺がやったんじゃ、せいぜいが『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』だ」
真面目な顔でそう言ったブラッドに、ショーンはころころと笑った。
「いいじゃないか、可愛いよ、あれも」
「知ってんの」
「この間、テレビで見たよ」
「意外」
正直な感想を率直に口にのぼせ、ブラッドはまじまじとショーンを見上げた。この、悪魔としてはもちろん、神父としても今どきの照準に照らし合わせれば、冗談のように堅物な聖職者は、俗界にいながら、まるで修道院に暮らしているかのように慎ましく、禁欲的な生活を送っているからだ。
「テレビなんか見んの」
「──当たり前だろう?」
当たり前なのか。
でも、彼がテレビを見ているところなんて、見たことがないのだけれども。
「君が思ってるより、私は俗っぽいんだよ」
「そうかあ?」
「ミッキーマウスだって、ウィニー・ザ・プーだって知ってる」
「……はあ」
突如として出てきた名前に、ブラッドは間の抜けた返事をした。
みっきーまうすって。
ふつう、それは「知ってる」とわざわざ宣言するようなものではなく、まあ、あえて言うなれば、「一般教養」と呼ばれるカテゴリに属するのではないかと思うが。
だいたい、何でミッキーマウス?
「ディズニーランドにでも行ったのか?」
「ディズニーランドって何?」
「は?」
二人はぽかんと顔を見合わせた。
「だから、ミッキーマウスのいるところだよ」
「え、ミッキーマウスってほんとにいるのかい!?」
「…………」
「…………」
ああほら、ぜんぜん噛みあってねぇし。
これは一から話を始めたほうが早そうだ、とブラッドは思った。
「あのさ──そもそも、ミッキーの話はどこで聞いたんだ?」
「え? ええとね、この間、 教会 ここ でやったバザーの出品物の中に、絵本があったんだよ」
大切に読まれていたらしいようすに惹かれて、手にとった。ページを開くと、耳の大きな不思議な生物が主役だとわかった。子どもたちに訊くと「ミッキーマウス」だと教えてくれた。世界一有名なねずみを知らない神父に、「これは知ってる?」子どもたちは別の本を差し出した。
ミッキーも知らないショーンが、はちみつのツボにぺっとりと前足を差し込んでいる、黄色いクマの名前など知るはずもなく、コモンセンスの足りない神父さまは、その日一日で「プー、ピグレット、イーヨー、ミニー、ドナルド、デイジー」などなどの名前を色々学習したらしい。
……しかし、どうやら、もっとも根幹的な情報に、あからさまな欠損があるようだ。
「ええと、つまり、『ミッキーマウス』は、『ディズニーランド』ってところにいるねずみってこと?」
「……じゃなくて……もともと、ミッキーはアニメ映画のキャラクターなんだよ。そのキャラクターをメインに作ったテーマパークが『ディズニーランド』。おんなじようなのが、世界中、あちこちにあるぜ」
「……ふーん?」
にこにことうなずいてはいるけれど、絶対にわかってないに違いない。
案の定「それで、テーマパークって何だい?」などと言いだして、ブラッドを脱力させた。
一体この半悪魔は、地上に出てきて何年になるというのだろう。
彼を除くすべての半悪魔と、結構な数の半天使は、人間界で聖書を読むよりも先に、娯楽と悪徳の知識を手に入れ、それを実践してみるものなのだけれど。
それも、たいがいは、酒、煙草、セックス、ドラッグといった〈楽しみ〉であって(どうせ中毒になりはしないし)、テーマパークなんて、娯楽のうちに数えられるかどうか。
これはもう、「百聞は一見に如かず」だとブラッドは結論を出した。
「OK、ファーザー・ショーン、今度、一緒に行ってみるかい?」
「? どこへ?」
「この話の流れで、ディズニーランド以外のどこへ行くってんだ」
あそこは男二人で(しかも、いい年齢の)が行く場所では絶対にない、とは思うけれども。ブラッドは、どうしても、あの二足歩行のネズミを、ショーンに見せたくなってしまった。
んん? と聞き返されて、ショーンは、きょときょとと視線を動かした。
「あの……それって、君と私がディズニーランドに、一緒に行くってこと?」
「うん? 何、俺とじゃ、嫌?」
「ち、違うよ」
ぜんぜん嫌じゃないよ、と大きく頭を振って、それから、敬虔で世間知らずで、お人好しで純情な(ベッドの外では、だ)悪魔は、耳まですっかり赤くなった。
「あの、えっと、すごく」
嬉しい、とちいさな声で言い、それから、どもりどもり「そうだ、たまごをとって来なくちゃ」というような意味のことを言いながら、とうとう台所から出て行ってしまった。
──たまごって。
今さら何に使うんだ。
ていうか、たまご、そこに出てるんだけど。
そう思ったとたんに、がたん、と大きな音がした。何かにつまづいたらしい。
生真面目な顔を、テーブルについたひじの上に乗せて、ブラッドは恋人の動揺の理由を考えた。
あんなに赤くなるようなこと、何か言ったっけか?
ブラッドとショーンの間には、属する世界の反転、という、どうしようもない溝が横たわっているのだけれども、実際問題として自分たちを隔てているのは、そこではない気がするのが恐ろしい。
ショーンには、ブラッドの言うことが通じないことがままあるし、ブラッドにはショーンの考えていることがわからないことが、よくある。
たとえば、今みたいに。
でも、別にそんな、耳をふさぎたくなるようなエロいこと言ったわけでもないしなあ、と、内容はともかく、ブラッドは真剣に考えている。「一緒にテーマパーク」なんて、誰ともしたことがないほど、健全なデートの提案をしただけなのだが。
「……あれ?」
ふと疑問に思い当たって、ブラッドは、わずかに眉を寄せた。
そういや、今まで、どこかに遊びに出かけたことなんか、なかったっけ。
悠久の時を持つ自分たちは、ふだん、時間を区切って考える習慣が、あまりない。なので、ショーンと会ってからの日数を数えてみたことはないのだけれど、考えてみれば、顔を合わせると言えば、この場所でばかりだった。
そもそも、ショーンひとりで何もかもを切り回しているような、ちいさな教会なので、そうそう神父が留守にするわけにもいかないし、ブラッドのほうはいくらでも時間のつじつまを合わせられるので、別にそれで不便を感じたこともなかったのだけれども。
真っ赤になって「嬉しい」と言った恋人を思い出す。
あんなに喜んでくれるなら、もっと早くに思いついていれば良かった、と思った。

がたごと、ごそごそ、となにやら大騒ぎをしたあげくに帰ってきたショーンは、たまごではなく、チキンをまるごと手にしていた。ミサの後で、二人でささやかなディナーを楽しもう、と、ブラッドが買ってきたものだ(調理担当は、ショーンだけれども)。
たぶん、たまごが見当たらなくて──あるいは、もともとキッチンにあることに、後から気づいて──部屋を出て行った言い訳に、そこにあったものを持ってきたのだろう。
いごこち悪げに、視線を泳がせて帰ってきた神父様を、ブラッドは、行儀悪く頬杖をついたままの体勢で迎えた。
「もう焼くのか?」
「え、……ううん、えっと、準備だけして……」
ミサの直前にオーブンに入れておけば、とか何とか、口の中でもそもそ呟いている。
「ふーん?」
さも感心したかのように目許は細められていたけれど、唇に浮かんだ笑みは、とても意地悪そうで、ショーンは困窮してしまい、おどおどと言葉をさがした。
「……肝と、ブランデーに漬けたプラムを刻んでね……ええと、付け合せは、栗とペコロスなんだけど……ポテ……ポテトも、いるかい?」
「どっちでもいいよ。ショーンの好きなほうで」
「…………そう」
それで、とブラッドは、たいそう慈愛に満ちた笑顔で言った。
「あんたが取りに行ったたまごは?」
「…………」
絶対言われると思ったことを、やっぱり言われて、ショーンは足元を見下ろした。
ブラッドのことは大好きだし、彼は自分で言うよりずっと優しい気持ちを持っているひと──天使──だし、その志は立派で、尊敬に値すると思っているけれど。
ときどき、どうしようもなく、こんなふうに意地悪なのはどうしてだろう、と途方にくれた気持ちの裏で考える。
そうやって、困り果てた自分の顔が、どれくらい可愛いか、というようなことは、もちろん、この悪魔の想像の範疇外だ。
「……あの、えっと、た、たまごは………、ふ……」
「ふ?」
「孵化、したんだよ」
「…………」
「…………」
しーん、と空気が静まり返り、二人は暫時、顔を見合わせた。
ショーンは泣きそうな顔で。
ブラッドは驚いた顔で。
「……ふか」
たまごが。
ああ、それで、チキンを。
──って。
「……は……」
あーっはっは、とブラッドは高らかに笑い出し、そうかなるほど、それでチキンをね、と、机に伏せながら繰り返した。
怒り、という感情をあまり持たないショーンは、ただただ当惑して、笑い転げる天使を見守っていた。
そんなに身体を折ったら、椅子から転げ落ちるんじゃないか、と心配したところで、ブラッドはようやっと顔をあげ、笑いすぎで涙のにじんだ目許を拭ってから、チキンごと、大事な恋人を抱きしめた。



END
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あくまめさん本第一弾「Holly Night」より
2008.06.21(再録)