| **プレゼント** |
| 食事中、ショーンはずいぶんと静かだった。 もともと、大騒ぎするようなたちではないけれども、それにしても口数が少なく、まるで何かにふさぎこんでいるようだ。 ただ、その理由がわからなくて、ブラッドは困惑している。 ミサは静かに、厳粛に行われ、賛美歌が歌われ、子どもたちは、クリスマスツリーに飾られたクッキーオーナメント(もちろん、ドーナツやポップコーンも)に、わっと群がった。 聖なる夜、聖なる場所で、悪魔の神父に見守られた子どもたちは、行儀良く、一つか二つのお菓子をもらって、嬉しそうにニコニコと笑っている。うちへ帰れば、クリスマスのごちそうがあって、朝にはきっとサンタからのプレゼントが、枕元に置いてあるに違いない彼らを、ショーンも笑顔で見送っていた。 オーブンに入れておいたチキンだって、きれいなあめ色に焼けていたし、ワインとの相性も良かったし、さっきの件についてはちゃんと謝罪して、和解できているはずなのだが。 「ショーン?」 「……え?」 ぼーっと空になった皿を見ていたショーンは、名前を呼ばれて、のろのろと顔を上げた。 ──やっぱり、どうも変だ。 「もう終わりなら、コーヒー飲まないか? それとも、まだ食う?」 「あ」 慌てて、手にしたカトラリーを置く。 「うん、もう終わり……ごちそうさまでした」 静かに指を組む彼は、いつでも感謝を忘れない。 皮肉な運命を生きながら、多くのものを、ただ受け入れている。 伏せられたまつげの長さにみとれて、ブラッドはその横顔をのぞきこんだ。 「ショーン?」 「ブラッド」 短い祈りの後、ショーンは、何ごとかを決意した顔で、ごく間近にある恋人の顔を見上げた。 「……何?」 「君たちは、いつから、あんなことを計画してたんだい?」 「あんなこと?」 「プレゼントだよ」 「──ああ」 ついさっきのことだ。 教会の入り口に立って出席者を見送っていた神父の下へ、ひとにぎりの子どもたちが、とことこを駆け寄ってきた。 どうしたの、と背をかがめたショーンに、ふかり、と白いものが差し出された。 「これ、神父様に」 そう言ったのは、一組の姉妹の、姉のほうだった。 両親共に、信仰深い一家で、当然ながら、子どもたちもショーンになじみが深い。 姉妹が、まだちいさな手に乗せて差し出したのは、ふわふわした白い毛糸のミトンだった。ご丁寧に、甲の部分には桃色のうさぎがついている。 「……これは?」 「妹と一緒に編んだの」 「ほんとは、ちゃんと五本指のにしたかったんだけど、難しくて」 二人の少女はぺろりと舌を出し、メリークリスマス、と暖かな品物を神父の手に押しつけた。 「……私に?」 「神父様、これも!」 別の少女から渡されたのは、ミックスグレーのマフラーだ。 「私が編んだの」 ちょっとだけ、ママに手伝ってもらったけど、と付け加えて照れ笑いを浮かべたのは、おそらく、半分以上、母親の手を煩わせたからに違いない。向こうのほうで、母親が「いいわ、秘密にしておいてあげる」と言わんばかりの笑みを浮かべて娘を見ていた。 「あ……どうも……ありがとう。ほんとに私がもらっても……?」 はにかみながら、おずおずと伸べたショーンの手に、「神父様、これも!」「これも!」と四方から品物がつみあげられて、あっと言う間に、小山のようになった。 それは、押し花で作ったしおりであったり、ショーンには何が描いてあるのかわからない、きれいなカードであったり(それを差し出した少年は「レアものだぜ!」と胸を張っていた)、ビーズ細工であったり、何かの(動物なのか、静物なのかもちょっと不明)のぬいぐるみであったり、ぱっと見にはゴミの集まりにも見えたけれど。 得意げに頬を赤くしている子どもたちに、神父は、それはそれは優しげな笑みを浮かべた。 「ありがとう。宝物の山だね」 偽りを口にしない聖職者の言葉に、子どもたちの胸は誇らしさでふくらんだ。 意気揚々と背筋を伸ばし、彼らは、「メリークリスマス」「おやすみなさい」と手を振って、彼らを待つ家族のもとへと駆けて行った。 てのひらに幸福を包み込んで、ショーンは彼らを見送った。 「で、これが俺から」 「ブラッド」 驚いて振り向いた肩を覆ったのは、黒いロングコートだ。頬に触れる生地は優しく、やわらかく、ずいぶんと上質なものなのだろうと思われた。 「え……何……?」 「あんたのコート、ずいぶんくたびれて、すっかり薄くなってるだろ。清貧もいいけど、風邪ひいたんじゃしょうがない」 「……風邪なんか」 ひくわけないのに、とショーンは首をかしげる。 聖であろうと魔であろうと、異なる世界の住人たちには、人界の稚拙な物理法則は、基本的に意味をなさない。高位の存在になればなるほど、その束縛はゆるくなり、時間も空間も自由自在にすり抜けることができる。ましてや、人間の病魔に影響を受けるハーフブリードは存在しないのだ。 「俺じゃないよ。子どもたちが、そう言って心配してたの」 だから、これはみんなを代表して、ってことかな、とブラッドは笑い、俺達もディナーにしようか、と新しいコートに包まれたショーンの肩を抱いた。 えーと、話が出たのは先月くらいだったかな、とブラッドは首をかしげた。 「自分たちも神父様に何かしたい、って子どもたちが言い出したからさ、一緒に相談したんだよ。高価なものは、あんた、喜ばないだろ? 自分でできることにしよう、って決めてさ」 まさか、うさぎのミトンが出てくるとは思わなかったけど、と、ブラッドは目元を弛めた。女の子のセンスというのは、なんとも不思議で可愛らしいものだ。彼女達は、あの動物が、目の前の神父に似合うと思ったのだろう。 「君のは」 「あれは、俺が作ったわけじゃないぜ」 「わかってるよ」 珍しく、駄々っ子のように唇を結んでいるショーンに、ブラッドは目を丸くした。 「何? ひょっとして怒ってるのか?」 「違うよ」 「気に入らなかった?」 「違う。とても素敵だと思うし、嬉しいよ。でも、私は……」 私は、君に何も用意してないのに、と神父はしょんぼり肩を落した。 「ショーン」 さっきからどうにも元気がなかったのは、そんなことを気にしていたからか。 「別に、そんなのはどうでもいいんだぜ?」 「そりゃ……、君はそう言ってくれるだろうとは思うけど」 でも、私だって、と、ショーンはもぞもぞ言っている。 「……ちょっと待っててくれれば、すぐに用意できるけど……?」 ほんとうは、世界中のどこであろうと、何であろうと、その気になれば、簡単に手に入れることができる。 けれど、ブラッドは、普段の生活において異能を使うことを避け、人界の法則に従い、与えられたもの、手に入るものだけを糧につつましく暮らしている悪魔に、そんなことで 「いいよ、ほんとに何もいらない。あんたが側にいてくれるほうがいいし」 温かな身体をすっぽりと腕の中に閉じ込めて、髪の中に鼻先を埋める。耳の後ろのうすい皮膚に口付ければ、びくりと背中が反応した。 「……ブラッド」 「ん?」 「君が……君の言うのは、その……」 「そういう意味だけじゃないけど、そういう意味も、まあ」 もちろん含む、で、と、ハンサムな天使はたいそう真面目に言った。 言葉をさがすように、薄く開いた唇に顔を近づけると、素直にまぶたが閉じて、ブラッドのキスを受け入れる。 ちゅ、と可愛らしいような音をさせただけの軽い口付けだったのに、翡翠色の瞳はもう、時間の経ったアイスキューブのように、その輪郭を緩ませていた。 快楽優先が悪魔の本質とは言え、そんなに簡単なのはどうかと思うぜ、と、すこしばかり思わないではないけれど。すがるようにシャツの裾をつかまれて、それだけで背中のあたりがざわつくような、そんな自分のほうがよほどどうかと思うので、ブラッドは、一度もそれを口に出したことはなかった。 「コーヒー……」 「こーひー?」 「後でもいい……?」 わざとまっすぐ眼をのぞき込んで訊ねれば、正直な悪魔はほんのり頬を染めて、天使の肩に顔を伏せた。 そうだ、コートより、ベッドをプレゼントすれば良かった、とスプリングのきしむ音を聞きながら、ブラッドは思った。粗末、と言ってもいいくらいの簡素なベッドは、スペース的にも、耐えうる重量的にも、二人分には辛いものがある。 もっとも、ほんとうに余裕のある大きさの寝台を入れようと思えば、まず、部屋の大きさから変更する必要があるのだけれども。 上半身だけを起こして、ショーンのキスを受けながら、頭の隅でそんなことを考える。 一瞬、気を逸らした瞬間に、ショーンが下唇に歯を立てた。 傷になるような強さではない。 軽く触れただけ、羽のようなやわらかな抗議に、ブラッドは目許を緩めると、自分のほうから深い口付けを返した。 舌で唇をこじ開けて、いたずらな歯をとがめるように舐めてやる。ほんのすこし、舌先が触れ合っただけで、白い身体がブラッドの手の中でふるえた。 膝を立て、恋人の身体をまたぐようにして、首に腕をからめたポーズは、ストリップバーのダンサーのように遠慮なくみだらがましく、それなのに、伏せられたまつげが作り出す表情は、とても真摯だ。 魔界の住人は、どんなタブーをもものともせず、ただ、力の大きさと、己の欲求だけを正しさの判断基準とする。けれど、変わり者の悪魔であるショーンは、こういった行為にも、きちんと心を求めるし、与える。同性である、ということに、彼自身はさほど頓着がないらしいことだけが、かろうじて彼の属性の証であるかのようだ。 水音をさせながら、何度も何度も舌を触れ合わせる。 脚を撫で上げると、ショーンの背がのけぞった。 「あ、……」 は、と漏れる声は慎み深い。──まだ。 滑らかな肌がてのひらに馴染んで、体温が上がるのを感じた。股の内側の皮膚はやわらかく、敏感で、ささいな愛撫にもびくびくと震える。脚の付け根、たどれるところまでたどったところのくぼみに指先で触れる。とたんに、ショーンはうかされたような熱っぽい声をあげ、脚に力をこめた。 「……ん、ぅ……ブラッド……」 のけぞって、今度は丸くなる背中。ブラッドの位置からは、開ききったシャツの襟からのぞく白い首筋と、ひときわとびだした頚骨が見て取れた。金色の髪の間から、だ。 自分の肩の上にはショーンのひじが乗せられていて、そこから背中に伸ばされた指が、Tシャツの生地を力なくかきよせている。耳もとには、切なげな吐息。 神聖な それを奪い去って、こうして瞳を潤ませ、肌を色づかせた姿は想像外に艶めかしく、ひどくいけないことをさせているようで、後ろめたい気にもなるし、ブラッドの中の支配欲や加虐心を──そんなものが自分たち天使の中に残されていることが不可解だけれども──刺激されるようにも思う。 胸の先で凝る薄紅の尖りも、すでに勃ちあがって形を変えている猛りも、触れられるのを待っていると、わかってはいたが。 直接的な場所を避け、シャツの裾をめくりあげながら、細い腰や、背骨のラインや、呼吸のたびに収縮を繰り返す滑らかな腹に手を伸ばした。 「ん………っ………」 喉の奥で声を殺して、ショーンは力なく首をふった。ブラッド、と泣き声で天使の名を呼んだ。開いた脚は無防備で、どこまでも従順に、恋人の侵入を許しているのに。その指先は、いたずらに際どいところを撫でるばかりで、だから、ショーンはあちらこちらから生まれるもどかしい快楽に身をすくませるしかない。 じりじりと身のうちから高ぶる熱が、ショーンを焼き尽くそうとする。 ふ、ぅん、と甘える子犬のような声が出た。 体温を逃そうと、条件反射のように唇が開く。けれど、とうてい、そんなことでは、湧き上がる欲求をまぎらせることなどできるはずもなく。 「ぁ……ブラッド、ブラッド……」 どうにかしてほしい、と腰をくねらせて、恋人の手に身体をすり寄せた。 恥ずかしい、とそんな気持ちは確かにあるが、それよりも、もっと近くにブラッドの体温を感じたいと請う。 もっと、隙間なく近づいて、渦を巻く熱さを分かち合ってほしい。てのひら、指の先だけではなくて、身体全部で。 「ショーン」 髪を撫でられる気配に顔をあげると、噛み付くようなキスをされた。奪うだけの乱暴なくちづけにすら、こんなにも感じている。 「……ん、ふ……っ、……んぅ……っ……」 呼吸すらままならない中で、ショーンが何度も鼻声をもらした。侵入する舌の動きに、精一杯応えようとする。 「ん、ブラッド……プリーズ……あ、ぁ……」 お願い、と途切れる呼吸の合間にちいさな声が言った。肩をつかむ指の強さに、そのぎこちない動きに、ブラッドの熱も煽られる。 キスを繰り返しながら、手は、ショーンの身体の中心へと伸びる。感じている快楽に素直に反応している、そこ、に。 「ふ、あ……っ……」 形を変えたそれを、ブラッドが手の中に包み込んで、動かし始めると、待ちわびた感触にショーンはとろりと甘い声をあげた。ひざが震え、上半身は完全に、ブラッドの肩に預ける体勢になってしまった。 てのひらに、ぬるつく液体がこぼれはじめると、ショーンの泣き声はますます潤んで、ブラッドの耳朶を灼いた。 「……あ……ん、ブラッド……」 「──感じる、ショーン?」 「ん……、ん」 こくこくと言葉もなくうなずいてから、ショーンは、そろそろと片手をブラッドの股間に伸ばした。シャツ一枚の彼とは違い、まだジーンズのボタンも外れてはいなかったけれど、その下にある猛りは、もう充分な膨らみを見せている。 「ショー……」 「君、も……。……私だけ、なんて、……嫌だ……」 一緒に、と消え入りそうな声で誘惑され、天使はせりあがる劣情を制御するべく、一度、大きく息をついた。おぼつかない手つきをして、手探りでファスナーを下ろす、その動きにさえ意識を持っていかれそうだ。 それでも、お互いの着衣を奪い合うまでには、それほど長い時間がかかったわけでもなかった。 今度は、ショーンを身体の下に敷きこんでキスをした。 腰骨を抱くように両手を回して、ショーンの後ろをさぐる。やわらかな尻を手の中におさめて指で愛撫すれば、あっ、あっ、とかわいらしいような声がもれた。開いた脚が、ブラッドの身体を挟み込んでいる。 その奥、身体の中で、おそらくは一番に秘められた場所に、そっと触れた。 「ン……、…………」 指の先、柔らかな平の部分だけを沈み込ませる。固く閉じているはずのそこは、雫を内包するように潤み、抵抗もなくブラッドの指を受け入れた。 「ぅ……、ん……」 するりと根元までおさめきり、あふれ出す水分の源を探すように内部をさぐる。ショーンが鋭く息を飲んで、背をそらせた。 「ああ……っ、………」 こんなにも、身体は、ブラッドを欲しがって疼いている。まるで女の子のようににじみ出すそれは、快楽を──彼を、受け入れようとする本能が生み出すものだろうと思う。 恥ずかしい、とショーンは言うけれど。 「痛く、ねえ?」 「……ん……だ、いじょうぶ……」 平気、と甘やかにささやいて、ショーンは行為の続きをうながした。 指先を濡らし、てのひらまで伝いそうなそのぬめりに助けられて、新しい指がショーンの後孔におさめられる。 それから、さらにもう一本。 その間にも、もう片方の手は張り詰めた猛りを扱き上げ、ショーンを快楽のふちへと追い詰めていた。 「……ぅ、……ねが…………もう、……っ」 ショーンが、与えられる刺激の大きさに、身をよじって懇願する。マットレスのスプリングが、大きくひとつ、きしんだ音をたてた。 もう、これ以上は我慢できない、と泣きたいほどの強さで思ったが、幸いそれは、正しくブラッドへと伝わったようだった。 好き勝手にうごめいていた指が引き抜かれ、両足の間に、それよりもずっと質量を持った熱のかたまりがあてがわれる。ショーンは細く息を吐いて、襲い来る衝撃にそなえた。 「……ぁ、あ……っ、ブラッド……ああ……!」 のけぞった喉から出た声は、たしかに悲鳴ではあったけれど、それは隠しようもなく淫楽に濡れていて、ブラッドをいっそう煽る役目しか果たしてはいなかった。 ──そして。 「……………」 「……………」 クリスマスの夜が明け、生まれたての朝日が、そっと世界を照らそうとする、そのころ。 司祭館の一室では、天使と悪魔がそれぞれ困りきった顔で、お互いの様子をうかがっていた。 「……これ……どうしよう……」 「どうしようって……新しくするしか……」 ないと思うぜ、と肩をすくめたのは、蒼い眼をした天使のほうだ。 「そう……だよね……」 すっぽりとシーツに包まって、翠の瞳を落ちつきなく動かしているのは、悪魔。 そうして、二人の視線の間には。 昨夜の情熱的だった時間の証であるかのように。 マットレスのスプリングと、脚が一本、完全に壊れてしまったベッドの残骸が転がっていた。 END |
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| あくまめさん本第一弾「Holly Night」より 2010.3.1(再録) |