**Happy-go-Lucky**
 ココン、と、弾むようなノックの音はブラッドのクセで、だからショーンは、ためらいもなくノブを回した。気まぐれな天使は、好きなときに、好きなようにやって来るので、約束がなくとも、別に不思議ではない。それよりも、本来ならドア1枚どころか、町ひとつ分の空間すら、意味をなさないはずのブラッドが、こうして回りくどく手順を踏んで訪ねてきてくれるのが、ショーンはとても好きだった。
「は……、……れ……?」
 ハイ、と声をかけようとして、ショーンはぽかんと口を開けたまま、とっさに言葉をなくした。
 てっきり、ブラッドが立っていると思ったのに。
 いったい、これは誰であろうか、と一瞬、本気で考えた。
 いや、もちろん、そこにいるのは、間違いなくブラッドではあったのだけれども。
「? どうした?」
「え、だって……」
 普段はTシャツやトレーナーでいることが多いブラッドが、ぴしりとプレスされた、黒のスーツに身を固めている。ネクタイも締めているし、えりもとには、蘭の花まで。
 まるで幻じゃないのかとでも言うように、ショーンはせわしなくまばたきを繰り返し、それでもまだ消えない恋人に、ようやく、これは夢でも何でもないのだと納得した。
「君こそ、どうしたんだい?」
「何が?」
「その服」
「ああ」
 言われて初めて気がついた、と言うようにブラッドは両手を広げ、自分の姿を見下ろした。確かに、こういった格好は珍しいかもしれない。
 ガブリエルなどは、いつでもフォーマルな場にふさわしいいでたちを好んでいたけれど、天使のすべてが、年中無休ですましかえっているわけではない。ブラッドは、基本的に、ラフでカジュアルでアクティブな服が好きだ。
 こうしているのは、陳腐で、ありきたりで、やむを得ない事情があるからこそ、でしかない。
「結婚式だったんだ」
 相手は〈人間〉の友人で、彼にとっては人生二度目の結婚式だった。相手は十八も年下の女の子で、ようやく二十一歳になったばかり、という若さだ。
 花婿と来たら、始終やに下がりっぱなしで、「うらやましいだろう?」を連発していた。確かに花嫁は可愛らしくて、グラマラスで、若さの特権を差し引いても、充分に魅力的だったから、そうと自慢したい気持ちはわからないでもなかったが。
 幸い、花嫁は聞いていなかったので、「いや別に」と正直に答えれば「妬くな妬くな」と力任せに後頭部を叩かれた。
 妬いてない、と言ったところで、聞き入れてもらえそうにはなく、ブラッドはしかたなしに、肩をすくめるだけにとどめおいた。他人の幸福に水をさすのは、神の使徒としてふさわしからざる行為だから──ではなく、自分は、純白のドレスをまとった新婦より、襟のつまった黒い服の神父のほうが好きなんだ、と、そんなことをここで訴えるわけにはいかなかったからだ。
 それよりお前、そんなにデレデレしてると、ものすごくエロおやじに見えるから、とその忠告だけはちゃんと与えてきたけれど。
 それで、うっかりショーンのことを思い出したら会いたくなって、自宅に帰るより先に、この教会へ足を向けてしまったのだった。


「──結婚式? だったのかい?」
「うん。……え?」
 そうだよ、と気軽にうなずいたブラッドの目前で、ショーンは、突然地面が抜けて、ぽかりと自分を飲み込んだかのような顔をした。唇までが色をなくして、もともと色白のほうだというのに、さらに血の気をなくしている。
「ショーン?」
 その驚愕っぷりに、ブラッドのほうが驚いた。
 何も、そんなに驚くことではないだろう。かりそめとは言え、人界で人間にまぎれて、社会生活を送っているのだから、友達もできれば、知り合いだってできる。結婚式だって、葬式だって、日々どこかでは行われているものだ。
 だいたい、神父であるショーンは、祝福する立場として、何度も結婚には立ち会って来ただろうに……、と不審を抱いたところで気がついた。
 ──ああ、そうか。
「なるほどね」
 たぶん、また何か、突拍子もないこと思いついたのに違いない。でも、相変わらず、ショーンの思考がたどる道筋は、ブラッドにはよみがたく、だから、慰めの言葉をかけることもできない。
 さて、何を言い出す気だろうか、と首をかしげて、ブラッドは恋人が口を開くのを待った。
「あの……」
「うん?」
 ローマンカラーの下で、ショーンの決意をあらわすように、ちいさく咽喉が鳴る音が聞こえた。
「…………だ………誰、と………」
「──────」
 My God。信じられねえ、と天を仰いだ。
 よりによって、そこですか。
 一体何をどう考えたらそういう結論が出てくるのか、ショーンを育てた奴がいるのなら、ぜひ一度、その教育方法を問いただしてみたい、と、ブラッドは折に触れ、そんなことを考えてみずにはいられない。
「『誰と』じゃなくて『誰の』。俺の結婚式なわけないじゃん」
「え…………っと…………、──あ、そう…………」
 だよ、ね、と言いながら、あからさまにホッとした顔をする。はにかんだのは、勘違いをしていたからではなく、安堵した自分を恥じてのことらしい。
 ブラッドがショーンを、つい一言からかってみたくなるのは、無防備にそんな表情を見せるからなのだが。
「俺を結婚させたいの?」
「え……っ……? ち……違う、よ……」
 違う違う、とショーンは子どものように、かぶりを振った。
「じゃあ──安心した?」
 俺の結婚式じゃなくて。
「あ……あの…………」
 細められたブラッドの目の前で、長い指先が、せわしなくカソックの裾をかきよせては、たどる。そうして、充分な逡巡の後、神父は、幼児のようなあどけなさで「うん」と小声でうなずいた。


 ブラッドは、ああ疲れた、とジャケットを放り出して、乱暴なしぐさで、ネクタイを緩めた。ダイニングルームと呼ぶのもおこがましいような、キッチンとくっつきあったちいさなスペースだが、清潔で、光のたくさん差し込む、居心地のいい場所だ。
「脱いじゃうのかい?」
「こんなの着てたら、肩がこってしょうがねえもん」
「似合うのに」
 一日のほとんどを神服で過ごす、敬虔なショーンには、喉元を締めつける服装に息苦しさを感じることはないのだろうけれど。
「惚れ直す?」
「え? ううん、そういうわけじゃないけど」
「あっそ」
 いたって正直者の神父に、それは残念、と肩をすくめた。
「どんな服でも、君は君だから」
「…………」
 今さらね、と、さりげもなくとんでもないことを言ってのける悪魔は、けれど、どこまでも自然体だ。自分の言葉の意味を意識しているふうではなく、だからこそ、心臓の真ん中をヒットされた気がして、ブラッドはテーブルにつっぷした。
「ブラッド?」
 どうしたの、大丈夫? と、訊ねる声にも、他意はない。
「あんたさ、それ、天然で言ってんだよね」
 もしかして、手管のひとつだと言うなら、お手軽だと笑われようと、その策に乗るに、やぶさかでないのに。
「……何が?」
「いや、いい。……今は、そっとしといて」
 鼓動が落ち着くまでの、ほんのすこしの時間だけ。
 でないと、こんな日中から神のおわします場所で、彼の 下僕 しもべ たる神父に向かって、とんでもない行為に及んでしまいそうだった。


 言われるままに、恋人のことはそっとしておくことにして、ショーンは彼の上着を手に取ると、階上の私室へ向かった。物理法則の未熟な人界の衣服は、ハンガーにかけておかないと、変なところにしわが出来てしまう。
 ショーンの歩調に合わせて、ポケットの中で、コインがちゃりちゃりと音を立てた。ブラッドはたいがいこうで、小銭を財布に入れるのが好きではないらしい。「出すときめんどくせえじゃん?」と言うのが、本人の弁だ。でも、こんな服を着たときくらいは、財布に入れておけばいいのに。
 ハンガーを通して、苦笑しながら手を入れると、かさりと何かが指先に触れた。また、レシートでもつっこんであるのかと思ったのだけれど、ひっぱりだしてみると、それは、手帳か何かをやぶったらしい紙だった。表面に数字が走り書きされている。
 〈×××-××××-×××× M〉。
「………………」
 紙切れを見つめるショーンの眉が徐々に寄せられて、最後には唇まで変な形にゆがんでしまった。
 これは、たぶん、間違いなく、絶対に電話番号だ。それも、ブラッドが書いたものではない。筆跡が違うし……そのメモの残している〈気配〉が、元の持ち主は女性だと、ショーンに訴えている。
 たぶん、今日の結婚式に招待されていた誰かがブラッドを見初め、連絡が欲しい、と思っているということなのだろう。ショーンの知る限りでも、ブラッドは本当に女性には人気があるし、だから、こういうことも、たぶん、珍しくはないのだろうと思う。
 そんなふうに考えたとたんに、胸の奥のあたりが、もやもやとして気持ちが悪くなった。黒く、禍々しいものが、そこから生まれて広がっていく。
 それは、今ではすっかり疎遠になった、自身の生まれ故郷が、突如、身の内に現れたかのようだ。
 この感情が何なのか、何と呼ばれているものなのか、を、ショーンはちゃんと知っている。
 正確に言うなら、ブラッドと付き合い始めて、初めて知ったわけだけれど。
 ──嫉妬だなんて。
 こんな気持ちは、神に仕えるものにはふさわしくないのに、と悲しくなる。やっぱり自分は悪魔だからか、と落ち込むショーンの中では、本来の使徒であるブラッドのほうが、よほど感情の振り幅が激しい、ということは考慮に入ってないらしかった。
「ショーン?」
 突然、背後から声をかけられて、反射的に手の中にメモを握りこんだ。振り返ると、ブラッドが扉のところに立っていた。
「どしたの」
「な、何でも」
 つっかえながら否定されたって、何の説得力もない。ふっ、と一瞬、ブラッドの目が紅く光った。
「何でもない? そんなにオーラが揺れてるのに?」
 何を隠してるの、とブラッドは、つまみぐいをした子供を相手にするような顔で、不安定な恋人の顔をのぞきこんだ。
「ブラッド、ずるい」
 拗ねたというより、困った顔で一応抗議をしておいて、ショーンはしわくちゃになってしまったメモ書きを丁寧にのばすと、ブラッドに差し出した。
「んん?」
 なんだこれ、と興味なさ気に指先でつまみあげる。数字の羅列とイニシャルに込められた、明確なメッセージは、けれど、この天使には何の感銘も与えなかったようだ。どこにあったの、と訊かれ、ショーンが、ポケットの中だと答えると、ふうん、と気のない声が返ってきた。
「名前もないんじゃ、誰だか全然わかんねえや」
 おそらくは新婦の友人だろうけれど、十八も年上の男との結婚を決意できる彼女は、たいそう社交家であるらしく、それはそれは多くの友達に囲まれていたから、どんなメンバーがいたのかなんて、思い出すこともできない。まあ、思い出せたところで、電話をしてみるつもりも、必要も、ブラッドにはまったくなかったのだけれど。
 くしゃり、ともう一度握りつぶされて、メモはただの紙くずみたいになってしまった。
「捨てちゃうのかい?」
「うん?」
 当たり前じゃん、とブラッドは目を丸くした。
「何、あんたは持ってたほうがいいと思うの?」
「そ……それは、君が決めること、だけど……」
 もごもごと口ごもってしまった神父を、ブラッドはニヤニヤと楽しそうに見返した。
 もちろん、ショーンにとっては、メモに何の興味も示さない恋人の態度は嬉しいものだったけれど、それを正直に表に出すのはためらわれた。まして、そうしてほしい、とショーンの口から乞うことは単なる独占欲でしかなく、それをブラッドにぶつけてもいいものだとは思えなかったのだ。
「まあ、俺はどっちでもいいんだけど」
 どうしようか? なんて、訊ねてくるから、ショーンは、ますます答えに窮して声が出なくなる。
 ときおり、ショーンの恋人は、そんなふうに意地悪なことを言う。からかって面白がっているだけだ、と、それくらいは、さすがにショーンだってわかっているのだけれど、どういった態度をとればいいのかということが、どうしてもわからない。
「関係ねえって、言ってやりゃいい」、と簡潔にして的確な(のだろう)アドバイスをくれたのは、ブラッドの友人である人間だ。
 ひっきりなしに煙草をふかして、言葉は乱暴、動作は粗暴、仏頂面で自分勝手だけれど、不思議と友人・知人には見捨てられないタイプらしい。ショーンが返答をためらっていると、「コンスタンティン、どこ行くの? 仕事?」と楽しげに近寄ってきた助手に「お前には関係ない」と、さっそく使用方法を実践してみせてくれて、彼はすいすいと人込みの中に消えた。
 すげなくあしらわれたチャズは、けれど、全然気にしたふうもなく「いっつもそれだ」と言いながら、雇い主(なんだろうか?)の後をとっとこ追いかけていった。
 思うに、たぶん、コンスタンティンは、チャズがそうして追いかけてくることを知っているから「関係ない」なんて、言えるのだろう。
 そんな自信も勇気も、自分にはない、とショーンはうなだれてしまう。
 ブラッドは、ショーンに対して充分な愛情を見せてくれるけれど、自分たちの属する世界はあまりに遠すぎて、いつ終りが来てもおかしくはないのだ、と、ショーンはその怯えを捨てることができないでいる。やっぱり天使がいい、 人間 ひと がいい、と言われれば、ショーンには、返せる言葉など何もないのだから。
「ショーン」
 困り切って、哀しい気持ちにすらなってしまったらしい恋人の様子に、ブラッドは、しまった、またやりかたを間違えた、と、学習しない己に深く息をついた。生まれ持った属性に必要以上のコンプレックスを抱いているショーンだから、百万回でも、ちゃんと言い聞かせてやらないと、と、そう思っていると言うのに。
「ショーン、あのさ」
 俺はね、とせいぜい優しい声を出す。
「俺は、あんたとのことを、悔やんだことも悩んだこともないんだよ」
 そもそもの始まりのときに、この、神父の格好をした変わり者の悪魔が、自分を受入れてくれるかどうか、という不安を抱いたこと以外には。
「……ブラッド」
「今日、俺の友達は、俺の主の前で、生命あるかぎりの愛を誓ったけど」
 ただし、これで二回目なんだけどさ、とブラッドは笑った。
「俺だって、同じことを誓えるよ。──相手が、天界の主であれ、魔界の王であれ」
「ブラッド!」
 平気な顔で、そんなことを言い出すから、ショーンは慌てて恋人の口をふさいだ。
 天地を統べるそれぞれの主は、この世界のどんな小さなことにでも目を向け、耳を傾けている。それでなくともブラッドは、自分といるせいで、上級 天使のガブリエルの心証を悪くしている上に、魔王の興味を惹いているのだ。
 そのことは、ブラッド本人も知っているはずなのに。
「ブラッド、ダメだよ、うかつなことを口にしては……」
 今にも、天から怒りの槌が落ち、地から束縛の爪が伸びて来るのではないか、と、ショーンは慄いたようにきょときょとと周囲を見回し、警告を発した。神の使徒たる資格を失うこと、さらに悪いことには、その身を地に堕とすこと。それが、どれほどの屈辱と苦痛を伴うものであるか、知らないブラッドではあるまいに。
「うかつじゃねえもん」
 本気だから、誰に聞かれたって怖くない、と、奔放な天使は不敵に笑った。
「あんたがさ、天使じゃない俺には興味がないって言うから、こうやって大人しくしてるけど」
「え?」
 思いがけないことを言われ、ショーンは目を丸くした。ブラッドが天使じゃなくなったら、興味がないなんて。
「そ………んなこと……っ」
 言ってない、とショーンは顔を赤くして、憤然と抗議した。
「ひどい、ブラッド! 私は一度だって、そんなこと、思ったこともないよ」
「そう? だって、あんた、俺が天使でいることに、すごく拘ってるじゃん」
「そ、それは……だって、それが、君に与えられた恩寵だから……」
 天の使いとして、ひとびとに善き道を導き示すこと。それは、どんなにか意義のある、そしてブラッドに相応しい役目であることか、とショーンはうっとりと考える。自分のためにその 能力 ちから を失くすようなことは、絶対にあって欲しくないと思う。
「誰でもが望んで手に入れられるものじゃない。だから、大切にして欲しいだけなんだよ」
 ね、と、まだメモを持ったままの手を、ショーンがそっと握った。
 大切な、私の天使。君の存在に、いったいどれだけ救われていることだろう。
「…………うん」
 本当に、世の中はうまくいかない、とブラッドは歯がみする。人外の力を持ってしても、思い通りにならないことは、いくらでもあるのだ。この御恵みが、ショーンに与えられていたなら、どんなにか多くの人間が救われただろうに。
「でも、それ以外なら……君が天使でも、人間でも、私には同じことだよ」
 着ているものが、洗いざらしのTシャツだろうと、ぴしっとプレスされたタキシードであろうと、何も変わらないように。
「俺が悪魔だっても?」
「そりゃあ、まあ、ね。でも、もし、君が悪魔だったら、大変だ。惑わされる小羊たちが続出してしまうよ」
 彼が悪魔だったとして、この美しい容姿で、その気になって迫られたら、例えその先が地獄の一丁目に続いていると知っていても、身を投げ出す人間は多いだろう。女性はもちろん、男性だって、その誘惑に抗うのはたやすいことではあるまい。
「そりゃ、あんただって同じだろ……」
 もしもショーンがありきたりの悪魔で、己の属性に疑問を抱くこともせず、本能に忠実に仕事をしていたら、さぞや多くの者が道を誤るに違いない。 男でも、女でも、富める者も貧しき者も、健やかなる者も病める者も。
 ちょうど、今のショーンが、誰彼かまわずに、救いの手を差し伸べるのと同じように。
 けれど、そんな天使の呟きは、神父の耳には届かなかったらしい。
「そう思うと、君が天使で本当に良かったよ」
 世の中ってうまくできてるねえ、と、のんきな悪魔はふわふわと笑い、たった今、世の不条理を嘆いた天使は、そのあまりに邪気のない論法に、「そうだな」と力なく笑って、無垢な悪魔を抱きしめた。
 
***

 後日。
 いつも通りに、弾むようなノックの音を立てて教会にやってきた天使は、出合い頭に抱えていた荷物を押しつけて、神父を驚かせた。
「……ブラッド、あの……何、これ……」
「何に見える?」
「──ドレス、みたいだけど」
 それも、真っ白なそれは、たぶん、ウェディングドレスだろうと思う。よく見れば、ご丁寧にベールまでちゃんと用意されている。
 でもこれ、ずいぶんサイズ大きいね、とショーンは首をかしげた。
「Sure」
 今度のハロウィンにね、とブラッドは上機嫌だ。
「君が着るの?」
「俺じゃねえよ」
 あんたが着んの、と言われ、ショーンは目を白黒させた。
「わ、私が?」
「そう。ほら、サイズもぴったり」
 ドレスをショーンの身体に当ててみて、俺ってすげえ、とブラッドはご満悦だ。
「君、何考えて……いくらハロウィンでも、こ……こんなの着て、みんなの前に出られるわけが……」
「その『みんな』ってここの教区のひとだろ? 老若男女に尊敬されてる神父さまに、そんな恥かかせねえって」
 子どもたちにお菓子配ったら、クラブ・ミッドナイト行こう、とブラッドは言った。
「あそこなら、どんな格好してても絶対目立たない。ハロウィンだから、みんな仮装してくるし」
「え…………仮装…………、してくるんだ……」
 もともと、この世ならざるものたちが集う、天魔の中立地帯は、普段から仮装行列のようなもののはずだが。
「うん、一昨年は〈首なし男〉が、ハリウッドのスタジオからパクってきたっつー、何とか言う俳優の人形の首乗せて、女の子に大モテだった」
「本当?」
「本人も喜んでたさ。一回でいいから、『キス』ってものを体験してみたかったんだと」
 あはは、とショーンは笑い転げた。
「ね、行こ。あんたは、あんまりあそこには馴染みがないと思うけど……たくさん仲間が集まるよ。ちょっとうるさいけどね」
 吹きだまりのような喧騒とせわしなさとアルコール、そして安価な愛と欲望に満ちた場所であるけれど、天使も悪魔も不可思議な能力を持つ人間も、すべてが平等に。
「……でも、それだと、彼も来るんじゃないかい? そのう……」
 冬の天使。ガブリエル。
「あー、どうかな、来ねえと思うよ。みんなで騒いだりすんのが好きなタイプじゃねえから」
 それに、あそこで、悪魔と連れ立った天使に目くじらを立てていては始まらない。
「いたら、紹介しようか?」
「え、えと、それは困る……ような……。それに、その衣装もどうかと思うし……」
「大丈夫、似合うの見立ててきたから」
「……そ、そういう問題じゃないし……。ね、ブラッド、私の話を聞いて……」
 あのね、だからね、という、ためらいがちな抗議は全部スルーされて、ショーンはドレスを持ったまま、狭い自室へと引きずり込まれてしまった。


 十月。
 遠い東の国では、神が不在とされる月の最終日は、この国でも、幽霊やモンスターや殺人鬼、死体、魔女、魔法使い、プリンス、プリンセス、その他、あらゆる常ならざる者であふれかえる。常時、人外の者たちで賑わうクラブ・ミッドナイトとても、それは同じことだ。
 その日、白いベールの向こうで、いたたまれなさそうにうつむいている花嫁をエスコートして来たブラッドは、いつもに増して上機嫌で、とうとうしまいには、口の悪い黒髪の悪友に、「お前、デレデレしすぎ」と、きっぱり釘を刺された。



END
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あくまめさん本第二弾「Happy-go-Lucky」より
2010.3.11(再録)