PEACE 1
「や……」
あ、ひさしぶり、という言葉は唇ごと奪われて消えた。
荷物をほどくより先にほどかれたコートが、くしゃりと足元にわだかまる。
「んん…っ」
我が物顔なのは手だけじゃなくて、舌もショーンの口腔を好きに暴れ回っていて、だんだん呼吸もままならなくなってきた。
マフラー、ジャケットと一枚ずつはがされて、シャツのボタンが外されるにいたって、ショーンはやっと本格的に抵抗を始める。
「……っ、………〜〜〜〜!」
がっつり押えられた顔はうごかせないから、非難を込めて背中を拳で殴りつけると、ようやっと身体が離れた。
「何するんだ」
ブラッドが眉間にしわを寄せて抗議する。たぶん、暴力行為にではなく、キスを中断させられたことについて。
「礼儀知らず、には、相応しいと思うね。……いい大人のくせに、何だい」
ちょっと息が切れてしまってるのが腹立たしい。
「何で。久しぶりにあった恋人にキスするのが礼儀知らずなのか?」
本気で何が悪いのかわからない顔でそんなことを言うから、ショーンも何となくそんな気になってしまう。
確かにその行動自体が悪いわけではないのだけれども。
「挨拶くらいはしてもいいだろう」
「くだらない」
ブラッドにしてみれば、そんなことは全部無駄な手順だ。
ショーンの首筋に鼻先を埋めて、あらためてその身体を抱きしめた。
コートでも防ぎきれなかった冷気がうっすらと肌にまとわりついている。
見えないヴェールをはぐように、首筋や肩や背中や腰に手のひらをあてて、すこしずつショーンの身体を温める。ショーンはほっとしたような顔で微笑んで、でも耳の下に唇で降れると慌てたようにブラッドの顔を押しのけた。
「何で嫌がるんだ」
「い、嫌がってるわけじゃ……。でも私はここへ着いたばっかりなんだぞ」
「俺もさっき着いたところだ」
待ちかねた、とブラッドは言う。通じているようで、微妙に会話が噛みあっていない。
ハリウッドのてっぺん辺りに座すスターの「want」は「must」とほぼ同義語で、「会いたい」と言うブラッドは、ショーンのスケジュールを聞き出すや否や、SP付きのフライトチケットを送り付けてきた。それとも、チケット付きのSPを迎えによこした、という方が正しいだろうか?
もちろん、会ってもいいと思ったからこそショーンもスケジュールを教えたし、こうしてやって来たわけだけれど、感覚としては「拉致された」に近いものがある。
思い立ったその足で恋人を訊ねていくような衝動や情熱は、もう長い間縁がなかったというのに。
「待てったら。盛りのついた子供か、君は」
「あんたこそ、40男の分別なんて家に置いて来いよ。俺と会うときにそんなもの、ふりかざさないでくれ」
片手分年下の想い人は、まっすぐに目をのぞき込んで、そんなことを言う。我が侭勝手なようでいて、どこか真摯な言葉に、ショーンはブラッドから手を離した。ちらりと翡翠の瞳が上目遣いに恋人を見上げる。
「……君は置いてきたのかい?」
「そんなもの、最初から持ってない」
むしろ自信満々に言いきるブラッドに、ショーンはとうとう吹き出した。くすくすと笑う吐息がブラッドの胸を温かくする。
「君には敵わないな、まったく」
「……それで?」
ショーンは性急な恋人の首に腕を回して、艶やかに微笑んだ。
「──会いたかったよ、ブラッド」


抱きあうというよりは、もつれあうようにして寝室に収まると、ブラッドはショーンをベッドに座らせた。
そうしてためらいもせずに膝を折ると、ストラップをほどいて靴を脱がせようとする。ショーンは居心地が悪くて足を引いた。
「? どうした?」
「そ…そんなこと、しなくていいよ。自分で脱ぐ」
女性ならいざしらず、ブラッド・ピットに靴ひもをほどかせる男なんて、世界中探してもどこにもいない。絶対に。
そのたった一人が自分だなんて、別に誰に知られるでもないけれども、あまりにも腰の座りがが悪い。
しかし、当の本人はショーンの戸惑いなど爪の先ほども気にならないらしい。
がしりと足首をつかむと、片手で器用に脱がせてしまった。ついでに靴下も脱がせてその辺に放り投げる。もう片方も同じように。
いたたまれなげに絨緞をひっかく指先は、手と同じように長くてきれいだった。
ショーンの身体なんて、隅々までちゃんと見て触って知っていたような気がしたのに、その造形の美しさに気づいたのは今日が初めてだった。
白い甲にうっすらと静脈が浮いていて、 陶磁器 ビスク みたいだ。日焼けしにくい体質なのか、同じように太陽に灼かれていたはずなのに、ショーンの肌はいつも白い印象がある。
「ブラッド、もういいだろ? 離……」
二度三度とひっぱって、ブラッドの手を外そうとするのを、逆に強くつかんで、薄い皮膚に指を這わせた。
「あ……っ……」
ショーンの足がすくむ。
もう一度。
「……や、ちょ……っ……」
触れるたびに、目の前でびくびくと膝が跳ね上がって、ブラッドは新しい玩具を与えられた子供の笑顔を浮かべた。
「感じるのか、ショーン?」
「違……、くすぐっ…た、い…だけ……、やっ……!」
違う違うと首を振るショーンは、けれどもう切なそうに眉を寄せて、耳の先まで紅くしていた。
「……っ! ブラッド!」
返事の代わりにブラッドの熱い唇が押し当てられた。ちゅ、ちゅ、と足首に向かってキスを繰り返す。その間に手の方はウールのボトムの裾から入り込んで、こりこりと硬いくるぶしの骨や、まっすぐに通ったむこうずねや、はりつめたふくらはぎを撫で回している。膝の裏に届くと、そこはことさらに熱を持って、少し汗をかいていた。
「は…、あ、や……って……」
ショーンはもう半ばパニックのようになって、ひざまづいたままの恋人の肩を押しのけようとした。
「やめ……っ、ブラッド……!」
頼むから、と切れ切れに訴える声は、確かに情欲を含んでいて、抑制になるどころか、ますますブラッドを挑発した。
片足をつかんだままで、寝台の上に乗り上げると、ショーンの座っている位置を基点に、90度体勢が入れ替わる。目元を赤く染めた恋人を見下ろしながら、ふくらはぎをそうっとなで下ろすと、ショーンは泣きだしそうな顔で、ん、と鼻から抜ける声を出した。
「──こんなところも性感帯? あんた、本当に感度いいよな」
「……ん、なの、知ら……ない……っ、君、こそ、フェティスト、だろう……っ」
「そうだな、俺ショーンフェチだから」
ブラッドは楽しそうにそう言うと、キスをひとつ落した。
半端に広げられたシャツのボタンをひとつずつ外していく。
その中に包まれた身体は、記憶にあるよりすこし細くてもっと白かった。離れていた時間を見せつけられるようで、ちょっとばかり面白くない。
自分でバックルを外そうとしている手を押しやって、ベルトを抜く。ジップを下ろすとショーンのペニスはもう半ば勃ちあがっていた。
「さっきの?」
笑いながらわざとらしく訊ねると、それをどう思ったのか、ショーンは両足をちいさく折りたたんだ。さわられることを警戒している。ぎゅ、と目を閉じている様はまるで注射を怖がる子供のようで、ブラッドは笑い声を抑えられなかった。
「ショーン。……ショーン。嫌だったなら、もうさわらない。でも、気持ち良かったろ?」
「……そ、そう、だけど、でも、おかしい」
目を閉じたまま、ショーンは蚊の鳴くような声で言った。
こんな場所で感じてしまうなんて。こんなにも。
「なんで? 何もおかしくない」
「でも」
うっすらと開いたまぶたから困惑した緑の瞳がのぞいた。
男同士のセックスを受入れた時点で、ノーマルもスタンダードもベーシックも関係ないと思うのだが、ショーンの中ではそれは別のカテゴリに属する問題らしい。
まあ、ショーンは、再会した恋人と、キスよりも挨拶を優先させるような人間なのだし。
そんなところだって可愛いとは思うけれど、ベッドで発揮してもらう必要はない。礼儀正しい彼の理性をとっとと奪ってしまおう、とブラッドは下着ごとショーンの衣服を全部はぎとった。
自分のゆるやかな部屋着もさっさと脱ぎ捨てて、ベッドに戻る。
抱きしめる腕は、着衣のときよりむしろ健全に愛情を示して、何のためらいもない。
身体ぜんぶでショーンに触れて、ブラッドはようやく安心できた気がした。

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2004.11.24